029 関わりたくないワーストスリー
成程、と静かな言葉が落ちる。
見上げた先の人は、燃える鬣のような紅の髪を旎せて口端を上げている。
シリクス王太子殿下は、すっかり師匠と同じくらいの背丈になり、仕草も年相応というか、見た目相応の様になった所作であった。一挙一動が美しく、成程威厳とカリスマ性が窺える。
私はというと、説明している間になんとか王太子殿下の拘束から抜け出そうと試みて惨敗し、結果やっぱり膝上から動けないという状況だ。
麗しい王族二人とちんまりした子供一人。
なんという場違い感よ。
遠い目をしていると、ふわっと重力が動く気配がして、気が付いた時には目線が高くなっていた。
王太子殿下の腕に座った状態で、何と言うのだったか……縦抱き?されている。
「殿下?」
「ハンスベルクの姫君、恩人である貴女の名を是非教えて欲しいのだが」
うっそりと微笑む殿下の顔は、一級品の美形家族である養父様や養母様、お義兄様を普段から見慣れているはずの私ですら「おお」と思わず感嘆するくらいの破壊力があった。
艶やかな美声も、年頃の子供だったならば男だろうが女だろうが皆揃って、心臓を一発KOで撃ち抜かれていただろう。
その位の色気が、王太子殿下からはダダ漏れていた。
私が返す反応としては、
一、名前を明かして恥じらう
二、顔を真っ赤にさせてモジモジする
三、うっとりとした表情で目をハートにしけれども悟らせないようにツンと澄ます
などなどが正しいのだろう、本来ならば。
ところがどっこい。
色気より食い気、色事より仕事の私は、そんな可愛げは持ち合わせちゃいない。
これが素敵な筋肉の持ち主だったらコロッといってたかもしれない惜しいことだなどとは1ミリも考えていないのだ。コホン。
というか。
生まれ変わってこの方、毎朝目にするものは神がかった神秘の美貌(自分)である。
これ以上の驚きなんてそうそうないし、到底及ばない。美人は三日で飽きるなどとは言わないが、見慣れて目が肥えてしまったとは思う。
何が言いたいかと言うと。
つまり、私は冷静だったということだ。
私はにっこりと微笑み返して、小首を傾げた。
「王太子殿下。私は師匠……テルカ様への恩返しをする為、ほんの少し助言をしただけですから。どうぞお気になさらず」
「教えてはくれないのか」
おー、しつこいわね、王太子殿下。
私はうふふおほほと誤魔化しながら、内心げーという顔をしていた。
元はと言えば、師匠の頼みであるからして、王太子殿下の思い込みを治す手助けをしたのだ。
そうでなければ、王族なんてものは関わりたくないワーストスリーにはいる。
大体、私の転生後の目的は何だったか。そう、目立たずにひっそりと生きる。これに尽きるじゃないか。
王太子殿下の呪いはこれで解けたのだから、彼はこれから表舞台に戻れるはず。
そんな折、王太子殿下の覚えめでたきハンスベルク公爵家の次男坊とかうっかり呼ばれるようになった暁には、鉄壁鉄仮面の養父様にプチッと潰されてしまう予感しかしない。どうしてくれるんだ。
そもそも私なんて、産みの母親が色々やらかしてくれたお陰で産まれる前からヘイトを買いまくっている状態なのに!
この期に及んでは出る杭は打たれる、というよりバキッと折られる……。
───冗談じゃない、冗談じゃないわ。呪いも誤解で殿下の姿も元通り! これで私も師匠に恩返しは出来たってことで取り敢えず義理は果たした! これ以上王族になんて関わりたくないんだから。
なんでか知らないが、離宮に引き篭っていたはずの王太子殿下がハンスベルク縁の姫君(笑)の存在を知っていたのは、ある意味幸運かもしれない。
男だと言ってもあんまり聞いていないようだったし、寧ろ誤解したままにさせておいた方が良いんじゃなかろうか。
ともすると、ハンスベルク公爵家のレイリアンではなく、このままハンスベルク公爵家縁のレリノレアとして印象漬けたまま記憶に残らないようフェードアウトしたい。
それに。
───少しだけとはいえ殿下の精神干渉食らってるからか疲れてんのよ私。思いっきり目を合わせなきゃいけなかったから。その前だって、仕方ないとは言っても師匠の爆速ジェットコースターを抱えられた状態で走られてたから、お腹も痛いし体も重いし、段々眠くなってきたし。何かさっきから監視されてるような視線がチクチク刺さって鬱陶しいわで……イライラしてきたわ。早く帰ろっと。
師匠が相手していた姿の見えない団体様が、どうやら戻ってきたみたいだ。
なんとなくだが、居心地が悪い。
こういう気配に敏感なのも、師匠達との修行の賜物……とはいえ苦手なことに変わりは無い。
……とそこまで考えて面倒になった私は、王太子殿下の後ろで空気になっている師匠ににこーっと笑みを向けた。
王族の相手は王族に任しとけばいいわ。
という訳で。
「師匠、私義理は果たしたわよ。もうこれでいいわね?」
「げっ、ちょ、まっ……!」
「では御機嫌よう」
昔取った杵柄…じゃなかった、今世お得意の風魔法の出番。
ぶわっと一気に、身体の周りに纏わせた風を周囲に押し出すようにして殿下の拘束からの脱出を成功させた私は、そのまま空気を脚下で蹴るようにして空いていた窓から外へ飛び出す。
後はもう、野となれ山となれだ。
後ろなんか振り返らずに、広い大空へと身を躍らせる。あっという間に小さくなる離宮を尻目に、私は公爵邸へと舵を取った。
離宮が見えなくなるところまで飛んで漸く、眼下を目を凝らして探していると、ちょうど木の陰に隠れる様にして停車する目的の馬車を見つけた。
ひとっ飛びにそれを目ざして降り立つと、風圧で揺れたのか、中から人影が飛び出してきた。
「ただいまー」
「レイ!? お前っ、どっから降ってきたん」
「あー、セルゲイ。ごめん、私今とーーーっても疲れてるの、お願い寝かせて」
「お、おうお疲れ……? ん? テルカ公子はどうしたんだ?」
「面倒臭いから置いてきた」
「はっ!?」
目を白黒させているセルゲイに抱き着いた私は、説明もそこそこに全身の力を抜いた。
馬車で待機組だったセルゲイからすれば、計画は上手くいったのかとか、師匠は何処にいるのかとか色々気になる事は多いだろうけれど、取り敢えず今は横になりたい。
「お、おいせめて馬車の中に入ったらどうだ、レイ。レイ?」
「んーー」
セルゲイに抱き着いて安心したのか、全身がだるくて仕方がない。とはいえ、同じくらいの背格好の私に寄りかかられてもセルゲイからしてみれば、かなり重く感じるのだろう。
私は何とか自力で立とうと試みるも、上手くいかない。
このままだと二人まとめて地面に寝転ぶ羽目になりそうだ、などと考えていると、不意に後ろからフワッと抱き上げられた。
「全く、何をやってらっしゃるんですか、レイリアン様。ラシュブルク侯爵令息を潰すおつもりですか?」
「そんな予定はなかったから、助かったわサム。ありがとう」
ぐてーんとした私を抱き上げて呆れた顔をしているのは、セルゲイと一緒に馬車で待機していた侍従のサムだ。
中肉中背より少し細身なサムだけれども、師匠と同じ年な事もあり、まだまだ小柄な私くらい余裕で抱き抱えることが出来る。
今にも眠ってしまいそうなくらい疲れた様子の私に、サムは溜息をついてから、セルゲイに頭を下げた。
「ラシュブルク侯爵令息様、我が主がいつもご迷惑をおかけ致します」
「いや、それは慣れてるからいい」
真面目な調子で返すセルゲイに、普段ならば「お互い様でしょうよ」とツッコミを入れるところだが、ちょっと本当に疲れてるから口を開くのも億劫になっている私は、何も言わずに二人の会話を聞くことにした。
「さて、レイリアン様。このまま屋敷に向かうのでよろしいですね?」
私が小さく頷くのを確認したサムは、「分かりました」と言って馬車の方へと歩き出した。
公爵家のフカフカクッション内蔵型馬車にゆったりと寝座りする形で運び込んでもらい、対面にはセルゲイが腰かける。
サムは前方の御者席に周り、待機していた御者に合図をしてからそのままそこに座った。
程なくして馬車がゆっくりと速度を上げ始め、次第に景色が一定の速度で変わるようになる頃、セルゲイが再び口を開いた。
「体調はどうだ、レイ。少しは良くなって……駄目みたいだな」
じーっと見つめる私の視線の意味を正しく受け取ったセルゲイが苦笑いする。
とはいえ、会話もできない状態からはほんの少し回復したので、クッションを頭の下に置いて少しばかり身を起こした。
「疲れたけど、概ね上手くいったわよ。やっぱり、私の考え通りだったみたい。殿下の思い込みに作用する類の魔法だったわ」
「流石じゃないか、レイ。だけど、なんか嬉しそうじゃないよな」
「まぁね。なんでか知らないけど、ハンスベルク家の縁者だってバレてたわ。噂を知ってたみたいで。女だって勘違いされてたからそのままにしたけど」
「バレたぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げるセルゲイが、驚きのあまり今いる場所も忘れて立ち上がって、直後ガツッという痛そうな音と共に座り込んだ。
私もセルゲイも子供のなりとはいえ、流石に馬車の中で立ち上がれば頭をぶつける。
しかもこの馬車はお忍び用のものだ。普段使いのものより質を落としているし、狭い。
それを忘れていたのだろう。
目線だけで大丈夫かと問うと、やっとこさ痛みから立ち直ったセルゲイが説明を求めてきた。
「お、おい。元はといえば、俺が変な事を頼んだせいだけど、大丈夫なのかそれ」
「さぁねえ。養父様は何考えてるのかさっぱりだし、最初に引き取られた時には養母様との間の子として対外的に振る舞うっていう約束だったけど。
要は隣国やら政敵に付け入る隙さえ与えなければ、わたしの立ち位置なんてどうとでもなるんでしょうし。
セルゲイが貴族院に入る頃にはひっそり婚約を白紙に戻したとでもして、”レイリアン”としてのお披露目をするんじゃないかしら?
元々魔力発現が遅れたって事でお披露目を遅らせる予定でもあったから」
「……」
セルゲイが難しい顔で黙り込むのを見て、私も口を閉じる。
窓の外の景色を眺めながら、自分の思考に浸っていった。
まぁどちらにせよ、特異的な髪色は両親の魔力によるものっていう魔術論文が公表されたからには、少なからずわたしの容姿に対して疑問に思う人なんかも出てくるかもしれない。
ハンスベルクの分家筋の兄妹を、養子に引き取って実子とした。兄はムトアお義兄様の補佐、妹は派閥間の結び付きを強めるための政略結婚の駒。
そんな感じでいるとでも勘違いして貰えたら、二人いっぺんに社交界に出られなくとも違和感は無いはずだ。
それに、私は貴族院に行くつもりがない。
あくまで騎士団にいくのが目標なので、それほど違和感を持たれることも無く表舞台から消えることが出来るだろう。
”レリノレア”としては、遠くに嫁いだとでも公表すればいい。
セルゲイもその時期までには女嫌いと人間不信がすっかり治っている事だろう。
最近では、師匠が居る時や訓練所の先輩方が居る時でも公爵家に顔を出せているのだから、それ程かからず”レリノレア”が不要となる日も近いかもしれない。
尚更、呪いの解けた王太子殿下との関わりなどなくなるはずだ。
──だからこそ、今回の件。養父様は何も言わなかったんだろうし。加えて、本当に王太子殿下の呪いが解けるか測りかねていたのかも。
それについても、まぁ偶然ですよと、私はしらをきるつもりである。
だから、この話はこれで終わりだ。
「そういう訳で、おやすみセルゲイ」
いい加減限界である瞼の重みに抗うのをやめて、私は思考を打ち切った。
意識の途切れる瞬間に、小さく消えそうな声で名前を呼ばれた気がしたのは気の所為だろう。




