028 呪いの正体【前半:テルカ視点 後半:主人公視点】
───そろそろ、やべぇな。
何度目かも分からない斬撃を愛刀にて弾き返し、たった今相手にしていた奴の意識を奪って背後からの新たな攻撃を避けながら、俺は頭の中で悪態をついていた。
本来なら思考する余裕もないくらいだが、それでも王族ということで僅かに加減されている。
お陰でこっちも加減出来ているのだが。
本業が短期決戦型の奴らにしてみれば、俺は最も闘いにくい相手だろう。
王族、それも王と次期国王にのみ仕える直属の裏組織、”影”。
諜報と暗殺、監視を目的とした非公式の組織として、王国の始まりから王家に仕えている彼らは普段、その姿を人前に現さない。
その実態は、王国の十ある騎士団の中でも謎多き、実態の知られていないとある騎士団の精鋭達だ。
というより、元々その騎士団が”影”の隠れ蓑として公的に作られた部隊であることを考えれば、それも当たり前のことかもしれない。
───まあ。その本来王と王太子の前にしか姿を表さないはずの騎士団を偶に顎で使っているうちの親父は何なんだって話だけどな。
僅かに逸れた思考の隙間に、ギリギリ飛んできた暗器を叩き落としてまた一人、柄を叩き込む。
こちらは大した手応えもない。
───レイと二手に分かれてからもう2時間だ。そろそろあっちも苛立ってきてんな。際どい攻撃が増えてきてんぜ。
王族である俺を殺す事も出来ず、かといって意識を途絶えさせるような決定打を与える事も出来ない状況に苛立ち始めた”影”が、徐々に殺気立ってきた。
俺としては面白いもんだが。
逆に。
───裏返しゃあ、レイは捕まってねぇな。少なくともまだ。シル兄上ん所までの行き方は教えたから、近くまでは行けたんだろうが。さっきから離脱して戻ってこねえ”影”が二人増えてんだよなあ……。
まずいのは、そこだ。
俺が”影”達を相手取り初めてから、代わる代わる殺さない程度に攻撃して来ていた奴らの人数が、少ない。
認識しているだけで二人も減っているとなると、十中八九、レイの行き先がバレている。
離宮に侵入している時点で”影”がレイ相手に手加減するとも思えないし、後々の禍根とならないよう出来るならレイに会わせたくない。
───どうすっかな、、。
じりじりとした焦燥感が背筋を這い上がりかけたその時。
場の空気が変わった。
「んっ……!?」
思わず言葉を発してしまう程の空間の揺らぎが一瞬で身体を突き抜け、収まった。
離宮全体が大きく軋んで歪んだ様に見えたのは、一体全体何が起こったのか。
俺同様、異変を感じとった”影達が”瞬時に姿を消す。向かった先は───。
「───っ、レイか!?」
まずい。
まずいまずいまずい。
レイとシル兄上に何事かあったらしい。
”影”が消えた。一瞬で。俺を相手取る時間も惜しいとばかりに一目散だ。
「レイの奴、成功したのか!? ああ、クソっ! 分からねえ!」
剣を鞘に戻し、俺は走り出した。
何故か、行く先々の罠が全部無くなっている。離宮にかけられていた幻覚術もない。
訝しむ間も風の如く廊下を走り抜け、辿り着いた先は温室だった。
温室と言っても、三フロア分以上の天井高と床面積はある王宮顔負けの温室だ。パッと見ただけではレイ達がどこにいるかなど分かるはずもない。
と、奥の一点で植物が動いた気がした。
迷わずそこに向かって走り、珍しい観葉植物群を飛び越えた先に、人影が二つ重なって倒れているのを視認する。
近付いて、ハッとし、立ち止まる。
信じられないものが目に飛び込んできた。
雄々しく豊かな紅い髪。
叔父上そっくりの人を惹きつける眼差しと、髪と同じ色の瞳。
記憶の中で何度も想像した、成長した姿をそのまま描いたような姿で。
柔らかな芝生の上に倒れている、その人は。
───元に、戻ったのか。
唇が震える。
「シリクス従兄上……」
震える感情はそのまま声に現れた。
けれど、シル兄上は聞こえたように、こちらをゆっくりと見上げる。
そこで、気が付いた。
倒れ込んだ兄上の上に同じようにして倒れ込む、もう一つの人影。それが、こちらに気がついたシル兄上と同じ速度でこちらを振り向く。
レイ、と。
声を掛けようと思って、留まる。
違う。レイではない。
レイはもっと小さい。
あれではまるで、まるで───。
───大人の……女?
お前は、誰だ?
そう問いかける為開き掛けた口から、短く、吐息が零れた。
僅か、一瞬。
たった一度の瞬きの、ほんの刹那の間に。
目の前にはシル兄上と、子供の姿のレイがいた。
◇◆◆◇◇◆◇
見事な迄にポカンとした表情の師匠がいて、私は呆れ返った。
───何よ師匠ったら。間抜けな顔しちゃって。
こっちはもう一か八かの試みで冷や冷やし通しだったというのに。
それにしても。
───温室だったのね。通りで草木の匂いがする訳だわ。
ぐるりと周囲を見渡し、納得する。
認識を若干阻害されていたとはいえ、流石に風や草木の匂いまで認識するなどという離れ業は不可能だったらしい。
安心した。
そうして一周見回して感心し、また視線を件の人に戻すと、バッチリ目が合った。
……。
おおっと、冷静に考えてこの状況は大変宜しくないんじゃなかろうか。
私はにこーっと微笑んで首を傾げる。
「ご機嫌いかが? 王太子殿下」
「すこぶる良いが、ハンスベルクの姫君」
淡々と返され、若干焦るのを悟らせないようにうふふと微笑みを強くした。
やばい。バレてら。
「あらまあ姫君だなんて。残念な事にわたくし男でしてよ人違いではなくて?」
「噂はかねがね聞いている。まさかこの様に熱烈な挨拶をされるとは思わなんだが」
どんな噂〜、忘れて〜などと思いながらおほほほと濁し、殿下の言う熱烈な押し倒しを無かったことにすべく起き上がろうとした。
「あらまあ、私としたことが。王太子殿下を下敷きにしたままでしたわね、今すぐどきますわ……。あの、殿下?」
「何かな」
「離して下さいませんこと」
「何故」
平然と何故と聞いてくる王太子殿下に困りながら立ち上がろうとするも、がっちり腰をホールドされている為に未だ殿下の足に重心が乗ったままになっている。
いよいよこれは不味いのでは。
「何故ってそれは」
「私の呪いを解いてくれた恩人にする態度ではない事は分かっているが、私としてはこのままで一向に構わん。何か問題が?」
「問題というかええ……」
うーん。うーん。
なんだろう。
尋常でないくらい王太子殿下がぐいぐいくる。
離してくれないし、顔の距離も近い。
それに、気のせいかしら?
───さっきからこの方……無駄に色気がだだ漏れてるような??
改めてまじまじと殿下を見る。
向こうもじぃーっとこちらを見てくるので、実質見詰め合っているようなものだ。
その時。
「コホン!」
咳払いがして、振り向くと何故か訝しんだ表情の師匠がこちらを見ていた。
師匠が口を開く。
「ああ…その、なんだ。上手くいったみたいだな?」
バッチリよと答えようとした矢先、王太子殿下に先を越された。
「テルカ。言いつけを破ったことはこの際置いておこう。だが、私も混乱している。何が起きた。何故、呪いが解けた」
王太子殿下の疑問はごもっともだった。けれど……。
「だから、呪いなんてありませんわ殿下」
王太子殿下がもう一度こちらを見つめてくる。
私はもう少し詳しく説明する事にした。
「とはいえ、王太子殿下が子供のお姿になられたのは、自然的なものではありません。人為的なものです。
殿下は、ご自分を認識出来ない様に魔法をかけられたのですわ」
「……自分を認識できない?」
私は頷いた。
◆◇◆
「「呪いじゃないかもしれない?!」」
私は、声を揃えて驚く二人──セルゲイと師匠に頷いて見せた。
「ええ。そう考えればしっくりくるもの。だって、呪いにしてはまだるっこしいじゃない?」
王太子殿下が子どもの姿になってしまい、周囲に強力な違和感を覚えさせてしまう原因。
呪いとひと口に言っても、おかしな点はいくつも見受けられる。
まずは、目的。
王太子殿下を王太子の座から引き摺り下ろす事が目的だと仮定する。
そうなると、何故、子供の姿に変えなければならなかったのか。
前世で呪いと言えば、陰陽道や丑の刻参り。
どちらも、相手を死に至らしめたり不幸にしたり、病にするといった恐ろしいものが呪いとして言い伝えられていた。
日本の昔ばなしの多くはそんな呪いの話が多い。一番最古の呪いは、なんと神話の時代まで遡る。古事記に書かれている伊邪那美神が夫にかけたとされるものがそれだ。それから後も、歴史を掘り返せば裏切りや憎しみによって大怨霊となった者たちによる国を揺るがす程の呪いや祟りが言い伝えられている。
日本の呪いは中々に粘着質で陰湿だ。それでいて、単純明快。呪いの目的は、相手を呪い殺す。そのただ一点のみ。
そして時には、自分の生命すら懸ける。
文字通り、自身の身をもって命懸けで相手を道連れにする呪い。
だからこそ、より恐ろしく、より人々の記憶に残る。
そうして思い返すと、王太子殿下に掛けられたという呪いはなんともケチな呪いだ。と、前世日本人の私からしてみれば、首を傾げてしまう。
言ってはなんだが、威力が弱すぎだ。
王太子殿下を病気にも出来ていなければ、殺せてもいない。王太子の座から引き摺り下ろせてもいない。
周りに異常をきたす恐れはあっても、殿下自身の日常生活に支障が出るわけでもなく、今のように離宮に引き篭っていれば誰に迷惑をかけることもない。
結果的に王太子として人前に姿を現すことが出来なくなったとしても、これで呪いと言えるだろうか。
否。
呪いというものを馬鹿にしすぎている。日本の大怨霊達に謝れというレベルだ。
これは、呪いなどではない。
けれど、確かに何かが起こっている。
───そうなると、考えられるのは魔法よね。
呪いではなく魔法なら。
そう考えた時、ひとつの可能性に行き着いた。
───殿下自身が思い込んでいる?
殿下が立太子されたのは十四の時。
誰よりも聡明であったとされる王太子殿下だけれど、師匠曰く、身体は年齢よりやや幼く見えたそうだ。
前世の弟もそうだった。
中学生になっても身長が私を越えず、自身も周りより小さい事にコンプレックスを抱いていた。
だと言うのに、高校で陸上部に入部してから一転。
どこの俳優かというような激変をとげ、八頭身どころか九等身ある百八十センチ後半までぐわんと伸びた。男の子にはよくある事らしい。
もしかすると、王太子殿下も同じだったのだろう。まだ成長途中だった殿下は今のお義兄様よりも小さかったかもしれない。
そして王太子となって初めての日。
輝かしい朝にふと鏡を見た殿下は、今の私くらいの歳の姿をした自分自身を見たのだ。
それだけならば、夢と思ったかもしれない。
けれど、悲劇は始まったばかりだった。
まず、最初に殿下の身支度を整えに、殿下の寝室に入ってきた侍女が、殿下と目が合った瞬間に倒れた。
次に、目の前で倒れた侍女仲間に驚いた別の侍女が、殿下を見た途端に白目を向いて失禁した。
流石におかしいと思った殿下が人を呼ぶと、すぐ外で控えていた騎士が三人駆けつけ、部屋に入った途端に空気を求めて床の上をのたうち回ることになった。
明らかな異常。
誰も殿下に近付けず、殿下を視界に入れたその瞬間に幻覚を見たり気を失う有様。そんな状態が徐々に広がり、報告を受けて王族の方々と魔法に詳しい専門の魔法士達が殿下の部屋に駆け付けた頃には、辺り一体が地獄のようだったと聞く。
中には完全に気が狂ってしまった者もいるなかで、呆然と佇む殿下は何を思っただろう。
魔法士達は、呪いと言った。
まるで認識阻害の魔力暴走のような現象だけでなく、子供の姿に戻ってしまったまま元に戻らない殿下。
何者かが殿下を、子供の姿に変えた。
そして、周囲に異常をきたす呪いをかけたのだと。
呪いなどないと、魔法に違いないと。
初めはそんな声も多かったのだそうだ。
けれど、最高峰の魔法士達がありとあらゆる解呪の魔法を試しても、殿下の姿は戻らず、また殿下の周りで狂っていくものが増え続けた。
魔法士たちも、次第に殿下に近付けなくなる。これは魔法ではなく、呪いによるものだという認識が強まった。
そして殿下は、表舞台から姿を消した。
これが呪いではなく、魔法だとしたら。
それも、殿下自身が呪いだと思い込んでいたなら、解呪出来ないかもしれない。
悲劇の日、最初に殿下が目にしたものは、鏡に映った自分自身。
それがきっかけだとしたら?
───精神や認識に作用する魔法を操る事のできる王族。それが、術者本人の認識から来るものだとしたら。それは可能だわ。
一瞬でも、子どもの姿になった自分を見て。
殿下は驚いただろう。
そして、続け様に自分に近寄った者、自分を視認した者がバタバタと倒れていく様を見て、思ってしまったかもしれない。
”何かがおかしい”と。
そう思う事自体は、特段おかしいことでは無い。
実際、同じ状況に陥れば誰でも考えるはずだ。
何か、普通ではないことが起きていると。
けれど、それが原因そのものだとしたら?
”自分と周囲に違和感を抱いてしまうこと” そのものが魔法のトリガーだとすれば。
自分自身に起こっている異常。
自分を中心とした周囲に及ぶ異常。
それらに違和感を抱いた時、殿下にそれを呪いではないかと言った人物がいて。魔法士達にもその異常現象が直せなかったとすれば、”おかしさ”は”呪い”という事実に置き換わる。
”自分は呪われているという認識で”
殿下の頭の中に。
殿下がそう思い込んだとて、普通ならばこんな状態は続かなかっただろう。
けれど、殿下は思い込んでしまった。
それ以外にこのおかしな現象を説明する手だてはないと。
何故なら、自分が自分自身の認識を歪めた事に気が付かなかったから。
そして、年齢より小柄だった事も相乗して、成長していく自分の姿を想像出来なかった。
だからこそ、この魔法は7年もの間、呪いとして残ってしまったのだろう。
そう説明し終えた私を、呆気に取られたように見詰める師匠。セルゲイも、呆けたように椅子に座りこんでいる。
私も話し続けで喉が渇いたので、すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
と、唸り声のようなものが聞こえて視線をやると、口に手を当てたまま額を覆って座り込んだ師匠だった。深い溜め息と共に、師匠が顔を上げる。
「そおゆう事か。成程な。シル兄上自身が、魔法をかけてんのか。それも、自分で気が付かないうちに」
「私はそう思ってるわ。師匠はどう思う?」
「呪いって言われるより真実味がある。理屈も通る、けど」
ダンっ、と音を立てて師匠が一枚板のアンティークテーブルをぶん殴った。
クソったれ、と。吐き捨てる様に言う師匠の顔は憤怒に染まっている。
「んな事にも気付かねえなんて、何の為の魔塔だ!! 神官も神官だ! 呪いじゃねえ事くらい分かってんなら言えってんだ!!」
普段から荒い言葉遣いが、更に乱れている。それだけ師匠からしてみれば、種が分かれば呆気ない話だったのだろう。
師匠の気持ちも分かる。
けれど、今はセルゲイもいるのだ。あまり魔力で威圧されると困る。
師匠の激昂する声にビクッと体を揺らしたセルゲイに視線を向け、小さく嘆息する。
私はもう一口紅茶を飲んで、落ち着いた声で師匠を宥めた。
「気付けなかったのよ。きっと。そういう魔法なんでしょ」
「んな事俺にだって分かってる!! シル兄上でさえ気が付けなかった。俺含め他の奴に気づけるはずがねえ事は!」
吼えるように叫ぶ師匠を見て、私は小さく溜息をついた。
それは分からない。
恐らく私は、私と同じ考えに至った人が他にもいたと考えている。
けれど、解決できなかった。
私が師匠に教えたいのはこの先なのだ。
「あのね、師匠。問題なのは、気が付けなかった事じゃない。この魔法を解く方法よ」
「あ?」
ジロっと睨み付けてくる師匠に、淡々と説明した。
「言ったでしょ。これは、王太子殿下自身が認識しているから起こっている事。王太子殿下自身の認識を変えなければ、呪いは解けないのよ」
敢えて呪いという言葉を使い、師匠の意識をこちらに向けた。
訝しむ師匠に、私は続ける。
「殿下は、自分が子どもの姿に変えられたと認識して、思い込んでいる状態よ。だからこそ、私達はその認識を覆さないといけないわ」
「何か策でもあんのか?」
「一つね」
私は、この騒動の始まりは、鏡だと思っている。
鏡に写った姿が自分と違ったとして、体を見れば鏡だけがおかしいだけだと気が付くはずだ。
つまり、殿下が鏡に写った自分を”子供”だと認識した瞬間に発動する類の魔法がかけられていて、それを殿下自身で補強してしまっている状態。
殿下の謝った認識は大きくわけて二つ。
一つは、”自分が子供になっている”というもの。
もう一つは、”自分の周囲では他者は精神を害する”というもの。
であるならば……。
「殿下の前に無傷で辿り着いて、尚且つ殿下の本当の姿を見せられるものを運ぶ事よ」
「本当の姿……鏡とか?」
セルゲイが案を出す。けれど、師匠が首を振った。
「意味ないだろうな。レイの理屈で言うなら、きっかけは鏡なんだろうし」
「私もそう思うわ」
師匠も同じ考えのようで、頭を捻っている。
恐らくは、鏡だけでなく視界に入れて姿が写るようなものでは、同じ効果しかえられない気がする。
───池まで連れてって、叩き込むとか? ……いや、駄目ね。水面に写る一瞬の姿なんて、きっとぼやけて見えないわ。
そもそも、近づくだけで精神を乱されるような相手に、どう近付けというのか。
そう思っていると、師匠が意外な提案をしてきた。
「それに関しては、俺がなんとか出来ると思うぜ?」
「師匠が?」
「シル兄上に近付くまで、俺の魔法で認識阻害すりゃいいだろ。本当に呪いじゃないなら、兄上が自分の周りに人がいないと認識してる状態なら何も起こらないはずじゃないか?」
「「……あっ」」
私とセルゲイの間抜けな声が揃う。そんな私たちを見て、師匠がニカッと笑った。
盲点だった。
確かに、それならいきなり意識がなくなったり動けなくなる心配がない。
なんだ、師匠。
「師匠ったら、たまにはいい事言うじゃないのー」
「たまには余計だ!」
うん? 褒めたのに怒られた。何故だろうか。
首を傾げていると、セルゲイの咳払いが聞こえた。
「コホン。それで、近付く手立ては見つかった。問題はどうやって元の姿に戻っていただくかだろ」
私は頬に手を当てて悩む。
そう。
現実には、鏡や静止した水面など姿の写るものには、ちゃんと本来の殿下の姿が写っている。
けれど、殿下が自分を子供と思い込んでいる限り、殿下の目にも周りの目にも、鏡の中では子どもの姿の殿下が現れるのだ。
──カメラがあればねぇ。隠し撮りした殿下の姿を見せれるのに。でも、どちらにしろ無駄かもしれないわ。
思い込みを正さない限り、何を見せても治らない可能性はある。
魔法がかかった時と同じことを、今度は逆に行うとすれば、不意をつくしかない。
「もういっそのこと、耳を引っ掴んで貴方は大人の姿ですよーって叫び続けるとかどうかしら」
「「どーしてそう不敬かつ物騒な発想が浮かぶ?」」
「それか、寝ている隣でずっと説得するとか」
「「無理だろ!?」」
そうかしら? と考えていると、つかつかとこちらまで歩いてきた師匠にガシッと両肩を掴まれた。そのままずいっと顔を近付け、真剣な様子で言う。
「頼むから、やるなよ」
「寧ろ良い案だとおも……」
「勘弁してくれ俺でも庇いきれねぇから!」
あんまりにも必死な様子に、可哀想になった私は実行を断念する事にした。
「分かった分かった。冗談に決まってるでしょ。私の目標は目立たずひっそり生きることなんだから」
「説得力がねえ!」
酷く納得のいかないという顔で叫ばれる。
解せぬ。
というか、そんなに近くで喚かれると鼓膜が……ん?
「あら? あらあらあらっ???」
ちょっと、待った。
待った待った待った!
待ったっ!!
「これだわっ!?!?!?」
「うわっ! ぐっ……」
私は半ば突き飛ばすようにして師匠を跳ね除け、私が立ち上がった反動で勢いよく顎を強打し床の上をのたうち回る師匠を飛び越えてびっくりした様子のセルゲイに爆速で近寄った。
目を白黒させているセルゲイの顔に吸い込まれる様にして近づき、その頬を両手で包み込む。
そして、思いっきり顔を寄せた。
鼻と鼻がくっつきそうな程。
「な、ななななな何を」
「やっぱりだわ!!!」
「は……」
「瞳よ瞳! 写るじゃないちゃんと!!」
赤くなったりボケっとしたりと忙しく変わるセルゲイの表情を眺めながら、私は心からの笑みを浮かべた。
見つけたのだ、答えを。
「王太子殿下には、瞳に写る自分の姿を見て頂くわ!!」
「「瞳の中???」」
見詰めあった時のほんの一瞬。
相手の顔が反射して瞳に写り込んだ時、それは鏡のようになる。
「王太子殿下の視力は?」
「あ? ああ、良い方だと思うぞ…ってそうじゃねぇ! レイてめぇ、とんでもねぇ頭突き食らわしやがっ」
「よし、完璧っ!!」
「だから、聞けっての!!」
握り拳を作ってガッツポーズを決める私に、なんだか恨みがましく叫んでいる師匠。
ん? そういえば、なんで師匠は涙目なのかしら。
しかも、顎が赤くなっている気がする。
「あら、師匠。その顎どうしたの? もしかしてぶつけたのかしら、おっちょこちょいなのね」
フルフルと震える師匠を見て、私は首を傾げる。隣でセルゲイが「うわぁ…なんて無慈悲な…」と呟いているけれど、本当に何の事だろう。
はて?
◆◇◆◇◇◆
話し終えた私を見詰めていた王太子殿下が、チラりと師匠を見詰め、何だか知らないが師匠は疲れたような表情で頷いた。
そういえば、結局なぜ師匠の顎が赤いのか分からないままだった。
あの後はどうやって王太子殿下が瞳に映る距離まで接近するか、どうやって離宮に潜入するか、師匠の魔法の持続時間はどれくらいか、などと考えるのに忙しくて、それどころではなかったのだ。




