025 奇妙な侵入者【館の主視点】
「良かった、生きてる……」
掠れて消えかけながら微かに耳に届いたその言葉に、私は見を見張った。
だが、問い詰めるまもなく腕に負荷がかかり、私と声の主は揃って床に崩れ落ちる羽目になった。
それまで持っていた武器を放り出して私に抱き着いておきながら、それは意識を失ったらしい。
「……」
なぜ子供が、どうやって館に入ったのか。
少しばかり思考して、無責任でやりたい放題の男の顔が思い浮かんだ。
「テルカ……。そうか、テルカの言う会わせたい奴とは……」
投げ出した足の上に頭を乗せてやる形で、仕方がないのでそのまま寝かせてやることにした。
部下がこの有様を見たら明日は槍が降るとか言いだしそうだったが、この時の私はそのくらいの親切はしてやろうという気になっていたのだから、自分でも珍しいと思う。
先程の戦い方からしてまだ武装している気配はあるものの完全に意識を失っているし、抱きついてきた時殺気は感じなかった。
なによりこの子供のお陰でやりやすかったのは事実だ。膝くらい貸してやったところで、何も起こらないだろうと断じる。
不意に気になって、なんとなしに顔に掛かった髪を退けてみると、精巧な彫刻と見紛う程美しい容姿が出てきた。
先程までは侵入者の排除が優先事項だった為、顔をよく見ていなかったのだ。ここまでの造りはかなり珍しい。
まじまじと見つめても、成程、誰が見ても美しいと称す事だろうと頷きながら、ふとその髪色に目を止める。
金緑色。
つまりは。
「噂のハンスベルク公爵家縁の姫君、だろうか。それとも、公爵の隠し子か。大変な立ち位置なのは、同じ……か」
ハンスベルク公爵縁の人物である事は疑う余地は無いだろう。先程の戦闘時、風の魔法を操っていたのだから間違いない。
実に見事な身体強化と、鎌鼬(風魔法の一種)だった。お陰で、子供の形をした新たな凶手かと疑った程だ。かなり風の一族の血が濃いと思われる。
そんな人物が、自分とさほど変わらない歳に見えるのに武術を、それもかなりこちら側寄りの技を身に付けている理由が気になる所ではある。
それに───。
「何故、違う器に入っているのかも、気になる所だ」
もしや、と。
思い浮かんだ一つの可能性を、首を振って打ち消した。
色々と興味は尽きないが、今は一度保留としよう。元より、関わり合いのないはずの人間でもある。
それよりも……。
私は、廊下を慌ただしく走ってくる足音の主が部屋の前で止まり、ドガンとけたたましく不快な音を立てて扉を吹き飛ばしながら侵入してくるのを見て眉を顰めた。
「シル兄上、侵入者がっ……」
「テルカ」
酷くゆっくり名前を呼ぶと、扉を蹴破った体勢のまま硬直した可愛い従弟が私の顔をゆっくりと直視し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
分かっているようで何より。
けれど、その判断は些か遅すぎた。
「説明、してくれるだろう? 詳しく」
「……ハイ」
私はとびっきりの笑顔でそう言った。
そう。私は───、
今とてつもなく怒っている。
◆◆◇◆◇◆◆
「───という訳だ、シル兄上」
あの後、一度壁の壊れていない部屋へと移り、その後の諸々の処理を部下に任せた私は、改めて事のあらましをテルカから詳細に尋ねた。
思いの外、今回の侵入者達は大人数で来ていたらしい。
部下達はその対処に追われていたのだろう。三匹も取り逃すとは、手練だった事も窺える。不始末の言い訳にはならないが。
私の部屋に来たあの三人は、侵入者達の中でも極めて勘と運が良かったようだ。私の部屋に辿り着く事が出来た時点ではかなり優秀な部類でもあるのだろう。
が、気の毒な事に、更に奇妙な珍客の存在が居合わせたせいで手にした折角のチャンス──私を殺す機会をものに出来なかったのだから、それまでの存在だったのだろうと切り捨てる。
私は笑みを濃くした。
「……そうか。取り敢えず、他の侵入者を制圧した事は、褒めてあげようテルカ。ただし──、」
「……」
テルカは黙って続く言葉を待った。
こういう所は賢いのに、いつも落ち着きがないのは何故なのか。
何度目かも分からない問いを思い浮かべながら、私は笑みを消した。話し方も変える。
「ただし、事と次第によっては只では置かんぞ、テルカ。何故、ここに連れて来た。よもや、この事態を想定していなかったなどとは言わないだろうが」
「……申し訳ありません、シル兄上。俺の不徳の致すところです」
テルカは潔く、己の罪を認めた。
後悔を滲ませるその様子に、私は少しだけ視線を和らげる。
けれど、許したわけではなかった。
「仮にもお前が認めた、お前を認識した存在だろう。それなのに、お前は危うく、あの子供を廃人にするところだった。それにその子は、ハンスベルクの一族だろう。万一の場合、どう責任を取るつもりだった? それとも、その上で問題ないと判断したのか? 消えても替えのきく私のように」
「……っいいえ! 俺は……」
テルカは拳を握りしめ、俯いた。
視線の先には、凶手三人を相手取りそのまま意識を戻さない、あの子供を寝かせた部屋がある。
最後に部屋を出る時、傍らに子供の従兄弟という存在が、眠る子供の手を握りしめて寄り添っていた。
私は短く嘆息した。
テルカは、愚かではない。
だが、思いの外極端に視野の狭い時がある。
その一つが、私に関係する時だ。
「テルカ。私は、お前の事を買っている。私を気にかけている事も、余計な事とは思うが煩わしくは思っていない。だが、今回の事で認識を改めた。お前は、私が置かれている状況をきちんと把握できていないようだ」
「そんな事は……」
「テルカ、私は、呪われている。その意味を、いい加減理解しろ。でなければ、同じことを繰り返すだろう。私の事は、いないものと思え。
皆のように」
「シル、兄上……」
吐き捨てる様に言ってしまったが、後悔はない。
それ程、今日テルカがした事は私にとっては見過ごすことの出来ない事だった。
私は、呪われている。
今でもその時の事は鮮明に思い出せる。
あの瞬間、私はそれまで手にしていた全てを失い自らも捨て去って、この場所に自分を閉じ込める運命を受けいれた。
人を寄せつけず、侵入者を拒み、時に狂わせる。
そんな場所に私がいる理由を、テルカは知っている。そして、その事実をテルカが受け入れられていない事も分かっている。
あの子供は、テルカから離れていた。それで館に入ってしまった。
つまり、館にとって”侵入者”と認識されたはずだ。
私は先程の凶手三人を、運が良かったと評した。
けれどそれは、あくまでも凶手として、私の部屋に辿り着けたその状況だけを述べている。
人間としては、最悪の不運だ。
もし、あの時あの子供が来なかったなら、あの三人は狂死するか発狂して互いに殺し合っていただろう。
その前に子供によって意識を奪われたから、そうならずに済んだ。やはり、ある意味では幸運だったといえよう。
そして、同じく”侵入者”と判断された子供。
本来なら、精神感応が繊細で未熟な子供であればまず、館に入ってすぐに恐怖で気を失う。
館は奥に来れば来るほど、私に近い場所ほど影響を受けやすい。
はっきり言って、部屋まで正気を保ったまま歩いて来た上に、一瞬で冷静に大人の凶手二人を仕留めて一人を相手取るなどとはどれ程豪胆な大人でも簡単に出来ることではない。この国にそれが出来る者が何人いるだろうか。
その後気を失ったのは単に運が良かったのか、それすら実力だったのか、私には判断出来なかったけれど。
そういう理由があるから、私はこの場所にいるのだ。
そこまで思考して、私は深く溜息を零した。
年相応の感情を顕にしたテルカの様子に、羨ましさを感じた事がないとは言わない。
どうしても認められない事に対して見せるその表情は、テルカが子供の頃から変わらない。昔と同じように、私を慕い「兄上」と呼ぶのも、今ではテルカだけだ。
時折年齢以上に間違われる程の体躯にまで育ち、多くの部下に慕われというのに、私の前だけは歳下としての未熟さを露わにする事も、その甘えも。
その全てを、私は許していた。
テルカの前でのみ、私は"シル兄上”でいられるという事実がある限り、私は自分を保てる。
だが、ここまでだ。
「今直ぐにとは言わない。子供が目を覚ましたら、帰れ。だが二度と、館の扉は開けない。オルカにもそう伝えろ」
お前もお前の大事な存在も、この歪な館には二度と入らせない。
私に関わる事も、もはや許さない。
どうしてと、思うことだろう。けれど、今日の事は切っ掛けだった。
テルカがこうまでして私に会わせたいと言った相手を狂わせずに済んだのは奇跡だった。
見ず知らずの子供を助け、生きている事に安堵する優しい心根の持ち主だ。
言葉を交わしたわけではない。けれど、確かに分かる。
──私ですら……、、。
その先を考えるのは止めた。
理解できないのなら、突き放す。
それが、何も持たない今の私に出来る、唯一の事だ。
読んで下さり、ありがとうございました!
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