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019 セルゲイの鍋奉行

例年に比べ暖かい冬が続き、過ごしやすいことですね。更新が遅くなり、読者の皆様におかれましては大変お待たせすることとなりました。

面目ございませんm(*_ _)m


それはそれとして、いいね・ブックマークがまたもや増えておりました!

読者の皆様におかれましては、本当にありがとうございます(大変励みになります(*ˊᗜˋ))

末永く愛読していただけるよう、完結まで浸走って参りたいと思います!



 馬車が道端の石に躓き、僅かに揺れた。

 私は腕を組んで、セルゲイを見つめる。気分的には胡坐かいて頬杖でも付きたいところだ。



「ようやく全貌を理解したわ。なんとまぁ、まどろっこしい事をするじゃないの。私はとんだとばっちりよ」



 要は、こういう事だろう。


 その乳母を紹介してきた家が、今日セルゲイの誕生日パーティーにて、婚約者候補として娘を推してくる出席者達の中にいると。

 その家が単純にセルゲイを介して侯爵家の不仲を狙ったのか、はたまた別の意図があるのかは分からないから、手っ取り早く私に囮になってくれと。

 ついでに、その他の煩わしい婚約者候補の令嬢達の風避けになってくれたら尚好ましいという訳だ。



 こんな面倒臭いこと、2回目以降依頼料貰わなければ割に合わないんじゃないか?

 なんだかんだ引き受けてしまった人の良い過去の自分に呆れてしまう。


 え? 貴族なら慈善授業しなさいって?

 いやぁ時と場合によるわよ。


 思わず遠い目をしていると、目の前に座っているセルゲイがほんの少し居心地悪そうに身動ぎし、目を逸らしながらではあるものの僅かに頭を下げた。



「そこは悪いとは思っている」

「あ、思ってたんだ」

「なんだ? 何か文句でもあるのか?」



 思わず零れてしまった呟きに対し、セルゲイがこちらを睨みあげて噛み付いてきた。


 これだからもう。

 照れ隠しなのは分かるけれども、もうちょっと素直になりなさいと言いたい。可愛げがないと世の中やっていけないわよ。……なんてまぁ説教出来る程私も長生きしてないんだけれどね。


 ───これでもマシなのかしら。人間不信を若干拗らせてる六歳児としては。


 信頼していた乳母は嘘つきで、どこぞの家の策略を受けてセルゲイを洗脳していた間諜。家族とも長年蟠りがあったのだから、疑心暗鬼で会う人会う人に攻撃的でないだけ十分可愛げが……。

 ……。

 …。


 あるのだろうか?

 ちょっと、どうなんだろう。


 可愛げや素直さなんて、相対的に推し量られるものだ。

 例えば同じ人間不信でも、可愛い子供と普通の子供を並べたら間違いなく可愛い子供に大人は菓子を多めに配るだろう。

 また、普通の子供と可愛げのない擦れてる子供とを並べたら、普通の子供が優遇される。それで擦れてる方は多めにお菓子を貰った子を見て、更に拗ねるという悪循環である事は間違いない。


 今のセルゲイは、人間不信ですと顔にそのまんま書いてあるような子供だ。

 これはちょっとよろしくない。



 いや、極論可愛げはなくてもいい。

 ただ、人間不信を態度にだしすぎるのは良くないと思う。


 人間不信を拗らせているとして、それをあからさまに分かるような態度では足元を掬われる。

 所謂、詐欺に引っかかりやすくなるのだ。


 前世でもこれは言えた事だけれど、『私は用心深いわよ』『詐欺なんか引っかからないわ』という風に態度に出ている人ほど、カルト宗教やら詐欺商法やらに引っ掛かるとされていた。

 何かと言うと、そういう人間の方が一度ガードを突破すると、その後の信用度を上げるのが容易であるかららしい。

 そう考えると、セルゲイなんて格好のカモだと思う。鴨が葱を背負っているようなもんである。


 もう少し取り繕う練習をすべきだ。

 だって貴族なんて基本が騙し合いなんだぞ。骨まで毟られているセルゲイが目に浮かぶようである。



「なんだか心配になってくるわね」

「なんだ?」

「何でもないわよ」



 まぁまぁまぁ、まぁまぁ。今日一日は、私がボディーガードをしようじゃないか。精々、令嬢令息その親諸々、撃退してあげるとしよう。元々そのつもりではあったけれど。


 だが、それ以降の事は予定変更もやむを得ない。

 セルゲイには、鴨葱セルゲイの鍋奉行ができる本物の婚約者か、それに変わりうる友達を早急に見繕って、隣で目を光らせて貰うべきだ。


 だって、私は貴族社会から騎士社会へ引っ越す予定なのだから。いつまでも面倒みきれない。

 今日やることリストに、セルゲイの嫁探しor友達探しが加わった。


 やっぱり追加料金もらうべきだろうか?





 ◇◇◆◇◆◇◇




 で。


 絶賛人間ウォッチングに勤しむ私の周りに、なんだか知らないが人がわらわらと寄ってくる。如何せん、絶え間なく話しかけられるので、正直面倒くさ……ゲフンゲフン。

 私はなんと言うか、こう、もう少し隠密に行動したかったのだが、これじゃ目立ちすぎである。


「セルゲイ、これどうする?」

「愛想を振り撒きすぎだ、少しは加減しろよ」

「想定外よ。無茶言わないの」

「アホタレ」

「どっちが」


 一度、群がる招待客に断りを入れてセルゲイと一緒に離脱した所で、例によって例のごとく、扇で口元を隠しながらコソコソと話し合う。

 なんかナチュラルに罵倒された気もするけど、この際気にしない。私は器が大きいのだ。



「兎も角、これじゃ埒が明かないわ。例の家の誰かは接触して来た?」


「まだだ」


 セルゲイのパッとしない表情から察するに、思うような成果は出ていないのだと判断したけれど、本当にそうだったみたい。

 溜息をつきつつ、頷いた私はプランBを提案する。



「そうよね。それじゃ、こうしましょう。私は一旦、あなたの傍を離れるわ。このまま仲良し子良しで人の壁に阻まれてても、獲物は釣れないもの」


「おい、婚約者の振りはどうするんだ。第一、向こうの目的が」


「あのね、セルゲイ。今わかってるのは、たった一つだけ。向こうは、セルゲイに家族と仲良くして欲しくないのよ。婚約者がいるかどうかは、それより重要度は低いと思う。

 だって、貴方達の家族仲さえ良ければ、ハニートラップなんてものには引っ掛からないんだから」


「そうなのか?」



 訝しむセルゲイ。私は根気強く説得する。


 現在、向こうの目的で分かりきっている事は一つだけ。

 それは、セルゲイを疑心暗鬼にさせて、周りから孤立させる事。

 わたしとセルゲイの二人でいる今、まだ接触がない。なら、次の行動に移さないと、収穫はゼロになってしまう。


 それに、今私はある仮説を立てている。

 それを確かめる為には、セルゲイと一緒に行動せず単独行動を取りたい。


 セルゲイはややあって頷いた。



「分かった。なら俺は、一旦兄上達の所に行く。お前も、父上のスピーチが始まるまでには戻れよ」

「分かったわ」



 今はパーティーの前座だ。

 パーティーの半ばで、叔父様によるセルゲイの誕生日を祝うスピーチがある。そこで、対外的に私とセルゲイの(仮)婚約についても発表するのだ。


 招待客には、出迎えの挨拶時点で叔父様達がそれとなく話してはいるけれど───だから大人達が噂を知っている───、正式に皆の前ではまだ話していない。


 あくまでも、

 "レリノレア"という令嬢が、"ラシュブルク侯爵家の令息"と懇意にしている。

 "ほぼ"確定で婚約者であるらしい。

 この程度の認識でしかない。


 貴族というのは、前世の噂より遥かに噂を事実として話しがちであるけれど、今回はそれを逆手にとる。

 仕掛けてくるなら、大々的な発表の前になるはず。

 それが叔父様の予想ということだ。


 私はそれまで標的を引き付けていれば良い。




 寄ってくる招待客達に断りを入れたり、上手く躱しつつセルゲイをお兄様ズに送り届ける。

 違和感のない声量で周りに聞こえるよう化粧室に行く旨を話してその場を離れると、急いで広間から離脱した。


 人気の少ない廊下を一人歩きつつ、私は思案する。



 ───さて。どうでるかな。



 叔父様の話では、乳母がしくじった事は先方にはまだバレないようにしているらしい。定期連絡なども不定期だったらしく、こちらの作戦が漏れる心配は無いとの事だから、その点は気にしなくていいだろう。


 考えられる向こうの思惑としては、侯爵家の乗っ取り、これがいちばん濃厚な線だ。



 セルゲイを人間不信にする利点としては、娘をハニートラップ要員として近付けて、懐柔・依存するように仕向ければ傀儡にしやすいこと。


 あの時期のセルゲイはかなり思い詰めていたようだし、初対面──セルゲイ同様、父親の髪色を受け継いでいなかったとはいえ──私に、心情を吐露してしまうくらいには弱っていた。

 洗脳しやすく、他の兄弟を蹴落として侯爵家の跡取りの座を狙うよう唆すことも出来ると考えたかもしれない。


 そうでなくとも、シュトラール公爵家の当主は甥っ子達に跡を継がせると明言して憚らない。その後継者は六人全員が当てはまるというのだから、侯爵家の上を狙う事も不可能ではないことになる。


 はっきり言って博打としか言えないけれど、有り得ない話では無いのだ。


 ただし、前世が敏腕刑事や著名な心理学者だった訳でもない私にすら気が付かれるレベルでの謀というと、少々お粗末ではないかという気はする。



 次に考えられる話として、乳母の単独犯説が挙げられる。


 が、正直これは微妙なところだ。

 現に、幼い貴族の子息令嬢に両親への不信感を募らせ懐柔して、愉悦を満たそうとする乳母も少なくないのだそうだ。


 自分の愉悦や虚栄心を満たす為だったりが動機のため、大抵は親が子供に関心のない家庭であったりするとよく起こるらしい。

 中には本当に親切心からというか、親から興味関心を貰えない子供を哀れに思って世話しているうちに懐柔していた、なんて例もある。


 果たして、セルゲイの乳母がこれかと言われると、可能性は少ない。なんせ、セルゲイの家族は傍から見ても大の仲良し家族だ。生まれた時からの計画とするなら、そんな計画立てようとすら普通は考えない。リスク計算が出来るならば。



 ───私ならそんなリスク御免だな。貴族院で接近する方が楽だろうし。



 叔父様達の調べで黒と出たのであれば、紹介状の家かその先に乳母に指示した者がいると思う。



 さぁ、そんな幸せな家族を瓦解させんとする不届きな輩がいるとして。

 どの程度の(ワル)なのだろうか。



 連中は今、寝耳に水で焦っているはずだ。

 乳母からの連絡では何も聞かされていないのに、いつの間にか侯爵家の人間は仲良しこよしで団結していて、傀儡にしようと思った子供には最愛の(笑)婚約者候補まで出来ているこの状況。


 焦った黒幕はどう挽回するかを必死に考えるだろう。


 一番楽なのはきっぱり諦めてくれる事だけれど、そんなにすんなりいくとは誰も考えていない。

 分かりやすく、婚約者候補最有力者の私がセルゲイの側を離れた隙に、自分の娘をアピールしに来てくれれば此方としても助かるのだが。


 それか、まだ間に合うと考えるか。焦って最悪の選択をする可能性。

 そう、簡単だ。



 ───婚約者候補の令嬢を消してしまえばいいのよね。




「こんにちは、お嬢さん。どちらへご用事かな」

「まぁ、ご機嫌よう。わたくし、迷ってしまったみたいで。パーティー会場はどっちかお分かりになる?」



 うっそりと微笑みながら、ゆったりと声を掛けられた方へ振り向くと、その辺に居そうな顔の貴族男性が当たり障りのない笑顔を浮かべて立っていた。

 見覚えは無い。


 が……。

 歳の頃はまぁ、子供の一人二人くらいはいそうな歳に見える。

 おやおやおや、これは?



「では、ご一緒しようか。私も戻るつもりでね」

「ありがとうございます、親切なお方」



 形ばかり差し出された肘に腕を重ねる。余程の理由がない限り、エスコートを断るのは失礼になるからだ。

 まぁ、失礼だとかを気にする必要のある相手ではない気がするけれど、断る理由もないので。



 因みに。


 お互いに名乗っていないこの状況、普通では大顰蹙(だいひんしゅく)ものである。今は私と男と二人だけしか居ないとはいえ、礼儀を通すならば普通、爵位の上の者から名乗るのが筋だ。


 私はあくまで、ハンスベルク公爵家縁の令嬢という情報しか出していない。だからこの場合は、大人であろうこの男性から名乗るのが筋なのであるが、ご覧の有り様。

 さて。


 私は歩きながら、努めて年相応の令嬢のように振舞った。



「今日は娘さんといらしたの? ええっと……」

「これは名乗りが遅れて申し訳ない。ライリー・ギレッセルと申します。」

「まぁ、ギレッセル伯爵の弟君でいらっしゃる方ね! 確か、姪御さんがいらっしゃるのではなくて?」

「……博識なようだね、お嬢さん」



 言葉尻を濁して、エスコートする男性を見上げると、相手は漸く名乗ったが、爵位までは言わなかった。しかし、私に当てられると、しばしば沈黙して何事も無かったかのように笑みを深めた。


 僅か二秒足らずの沈黙。普通なら違和感のない範囲だろうが、表情をつぶさに観察しているといらついているのが分かる。



 ギレッセル伯爵家。

 件の乳母が紹介状を持っていた家である。

 つまり、どんぴしゃ。ターゲットだ。

 当主の弟が接触してくるとは思わなかったが。娘がいる伯爵ではなく、その弟。つまり、彼自身はギレッセル伯爵家の跡取りではないということであるからにして?


 ふぅむ。

 やや面白いことになったかもしれない。


 普通ならば私もここで名乗るべき所だが、敢えてスルーして続ける。



「いいえ、これくらいの事。セルゲイの婚約者として恥ずかしくない、最低限のことですわ」

「セルゲイ……ラシュブルク侯爵家の令息とお知り合いなのかな?」

「あら、ふふふ。私としたことが、駄目ね」



 はははは、は。笑えるねぇ。

 思わず失笑しないように堪えるのが大変だ。


 私、たった今言わなかったか?

 ()()()()()()()()()()()、恥ずかしくないように、と。


 そんなに直ぐに忘れてしまうようでは、貴族として記憶力の乏しさが致命的な男であるようだ。それとも忘れたいという願望かなにかなのか。この程度の振りで本性を垣間見させるとは、余っ程頓馬(とんま)な…コホン。


 いや、まだ分からないか。油断を誘う作戦かもしれない。


 エスコートを受けている手と逆の方の手でドレスを少し摘み、にこやかな笑みで私は簡単な礼を取った。



「レリノレアと、申しますわ。セルゲイの婚約者ですの。家名は……秘密ですわ、ごめんあそばせ」

「理由をお伺いしても?」

「叔父様が、ああ、セルゲイのお父様の事ですけれど、家名は秘密にと仰るの。聞いたら皆さん、驚いてしまうのですって。だから内緒ですのよ」

「……。そうなのだね」



 さぁて、さてさて。

 私はどちらにもとれるよう話したのだけれど。

 どう解釈する?


 ()では、私は公爵家縁の令嬢。

 ただし、縁があるからと言って高位貴族かどうかは分からない。


 もし伯爵家より上ならば、たかが伯爵の()でしかない彼に出来ることなどありはしない。


 伯爵家と同程度なら、話し合いしだいでは穏便に婚約を解消することも可能だが、侯爵家との縁を切ってまで得られる利益を提示しなければならない。

 当主ですらない彼にそんな力はあるかどうかは知らないが?


 伯爵家より下位ならば?

 いくらでもやりようはある。



 さあ、どう判断するのか。

 私は先程から、敢えて失礼に取られるかもしれない事ばかりしているけれど、果たしてそれを強者の余裕ととるか、はたまた弱者の愚かさと捉えるか。



 ──私を、失望させてくれるなよ。




 この男は───。





「もし、どちらへ向かっていらっしゃるのかしら?」



 私はエスコートの腕をスっと引き抜いて尋ねた。

 先程から歩いているのは、まぁ全く人気もなければ、通った覚えすらない道である。

 ニコリと笑う張り付けた笑みを濃くして、私は男が答えるのを待つ。


 ギレッセル伯爵の弟は、それまでの似非紳士風な笑顔を歪め、馬鹿にするような雰囲気を纏っている。



「悪いのだがね、君に侯爵家の五男と縁続きになられると、面白くないのだよ」

「あら、何故かしら?」

「ハッ。馬鹿な小娘にはわかるまい。私がどれ程、あの小僧に心を配ってきたか。あんな父親も分からぬ様な侯爵家の面汚し相手に、寄り添ってやることの出来る娘を宛てがってやったというのに」

「……セルゲイの乳母は、貴方の娘さんでしたのね」



 しかし、貴族名鑑には、この男に娘がいるなど書かれていなかった。という事は、乳母は庶子ということか。


 ──それにしても、面汚し、か。


 男は調子付いたのか、まだ喋り続けていた。



「大体、あんな雑種が生まれたというのに、何もしない侯爵家の馬鹿どもにも呆れ返る。間抜けばかりの集まりだ、ラシュブルク家など」

「……」

「貴族のくせに、家の血統も守れない様な輩の集まりが侯爵家を名乗れるなど、世も末だ。仕方がないから、姪をけしかけたというのに……。既に婚約者が決まっただと? ハンスベルク公爵家縁だ? 尊い血筋の私が継げる家もないというのに? ふざけるなよ、雑種のくせに!!」



 男は、私がいるのも忘れたかのようにぶつくさと不平不満を垂れ続けている。



 ああ。なんて、馬鹿馬鹿しい人物なのか。


 こんな、くだらない動機で。

 そんな、くだらない劣等感で。

 あんな、馬鹿馬鹿しい男の為に。


 セルゲイは苦しんできたのか。


 よくも。



 よくも…………!!!!




「だからな、小娘。お前は邪魔なんだよ」



 キン───、



「んなっ!!!」




 気が付けば、驚いた様子の男と、地面に転がった鈍く光る短刀が視界に映っていた。








読んで下さり、ありがとうございました!

良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)

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