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018 もはや何が何だか…

 賑やかな話し声と、祝いの空気がパーティー会場に満ちている。

 ホールには様々な爵位の人間が集い、談笑し合っていた。



 そんな光景を、私はホール上の大階段の上から()()()()()眺めている。



「わーい、パーティーだ。はははは」

「もっと嬉しそうに言ったらどうだ」



 セルゲイがじとっとした視線を寄越す。



 まあ尤も。


 彼の様に私をよく知る人物なら、この様にばっちり副音声まで聞こえることだろうが、ここではそんな心配はいらない。

 なにせ、今の私は極親しい人でさえ気が付かないような見た目をしているから。



「くっ!! 足がスースーするっ!!」

「おい、レイ……」

「ヒールがっ!!」

「……もう黙れ」



 げんなりしているセルゲイの横で、私はニコッと笑った顔を固定したまま、口の中で小さく、今日何度目かも分からない悪態をつく。



 大丈夫。周りにはただにこやかに笑ってるように見えてるはず。

 恐らく。

 ……多分。



 なんとか足の位置をずらして試行錯誤するも、普段履き慣れたトラウザーズとシャツとは違い、ドレスは色々な所が心許ない。

 風通しも良過ぎるのも考えものである。


 髪も、いつもの様に緩く後ろで一本に三つ編みではない。サイドを編み込み、あちこちピンで止め、もはや何が何だか分からないくらい、複雑に結われている。髪飾りもふんだんに差し込まれて、一体何がどうなっているやら。

 絶対に自分で解けない自信がある。

 結い直すなんて言わずもがな……。



 ───兎にも角にもっ、重んっもたいのよ。それに靴っ!!!



 私は見えない足元を忌々しげに───といっても笑顔は崩さずに───睨み付けた。


 仕舞いにはこのヒールだ。

 普段遣いの特注革ブーツは、平たく滑らかな靴底で、私の足の形にフィットしてとても楽なのに。今は、まるで拷問のような、女の子用の可愛らしいレース付きパンプスを履かされている。勿論、ヒール付きだ。


 パンプスは嫌だと断固拒否して、いつもの店にオーダーメイドして特急料金で仕上げて貰う予定が、店が間に合わずにパンプスになってしまった。



 これが嘆かずにいられるか。

 前世でも、私はスカートよりズボンやガウチョパンツ、パンプスよりスニーカー派だったというのに。


 拷問じゃない?



「おい、その顔を何とかしろ」

「あら、()()に顔の事でとやかく言うなんて、紳士とはいえなくてよ。おほほほ」



 お黙り!



 セルゲイも女装を体験したらいいんだ。

 そしたら私の気持ちがわかるだろうからねっ!



 持っていた扇をバサッと開き、口元を隠しながらニッコリ笑うと、セルゲイは私の眼圧に耐えきれないようで、そっと明後日の方を向いた。

 私はそのまま扇で顔を隠しながら、彼だけに聞こえるくらいの声量で脅……、言い聞かせる。



「お望み通り女装してあげたのだから、よもや文句なんか言わないでしょう。ね、セルゲイ?」

 《意訳:貴方が言うからやってることなのよねそこん所きっちり理解してくれてるかしらね?ね?》

「勘弁してくれ」



 わざとフウっと甘い吐息を零すように鼻から抜ける様な声でそういうと、セルゲイは思わずという様に顔を顰め、そっぽを向いた。彼の心底嫌そうな様子に少しばかり胸がすく思いがする。



 セルゲイはなんか知らないけど女嫌いを拗らせている。男である私に女装させたのも、半分はそれが理由というところだ。だから、今の様に甘ったるい声で話しかけられるのを酷く嫌う。ちょっとした嫌がらせにはもってこいだ。わはは。



 意地悪じゃないかって?

 お互い様じゃないかな。



 ───といっても、さすがに大人気ないか。苛めるのはこのくらいにしとこうかしらね。大体それどころじゃないし。



 気を取り直して私はもう一歩セルゲイに近寄った。

 セルゲイはやや警戒した様に身を硬くするも、続いて聞こえた私の話にややあって力を抜き、笑顔(といっても嘘っぱちの)を見せた。


 心底親しげな(繰り返すが嘘っぱちの)笑みを投げかけてくるセルゲイに対し、扇をパチリと閉じた私は、少しばかり恥じらうように伏せ目がちに微笑め返す。




 それは、さながら恋する乙女のように見えたことだろう。

 途端に、周りでこっそり私たちに注目していた周囲からわっと色々な歓声が上がった。



「まぁ!まぁ! 皆様あの二人をご覧になって。なんと仲睦まじいこと!」

「本当に。まるで一枚の絵画のようにお似合いではなくて?」

「セルゲイ様には婚約者がいないと聞いてましたのに、こんなに熱愛される方がいただなんて。あの二人のご様子では、以前よりご婚約されてらしたのでは?」



 自身の娘を侯爵家の五男と縁付かせようと、パーティーにやって来た夫人達がそう囁き合う。微笑ましげな若人達の様子に、その様な思惑は一先ず胸中に留めているらしい。

 夫人達の傍らでその夫達も、漏れ聞いた噂とやらで盛りあがっていた。



「セルゲイ殿は例のあらぬ噂に心を痛めていたと聞く。あのご令嬢がそんなセルゲイ殿を献身的に支えていたのだそうだ」

「ほう! そのような事が!」

「だが、あの様に美しいご令嬢は寡聞にして見掛けぬが、一体どこの家のご令嬢なのだ?」

「なんでも、ハンスベルク公爵家に(ゆかり)のご令嬢だとか」

「レリノレア嬢というらしい」



 レリノレアと呼ばれた()()()は、はにかむ様に微笑んでいる。


 あわよくば侯爵家の婿をとライバル達を蹴散らす腹積もりで集まっていたはずの令嬢達でさえ、その謙虚で初々しい笑顔に毒気を抜かれたばかりか、すっかり魅了されていた。令息達は言うまでもない。


 また、少女はその場にいたどの令嬢達よりも大人びていて、所作も何もかもが洗練されていた。令嬢令息達を虜にするその様子に、周りで見守っていた親たちは素直に感嘆し、興味を引かれたように噂している。



 誰一人として、思いもよらないだろう。

 その渦中にある令嬢の正体が、よもや男であるなどとは。



 ───さあってと。こっちも行動開始よ!



 周りのざわめきを他所に、私は気合いを入れ直した。



 私とセルゲイにはある目的がある。

 その為に、親密な婚約者であると周囲に印象づけなければならない。


 私達は、互いの手をしっかりと握りしめ、噂の渦中へと歩き出した。





 ◇◆◇◆◇◆




「すっごく素敵ですっ! レイリアン様、なんてお美しいのでしょう!!」

「これこそ神が造りたもうた芸術ですわっ!!」

「本当に! レイリアン様なら、王太子様の御心さえ掴める事間違いなしです!!」

「あ、ありがとう。メリナ、カサーラ。ただ、……持ち上げすぎじゃない?」

「「滅相もございませんっ!!!」」

「あ、はい……」



 ふんすふんすと鼻息荒く、如何に私が美しいか芸術的な尊さかを力説してくる二人に気圧されつつ、鏡を見れば「確かに」と思わず納得した。


 過ごし易い男物の服装と違って、令嬢用のドレスやら靴やらはなんともしっくり来ない。重いのにスースーするから疲れるし、普段は肌身離さず身に付けている護身用の武器も何一つ身に纏えないから心許ないことこの上ない。

 けれど、メリナ達の力作である深窓の令嬢姿の私は、まるで産まれた時からこうであるかのように鏡の中で自然体に見えた。


 それに。



 ───こりゃ将来、傾国の美女になるわ。私、男で生まれてよかった。それに、公爵……お義父さまに回収されてて本当によかった。



 神様の手違いに一時とはいえ、心から感謝する日が来るとは思わなかった。

 そのくらい、鏡に映る神がかった容姿と神秘的で高貴な美しさには、危ういものがある。女であれば、その美しさだけで国をも取れたであろう事は簡単に想像出来る。我が妻にと望む男達による、血濡れた奪い合いの末にだが。


 それに、男だとしても、孤児のままでは売り飛ばされていた未来しか見えない。養父である公爵様に早々に回収されたことは、本当に僥倖だったのだ。彼の決断力と先見の明には頭が下がる思いでいっぱいだ。


 多少強引すぎたとはいえ。



 ───そういえばアンフェル、元気にしてるかな。今頃どこで何してるかしら。



 思わず遠い目をしながら、私とは違った方向に麗しい少年だったツンデレの家族に思いを馳せる。



 実の所。公爵邸に来てから月に一度、孤児院の皆には手紙を出している。孤児院長が皆の代表で手紙に返事を書いてくれているのだが、その最初の手紙で、アンフェルが孤児院から出ていった事を知った。


 というのも、アンフェルは私が公爵家に回収されて行った日から数日と経たずに、突然姿を消したのだそうだ。

 なんでもトーフェおじ様の(つて)で外国の知り合いが引き取ったらしいのだけれど、余りにも急な上、事前連絡もなにもなかったそうだ。暫くして、アンフェルから無事を知らせる簡素な便りが届いたそうだけど、なんと国外からで、寝耳に水の事だったと、手紙には書かれていた。



 孤児院の皆は元気でやっていて、アンフェルも何処にいるかは分からないものの元気そうだと聞いているから、特に心配はしていない。

 ただ、懐かしさと寂しさを感じるくらいで…。



 ───騎士になったら、いつかみんなに会いに行きたいな。



 ちょっぴりしんみりした気持ちで鏡を眺めていると、突然ドアがガチャっと開いた。



「レイリアン、準備は出来たか……。……失礼、間違えたみたいだ」

「間違ってないわよ」



 変なものを見たと言うように、間髪入れず廊下に引き返そうとしたセルゲイに、私は反射的にツッコミを入れる。

 振り返って怪訝そうな顔をした彼は、次第に自体が呑み込めたのか驚愕の顔になった。



「夢か。それともお前、元から女だったのか」

「ここは寝室じゃないわよ」



 言外に、寝言は寝て言えと言い返す。

 そんな私に向かって、「そうだな。お前が夢に出てくるなんて気色悪いしな」等と真面目腐った顔で頷きながら(のたま)うセルゲイ。


 ほぉん?

 言うようになったじゃないの。



 そのままつかつかと部屋の中に入ってきて、一角に目をとめて軽く引き攣ったような顔になった。

 何だろうと思って視線を追うと、着替えるにあたって武装解除された私の獲物達が机に山積みになっている様が目に入った。


 あー。成程?

 セルゲイはこういうの見なれてないのか。



「俺は何だか心配になってきた…」

「あー、やっぱり少ないわよね? 心配しないで、追加で何本か仕込んでおくから」

「はっ?!」



 そうだよね、心配よね?

 私もナイフ三本と鉄扇だけじゃ少ないと思ったのよ。



 暗器の山から追加分を引き抜いていると、何やら物々しい溜息がセルゲイとメリナ、カサーラから漏れて聞こえた。



「……おい。一応聞くが、それどうするつもりだ?」

「ん? ああ、任せといて。標準的な人間なら対処できるから」

「聞くのが間違いだった」



 器用に片眉を上げて、何やら諦めたというような顔をして聞き返したセルゲイに私がコクっと頷くと、小さく舌打ちが聞こえた。

 なんとまぁ柄の悪い子供である。



 呆れていると、つかつかと近付いて来たセルゲイがグイッと腕を差し出した。

 どうやらエスコートしようという事らしい。

 私はその腕を取り、セルゲイの傍にそっと寄り添った。



「女嫌いの割にはしっかりしてるじゃないの」

「フン。俺が周りの貴族共に付け入る隙を与えるとでも思ってるのか」

「いいえ?」



 肩を竦めて否定すると、セルゲイがギュッと重ねた手に力を込める。



「今日のお前は、ハンスベルク公爵家の縁の令嬢レリノレアだ。愛称はレリィ。間違ってレイと呼んでも誤魔化せる」

「分かったわ。私はレリノレア。貴方の婚約者のね」



 セルゲイがその通りだと頷く。



「よし。それじゃ、我が家に向かうぞ」

「ええ」



 部屋を出てエントランスに向かうと、既に準備が出来ていた三人がこちらを見て、ややあって驚いた顔をした。真っ先に養母様が微笑んで、「素敵よ」と言ってくれる。



「まぁ、レ……リノレア。見違えたわ。なんて美しいのかしら」

「ありがとうございます、養母様。養母様も、いつにも増してお綺麗です」

「あら、ふふふ。本当に娘が出来たようだわね」



 養母様と微笑み合っていると、養母様の隣で黙っていた養父様が「ふむ」と言って見つめてきた。心做しか、面白がっている雰囲気がする。



「馬子にも衣装か?」

「あなた?」

「レリィはいつも可愛らしい」

「ありがとうございます、お義兄様!」



 お義兄様はいつも紳士だ。

 誰かさんとは違って。


 表情は変わらないけれど、心から言ってくれているのが分かる。



 養父様と養母様、それにお義兄様の後に続いて馬車に乗り込む。

 先頭の公爵家の家紋が着いた馬車には公爵家の家族だけで乗り、その後ろの侯爵家の馬車に私達は座った。



 普通は婚約者の振りとはいえ、パーティーの主役が抜け出して相手の家に迎えに来ることは無い。大抵の場合は会場前で待ち合わせをしたり、会場内からエスコートをするものである。

 ただし今回はセルゲイの頼みであるし、普通の場合とは違って婚約者候補の令嬢よけの役目が目的の為、敢えてセルゲイは公爵家まで迎えに来たのだ。

 ”待ち切れずに婚約者の令嬢を迎えに行く程の仲である”

 その様にアピールしたいという訳。



「だけど、よく叔父様がお許しになったわよね。いくらセルゲイが嫌がるからと言って、仮想の婚約者まで仕立てるのを容認するなんて」



 馬車の中で、私は疑問に思ったことを聞いてみる。

 すると窓の外を眺めながら、セルゲイはぽつぽつと説明してくれた。



「お前が以前言ってただろう。俺と家族との中が拗れたのは、第三者が繰り返し仲違いさせる様なことを刷り込んだからだと」

「ええ。叔父様達の分かりやすい愛情表現を、顔面通りに受け取れない程貴方が疑心暗鬼になるには、何かしらの邪魔があるだろうと思ったのよね」



 セルゲイが向き直った。



「あれから俺が父上達の本当の息子であると自覚して、この髪の色を受け入れてからは、俺も父上達の愛情を素直に受け止めることができるようになった」

「素直?」

「その結果、色々と今まで見えていなかったものが見えるようになった訳だが」



 私の突っ込みは綺麗さっぱりスルーされた。

 いいわよ、別に。



「確かに、そういう存在がいると気が付いたんだ。そいつは、俺には父上達が俺に本当の子供ではないこと隠していると錯覚させ、父上達には俺がこの髪色を呪って家族を憎んでいると嘯いていた」

「胸糞悪いわね」

「ああ」

「使用人?」

「……俺の乳母だった人だ」

「はあっ?!」



 思わず声を荒らげ立ち上がりかけた私を、セルゲイは静かな目で見た。

 その瞳の中に一瞬の怒り、不安と疑心とが浮かんで消える。


 それを見て、私はそれ以上何も言えなくなった。




 貴族の子供と親の在り方は、前世の私では想像出来ない程希薄な関係だ。

 貴族令嬢も令息も、生まれて直ぐに乳母と呼ばれる存在に託され、産みの母から添い寝される事も、乳を貰うこともない。家族揃って食事の席に着くのでさえ、テーブルマナーをしっかり叩き込まれてからでないと、許されない。



 まぁ、これには色々な理由がある。

 まず、母親がいつまでも赤子に授乳をしていると、次の子を産むための身体の準備ができないとされる。それは生物学的な話だから、より多くの優秀な子供を作る事が義務の貴族にはある程度仕方のないことかもしれない。


 それに、多くの場合。

 貴族女性の義務は、子を産むだけではないので、面倒がみきれないという事もある。


 例えば、女性達の社交界では男社会にはない情報が集められる。その点、領地経営などとは違って夫が代わりになることは出来ない。

 貴族社会は情報戦だ。家の有利になるような情報を仕入れてこなければならない貴族女性達は、なにより社交に力を入れる。

 そういう時、いつまでも産後の状態を保って社交界を留守にしていると、いつの間にか情報戦に出遅れ、時に大きな痛手となる事もある。



 そんな時、子供の面倒を代わりに見る存在が乳母だ。

 貴族の子供達は物心が着く時まで、乳母を母親替わりに過ごす。良い事をしたり成長すれば褒めてくれ、悪い事をすれば叱ってくれる無条件の愛と信頼を寄せる存在。時に、本当の両親以上に絶対的信頼を寄せる存在になるうると聞く。


 逆に。

 裏を返せば、乳母が悪人であれば、大抵の子供は騙されてしまうことだろう。セルゲイの様に。



「叔父様はなんて?」

「予想つくんじゃないか?」

「まぁ、つくけれど」



 ああ、うん。

 無事じゃあないだろうね、その人。



「それで、その事が今回の私の女装と何か関係あるの?」

「俺の乳母だった人間は、ある家からの推薦状を持っていた。そこの家には俺と同学年の令嬢がいる」

「あー。理解理解」



 本当にきな臭くなって来たわね?







レイリアン、もといレリノレアは絶世の美少女であります笑

但し、ドレスやヒールの靴はお気に召さない模様( ̄▽ ̄;)


読んで下さり、ありがとうございました!

良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)

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