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017 ややこしい依頼

インフルエンザが流行ってるそうですね^^;

皆様、お身体には十分にお気をつけ下さいm(*_ _)m

 夏。

 公爵邸の庭にはギラギラの太陽が、眩しい陽光を降り注いでいる。

 私はというと───。



「おおおっ、隙ありっ!!」

「なんの!」

「ぐっ!」


 剣術の稽古の真っ最中である。

 木刀の剣先を交え、互いの顔に触れそうな程に近い距離で、一歩も引かずに睨み合う。

 僅かに力の均衡が崩れ、一撃の光明を見出したその隙を見逃さないよう、気合いと共に、一閃。


「っ、はあっ!」

「ッ!!」

「そこまで!!」


 吹っ飛ばした相手が地面に激突したのを視認した為慌てて駆け寄り、無事かどうか確認する。相手の戦意が完全に途切れたのを確認して、木刀を下ろす。


「先輩、大丈夫ですか?」


 ───あ、しまった。急いでいたから、目に汗が入っちゃった。この世界、お風呂用ヘアバングルがないから不便ね。



 額に浮かんだ汗が、駆け寄った振動で目に入った。

 目をぱちぱちしながら、若干視界のぼやけた状態で相手の顔を覗き込む。すると、脇腹を押さえて顔をしかめていた相手が慌てて首をぶんぶんと振った。


 顔が赤いような気がするけれど、何処かへぶつけたのだろうか。それとも熱中症かな。



「いやっ大丈夫だよ全然なんともないから!! そんな心配しなくて本当にっ!!!!!」

「それなら良かった。立てるでしょうか、手を」



 受け身を取り損ねると、子供の木刀でも肋骨が折れることもある。

 好意で稽古をしてくれる相手の肋骨をスイカ割りしましたなどという事件が起きた暁には、永久に武器を没収されてしまうところだった。


 危ない。



 安堵からくる微笑みを浮かべながら手を差し伸べる。すると、何故か相手の顔が更に真っ赤になった。



 おっと、まずい。

 これは十中八九、熱中症に間違いない。

 早々に私が考案し料理長が監修した、レモンとミント、食塩と蜂蜜入りの疑似スポーツドリンクを飲ませるべきだろう。


 そう、提案しようとした矢先。

 周りで見物していた他の練習相手が一斉に近寄ってきて、私の手を取ろうとした訓練相手をガバッと引き離した。その余りの勢いに、思わず顔が仰け反る。



「何すnモがっ!!!!!」

「はははは(お前っ!抜けがけしようったってそうはいくかっ!)レイリアン殿見事な1本でしたね。気になさらずに、お水でも飲まれてはいかがかな!」

「あの、手当を」

「いやぁはははは手当なんて!!!唾でもつけておけば治りますよ馬鹿は風邪をひかないと言いますでしょう!!(自分だけ美味しい思いをしようなどとけしからんっ)」

「その通りだ気にするな!」



 怪しいくらいにっこにこ笑いながら、何やら小声で囁き合っている。肩まで組んで仲の良いことだ。


 私はその間お言葉に甘えて、一度休憩を摂ることにした。

 自分も熱中症にならないよう、水分補給をしっかり行う。




 この人達は皆、北訓練所の若手の候補生の皆さんである。何故そんな人達とお知り合いかというと、師匠が関係していた。


 知り合ってから一ヶ月ほど経った頃、いきなりカミングアウトされて知ったのだが、なんと師匠は、北訓練所に所属する指南役だった。

 というか、現役騎士だった。

 正直、初めて聞いたときは頭の中が???となった。私は悪くないと思う。


 というのも、師匠は普段暇人……ゲフンゲフン、膨大な時間と魔力を持て余しているそうで、お兄様のすすめで訓練所を見学したところ、武の道を歩むことを決めたらしい。



 師匠が所属している騎士団は、他の騎士団に所属するには特殊な境遇であったりする者の受け入れを積極的にしているそうで、年齢実家の爵位を問わず、入団試験に受かる実力さえあれば入れるという場所なのだとか。

 王弟の第二公子であり、更に常時認識阻害がかかってしまう師匠であっても入れる特殊機関。


 その様に聞くと、ダイバーシティ(多様性)に富んでいる環境だなと思う。

 私の騎士団への憧れも増すというものだ。


 そんな訳で、師匠が北訓練所の候補生達を私に紹介してくれた。

 指南役の立場である師匠を独り占めにはできないため、代わりに交代交代で彼らが私の訓練相手をしに、こうして公爵邸まで訪れてくれる。



 これには、公爵様から私に割り当てられた私費───ありたいていに言うとお小遣い───から、しっかりお礼を払っている。


 北訓練所に所属する騎士候補生達は、大体が次ぐ爵位のない者だったり、家からの仕送りが僅かしかない下級貴族の出だ。訓練所に所属する者の生活は公費で賄われているとはいえ、彼らの生活に余裕は無い。

 だから、こうした収入源は結構喜ばれるのだそう。お互いウィンウィンの関係を築く事が出来ている。


 今では、指南に来る順番がちょっとした争奪戦になっていると聞く。こちらもお役に立てて嬉しい限りだ。



 ───メリナやカサーラには悪いけれど、軍資金の大半が化粧品か一度しか袖を通さないピラピラの服に消えるよりも、俄然有効な活用方法だと思うのよね。普段着ならお義兄様のお下がりで十分だし。



 ああ、因みに。

 彼らとの訓練では、オネエ言葉は封印している。

 訓練に真剣に向き合っていないと思われる可能性があるのと、彼らはいずれ私の上司になるであろう人達なので───少なくとも私はそのつもりなので───年下且つ後輩として正しい言葉遣いを心掛けている。



 なんせ、軍人は縦社会だ。身分関係なく上司と部下。それで全てが決まる。

 前世でも、先輩に向かって◯◯ッスなどと話す後輩は漫画やアニメオンリーの話だった。

 実際にそんな話し方をしている人がいたすれば、上司の覚えは最悪だろう。


 所構わず自分のアイデンティティを主張するのは宜しくない。時と場所と相手を選んで使ってこそ、オネエの良さが伝わるというものだ。



「レイリアン殿、また腕を上げたね」

「ありがとうございます、モイリー先輩。少しはマシになったと思いたいです」

「ましだなどと。レイリアン殿は同年代の貴族子息の中でも特に武に秀でていると思うよ」

「そうでしょうか」

「そこに関して、私達が嘘を言っても仕方がないだろう」



 伯爵家の三男であるモイリー先輩が、ニコニコと賛辞を述べてくれた。けれど、私は曖昧に微笑んで返すに留めておいた。

 なんせ、私に訓練をしに来てくれる彼らは、お義兄様よりも歳上なのだ。同年代相手の試合はしたことが無いから、自分の実力がいまいち把握しきれない。



 幸い、北訓練所の彼らは爵位に関係なく実力主義思考なので、年下だからとか公爵令息だからといった理由で手加減される事なく、いつも全力で叩きのめされる。

 まあその甲斐あってか、確かに剣術武術の腕は格段に上がったとは思う。


 モイリー先輩などは、初対面で剣術初心者に対するものとして些かオーバーキルだったのではと思う程ボッコボコにしてくれたし、私の勘ではなんなら多分嫌われていた気がする。

 三週間程泣き言を言わずに何度も訓練をお願いし、漸く一本取った頃には「公爵子息殿」呼びから「レイリアン様、レイリアン殿」という呼び方に変わった。

 恐らく、気を許してくれたのだろうと思う。


 勿論、私も同じくらい心置きなく全力投球しているから、練習終わりは皆汗みどろだ。



「レイリアン、そろそろ昼食……。まだやってたのか」

「え? ああ、セルゲイ。今行くわ」



 傍に控えていたジルベールからタオルを受け取り、汗を拭っていると、邸から姿を現したセルゲイ呼ばれた。


 陽光に眩しげに目を細める彼の肩口に、艶やかな紫の髪が輝いている。

 一年半という年月で、セルゲイの髪は随分と長くなった。視界に入らないほど短く切られていた昔の姿より、今の姿の方が、彼によく似合っていると思う。



 …。

 ん? ……ちょっと待った。


「ところで、セルゲイ。今更だけど、なんでここにいるの? 今日来るなんて聞いてなかったわよ?」

「………。気にするな」

「気にするなって、貴方ねぇ」


 ───そっぽ向いても駄目よ。


 私は手のかかる弟を見るようにセルゲイを見つめた。

 何やら明後日の方向を見つめているセルゲイ。


 何故かセルゲイは、あれから公爵邸に良く出没するようになった。あれから……というのは、初対面にて人生相談を受けた、あの日である。



 あの時は心底びびった。

 どーーーーみても親子に違いないのに真剣に出生について悩んでいる風だったので、はっきりいって馬鹿らしくて、髪気にする暇があるなら外見より中身を鍛えろや的なことを穏やかに言ってしまった訳で。

 涙の跡がべしょべしょのセルゲイが不機嫌そうな顔で「またな」と言って帰って行く姿を見送り、お義兄様の物言いたげな視線をビシバシ感じながら自室にこもって思った。



 やってしまった、と。



 目立たずひっそり生きるとかいう目標はどこ行った。目立たないどころか侯爵家相手に特大の喧嘩売ってしまってどうする。

 何ならその赤と青足せば紫だね理論からすれば、私が養母様の子供ではない事を豪語しているようなものじゃないか気は確かか、と。


 にもかかわらず、何やかんや侯爵もセルゲイも彼のお兄様方も、なんなら会ったこともない侯爵夫人でさえも笑って快く許してくれたばかりか、なんだか気に入られてしまった。



 非常に気まずい、、。

 まるで、粗相したのに褒められた犬の気持ちである。



 ───うん。私って、実は結構迂闊だったりするのね。気を付けないとだわ。



 世界レベルでも異世界レベルでも治安が良い事この上ない日本での暮らしが長すぎて、危機管理能力の著しい低下、若しくは欠如が発生している。

 由々しき事態だ。

 致命的な事が起きる前に気がつけて良かった。


 ま、一旦それは置いておくとして。


 踵を返して屋内に戻ろうとするセルゲイの首根っこ掴む……事は身長差の関係で出来ないので、襟首を掴んで引き止める。

 どちらかと言うとインドア派で最近まで引きこもり気味だったセルゲイの体幹では、耐えきれず急停止もとい逆戻りする羽目になる。


「ぐっ!」

「伯父様達にはちゃんと言ってから来たのよね? まさか、また無断で抜け出してきたんじゃ……」

「叔父上と叔母上に許可は取っている。兄上達はムトア殿の部屋だ」

「ちょっと!! やっぱり黙って来たんじゃないの!!」

「やかましいな。俺はお前の学友としてここにいるんだぞ。やましい事は何もしてない」

「やましい事してない人間は、口から”やましい”なんて言葉は出ないのよ」

「フン」


 ───フンって……。



 これである。

 この、思春期の拗らせた様な素直でない態度は如何なものだ。ツンデレではない。只管どこまでもツンケンしているのだこやつは。

 思わず深めのため息が出てしまう。



「アンフェルのツンツンツンデレが恋しいわぁ……」

「前から気になっていた。誰だ、そのアンフェルとか言う奴は。何処の家の者だ」

「ああ、アタシの親友(ともだち)よ。でも令息じゃないわ」

「何、平民か」

「そうよって違う、こんな事話してる場合じゃないわ。」

「おい、」



 自分用の木刀を片付け、傍で素振りをしていた訓練生の皆さんにお詫びをしに行く。

 さっきからの様子では、セルゲイはしばらく帰らないだろう。今日の訓練はここまでになりそうだ。


 私が近寄るのに気が付いたモイリー先輩が、振り返って僅かに首を傾げた。


「今日はここまで、だね?」

「申し訳ありません、先輩方」


 全くもって、申し訳ない。

 深く頭を下げると、先輩達の気配がふっと緩むのを感じる。

 ポンと頭を撫でられる感触がし、優しい声が降ってくる。


「気にしないで。今日もよく頑張ったね」

「ありがとうございました。次回もよろしくお願いします」



 手を振って帰っていく先輩方を見送り、最後の一人の姿が見えなくなったところで、くるりと振り返った。セルゲイがビクッと身構える。


 正しい判断だわね。

 無駄だけれども。

 逃げ遅れたセルゲイにサッと近寄ってホールドし、頭をグリグリと抉る。昔よく弟にやったな。


「ぐあっ!痛たた離せ!」

「セルゲイぃ貴方もぉぉちょっと、人の都合というものを考えられるようにならなきゃ駄目よ。男の自己中なんて全く可愛くないんだから、ね?」

「な、なん……」

「返事は?」

「ぐっ、わ、分かった」

「よろしい!」


 笑顔の圧が強いって?

 気のせいでしょう。


 セルゲイは私の有無を言わさない雰囲気を感じ取って、借りてきた猫のように大人しくなる。

 偉い子にはいい子いい子してあげよう。ホールドしていた手はそのままに、ぐりぐりをやめてワシャワシャっと撫で回した。


「髪が乱れるだろっ」

「嫌なら逃げればいいでしょ。もう捕まえてないんだから」

「…………。もう少しだけだからな」

「はいはい」


 文句は言ってるけど、本気で嫌がっている感じはない。なんだかんだご満悦なのか、力を抜いてされるがままになっていた。

 ふむ。


「それで、セルゲイ。今日はどうしたの? なにか用事があったんでしょう?」

「……まぁな。取り敢えず、昼食の後で話す」

「そ? 分かったわ」



 内容に関しては気になるけれど、言うとおりご飯を食べてからにしないとね。

 私達は仲良くダイニングルームに向かった。

 部屋には先に待っていたお義兄様達がいる。


「お待たせしましたわ、お義兄様」

「……レイリアン」

「あら?」


 部屋に入って真っ先に、お義兄様にじっと見つめられた。いつもの如く表情はさっぱり変わらないけれど、どことなく心配する様な気配を纏っている。


「嫌なら……無理しなくていい……」

「はい??」



 なんの事ですか、お義兄様。








 ◆◇◆◇◆◇


「だから、女装してくれ」

「ごめんね、なんか幻聴が聞こえたわ。もう一回言ってくれる?」



 ちょっと意味がわからない。私が、何だって??

 セルゲイの顔を穴が空くほど見つめるも、至って真面目な顔をしている。



「一回だけでいいんだ、頼む」

「当たり前よ。そう何度も何度も貴方の為に女装なんかしてられるか…ってそうじゃないでしょ。そもそも、なんで、そういう話になってる訳」

「来月、俺の誕生日なのは知ってるだろ」

「ええ」

「それで、父上が盛大なパーティーを開くそうなんだ。シュトラールの分家筋も沢山来るんだけど、厄介なのは婚約を結ぼうとしてくる奴らだ」


 私は首を傾げた。何故それが、私に対する女装の依頼になるのかさっぱり分からない。婚約なんて、貴族には当たり前だろうに。


「今までだって、そう言う話は幾らでもあったでしょ? 今更、厄介も何も無いでしょうに」

「なかったんだよ」

「ええ?」


 ムスッとしているセルゲイに代わって、セルゲイの御兄様達が言葉を継いだ。


「正確に言うと、無かったと言うよりお断りしていた、と言うのが正しいんだ。今までは、セルゲイの出生についてとやかく言われたりして、父上も母上もご立腹だったからね。セルゲイの精神衛生上も考慮してたんだ。レイリアンのお陰でそういう噂は消えたし、そろそろ婚約者を選び出しても良い頃かと思うんだけど」

「セルゲイは嫌がっててさ。せめて、今回の誕生日パーティーで、学友くらい増やすべきだろうって話になってさ。父上が、セルゲイと同年代の子供のいる家に招待状を送ったんだけど」

「何故か、婚約者を探してるって噂が広がってしまってね。全く違うとも言えないし、セルゲイはパーティーに出ないとか言い出すし」

「「「「力を貸してくれないかな、レイリアン」」」」

「……」



 げぇっと零さなかっただけ、褒めて欲しい。多分お義兄様には私の心境は伝わってると思うけれども。表情のコントロールはまだ完璧じゃないんだ、ごめんなさい。


 にしても……、



 ───勘弁してよ。ややこし過ぎる……。







読んで下さり、ありがとうございました!

良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)

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