011 短絡的な衝動について異議申し立て
ふーむ。
「ねぇサム。貴方から見て、お義兄様の剣術ってどのくらいのレベルかしら」
「ムトア様ですか? うーん、私もその手の専門ではないのでなんとも言い難いですが。公爵子息としては申し分ないかと」
私は首を振る。伝わらなかったらしい。
「ごめんなさい、言い方が悪かったわ。お義兄様の対戦相手、お義兄様より弱いかしら」
「え?」
「なんか、あからさまに手を抜いてない?」
「うーん、そうでしょうか? 兄君がお強いのでは」
「そう……」
私は視線を訓練所に戻す。
リード教官はお義兄様の剣術の型をいくつか簡単に確認すると直ぐに、打ち合っていた候補生達と一緒に実践を行うように指示した様だった。
お義兄様の対戦相手は、体格は同じくらいで身長はお義兄様より拳二個分大きい薄青色の髪の男の子だ。先程から打ち合っているけれど、ここぞと言う時に相手が負けるのだ。
なんて言えばいいのか、わざと負けてる?
私はもう一度深くお義兄様達の対戦を観察する。
お義兄様が右脇から振り上げるように木刀を伸ばし、相手が受ける。
今度は力を受け流して左腕を狙う。
また止められる。
一度離れて再度打ち合い、今度は相手がもう一歩踏み込んで切り込んだ。
お義兄様が防戦。脇が空いている。
しかし、相手は脇ではなく、お義兄様の頭を狙った。
寧ろ相手の脇ががら空き。
お義兄様が相手の胴に一本入れ、そこで終了。
これが剣術指南役とかならば、お義兄様に稽古をつけているのだと納得もしよう。
が、相手はお義兄様と同じくらいの歳の頃だ。
あからさまにお義兄様よりも劣っている訳ではなさそうなのに、負けた。
なんだろう。
なんか。
うーん。
「接待プレー?」
「なんですか?」
「ううん」
いや、私の思い過ごしかも知れない。
滅多な事を言っては、お義兄様にも相手にも迷惑だろう。私なんて剣術のけの字も習っていないぺーぺーなのだし。
首を傾げながらそう納得する。
「やっぱり、なんでもないわ」と言おうとして、気が付いた。後方から視線を感じる。
見ると、同じ観戦場所内にいる、私達の斜め後ろの方に座っていた男性と目が合った。
───気が付かなかった。いつから居たのかしら? それより、なんかすごい見られているわね。
その人は白いシャツを腕まくりし、トラウザーズにブーツというラフな格好をしていた。燃えるように赤い髪を無造作に後ろで束ね、帯剣している。
印象的なのは、その人もかなり筋肉を鍛えている所感がある事と、驚く程に美形である事だ。
───上腕三頭筋と前腕筋のなんと立派な事かしら。標本にして飾っておきたいくらい。……あ、駄目駄目。あまりジロジロ見ては怒られる。
私は内心慌てているのを悟らせないよう、ゆっくり視線を戻しお義兄様の観戦に戻った。
あの男性も、こんな所に候補生に満たない年齢の子供がいて訝しんだのだろう。うっかりジロジロ見てしまって申し訳のないことをした。
気を取り直して見ると、お義兄様の相手は金髪の子供になっていた。今度は普通の対戦のようだ。お義兄様も相手も一本ずつとっている。
先程までよりも緊張感があり、つい頑張れだのお義兄様素敵だの小さく叫んでしまう。
だから、先程までよりぶっ刺さる視線の強度が強くなった事や、周りで侍従達が「お待ち下さい」「何故貴方様がここに」等と慌てている声にもまるで気が付かなかった。
「あれ?」と思った時には隣にドカリと音を立てて男性が座っており、「おい、嬢ちゃん」と声が掛けられた。
見上げれば、赤い髪が視界に映る。
「お嬢ちゃん、こんな所で何してるんだ?」
字面だけだと恐喝かと思うけれど、声色は心底疑問というところ。単純に世間話をしたいのだろう。
私が相手でなくとも良い気はするけど。
「お義兄様の稽古の観戦ですわ。そういう貴方は?」
男性は目をぱちくりした。
そうしてみると、容姿より幼く見える。髭のない男性だけれど、三十代くらい?
「俺か? 俺は、弟の観戦。あそこに赤い髪のやつ、いるだろ」
そう言って、男性は訓練所を指さした。
その先には確かに、赤い髪の男の子が剣を奮っている。パッと見同年代よりも強そうな印象だ。
お義兄様よりも強いかもしれない。
「強そうね」
「そう見えるか? あれはな、力技と言うんだ」
「ああ、成程」
確かに。剣技が優れていると言うより、どちらかと言えば相手を力で押し切っているという表現の方がしっくり来た。
男性は若干呆れた様に弟さんを見ている。
「あいつは何でも力で押し切ろうとするからな。そりゃ、強いだろう」
「それだけでは駄目なの?」
「ああ。あんなやり方の奴と、まともに打ち合いたいと思う奴はいないだろうな。適当な所で手を抜かれる。それを、あいつは気が付いていない」
「……」
もしかして、私がさっき言ってた事を聞いてた?
「あいつらも、あんな風にストレスの溜まる相手で可哀想になあ。ま、接待なんかせずに、堂々とぶちのめしてやってくれて構わないんだが」
「身分の関係って事ね。だから、適当な所で負けた振りをする癖のついた候補生がいるのかしら。お義兄様にとっては有難迷惑だけれど」
「まあな。中には身分を笠に着て負けを強要する野郎もいるみたいだが、リードはそういうの嫌いだしな。遠慮する必要はないと思うんだが……。まあ、俺達が言ってどうにかなる問題じゃないな」
「弟の態度も若干影響あるんだよなー」と零す男性。
彼と話していて気が付いた。
お義兄様しかり、赤い髪の男の子しかり。手を抜かれた様に見えるのは、髪の色が薄い子供が相手の時である。
確か髪の色が薄く、地味であるほど下位貴族や平民に多い。反対に、高位貴族程しっかりした原色に近い髪色をもつと、ジルから習った。
つまり、身分が高い方をうっかり負かしてしまい難癖を付けられないように、手を抜いている下級貴族の令息達がいるのだ。
そんなんで、練習になるのか?
お義兄様の性格からすれば、そんなの嬉しくないと思う。
───ん? てことは、この男の人と弟さんも、そこそこ高位貴族って事? 私、こんな話し方だけど大丈夫かしら。でもこの男、最初から気安い感じだったわね。私が小さいから?
感じた違和感に首を傾げていると、赤髪の男がグイッと身を乗り出してきた。
「それはそうと、お前さんの兄貴ってのはどいつだ?」
「え? ああ、緑の髪で、金髪の子と対戦してますわ。こちらはとんとん……でしょうか」
「ん? ああ、あいつか。へぇ、確かに。実力的にはいい勝負だな。互いに丁度良い力量の練習相手だろう。剣技も、ある程度身に付いてる身のこなしだな」
「そう思われます?」
「ああ。まだまだ成長の余地があるけどな」
男がお義兄様を褒めるので、私は嬉しくなって微笑みを浮かべた。
話が弾んだ私たちは、その後も太陽が真上をすぎる頃まで話し込んだ。お義兄様や向こうの弟さんの観戦をしながら、毎日のトレーニングや剣技について話す。
「そういえば、ジルベールに暴漢に襲われた時の対処法を習ってますわ。沢山あって大変ですけれど、覚えておいて損はないと」
「へえ、関心だな。護衛がいるって安心する連中の方が多いのに」
「私誘拐されたことがございますから。自分の身は自分でしか守れないと思いました」
「偉いな」
彼と話すのはとても楽しくて、つい時間が経つのを忘れていた。サムからそろそろ昼食にしませんかと促された事で初めて、お昼の時間だと気がつくくらいだ。
訓練所を見ると、丁度練習も一段落したようで、お義兄様が観戦席まで登ってくるのが見えた。
持ってきたバスケットを広げると、横から興味深そうに覗き込む赤髪の男が「それはなんだ?」と聞いてくる。
「サンドイッチですわ。料理長と一緒に、お義兄様の為に作りましたの。沢山ありますから、ご一緒なさる?」
「お、良いのか? それにしても、お嬢ちゃんと話してると、同年代のご令嬢を相手にしてる気分になるな。歳は幾つだ?」
「レディーに歳を聞くのはご法度ですわよ。……。ん? ちょっと待って下さいな、同年代? 私そんなに老けて見えます? まず、身長が足らないと思いますけど」
性別を勘違いされるのは兎も角。そんなに老けて見えるのかこの喋り方?! 年齢不詳改め、老け顔?!?!
いやいやいやそんな馬鹿な。
いやでも、オネエって実年齢よりもは老けて見えると言うし。
えーーー。
私が憤慨していると、男性は呆れ返った顔になった。
「あ? 嬢ちゃんこそ俺を何歳だと思ってんだ?」
「三十六歳ですか?」
「はぁっ?!?!?!」
違うらしい。
じゃあもっと上?
「十九だよ、十九!!!」
「サバ読みすぎですわよ、流石に嘘くさいですわ。五十二と言われた方がまだ納得できます」
寝言は寝て言えと言わなかった自分を褒めてあげたい。どこの十代にそんなムキムキの上腕三頭筋が居るというのだ。
そうまでして年齢詐称……もとい若作りをしたいのか。呆れた人物である。
半目になって見ると、男は心外だと言うように喚いた。
「増えてやがるしっ?!?!?! サバなんか読んでねぇ正真正銘俺は十九だっ!!!!」
「信じられませんわ」
「おまっ……お前流石にそりゃねぇだろよ。お前こそ実際何歳なんだよ。まさか、本当は齢百歳の魔女なんじゃねぇだろうな……」
疑う様な目を向けてくる男に、私は心底呆れ返った。
なんだ、齢百の魔女って。
幾ら魔法のある世界だからって、物語の読みすぎじゃないのか。実はロマンティストなのか。そんな形して。
「何言ってるんです? 私はまだ五歳ですわよ」
「五歳っっっ?!?!?! ご?!?! 五十歳の間違いなんじゃねぇのか?!?!」
「シバいてやりましょうかこの男。誰が五十歳ですかっ?! 五歳だって言ってるでしょう?!」
お義兄様の侍従とサムがオロオロしている気配が伝わってくる。
しかし、しょうがない。
年齢詐称を見破られたくらいで逆上するような、精神年齢の低いこの男が悪い。それにしたって失礼な奴だ。
なんでこう、私の周りの大人には無礼無遠慮な高位貴族の男しかいないのか。
ちょっと久々に、神様にクレームでも入れたい気分だ。
「嘘つけぇっ、どこの世にそんな大人みたいに物を考えて喋る五歳が居るってんだ?!?!」
「ここにいますわよ!!! それに、勘違いしているようですけれど私は女ではなくオネエですっ!!! オ・ネ・エっ!!!」
「はぁっ?!?! 意味わからねぇっ!!つまり、男じゃねぇって事かっ?!?! じゃあなんでそんな変な喋り方なんだ!!!」
「貴方には関係ないでしょうっ?!?! この老け顔っ!!!」
「なっ!?!? そう言うお前だって老けてるだろっっ!!!!」
「なぁぁああああんですってぇぇええええっ!!!!」
やいのやいのの言い合いからギャーギャーとした罵倒が飛び交う罵り合いに発展。
もはや誰にも止められない。
騒ぎを聞き付けたお義兄様が走ってくるのが、視界の端に映った。
興奮した頭の中でも冷静に、早く喧嘩を止めなければ、お義兄様に迷惑がかかってしまうと叫ぶ。
けれど……。
「このっ、男女っ!!!!!」
「っっ~~~~~~~~~~!!!!!!」
ブチッと。
何かが切れる音がした。
「貴方なんて、大っ嫌いっ!!!!!!!!!」
身体が子供だと、思考回路も幼くなるらしい。
後から考えてもびっくりする程陳腐な罵倒を叩きつけて、私はその場から消えた。
うん。短絡的だったよね。
◇ ◇ ◇
がやがやと人の行き交う市場を、金緑色の美しい子供が一人で歩いていたと、店の大人達が噂をする。どうやら迷子らしく、悪い大人に目をつけられないと良い等と世間話をする。
しかし、話の途中で客が来た為に、その話は中断された。流行りの品物の話となり、見目の良い迷子の話は直ぐに記憶の彼方に消え去った。
そんな会話を、通りをとぼとぼと歩きながら耳にする。
どこからか見つけてきた布切れで顔と髪を隠し、パッと見貴族子息にみえないように心掛けはしたが。
そのうち見えてきた広場の噴水に腰掛け、私は絶賛反省をしていた。
───何やってんの、私。本気で本当に何しちゃってんの。迷子だよ、え? ありえない。思考回路がショートしてたの?
訓練所を飛び出し、赤髪の男の顔を見たくないという理由からそのまま短絡的に動き回った。次第に冷静を通り越して自分の愚かさに絶望した頃、帰ろうと来た道を振り返った結果、迷子と判明した。
遅すぎる。
前世を振り返っても、ここまで短絡的な行動をしたことがあっただろうか。
いや、ない。
あったとしても、学生時代に通販で数量限定の文句に惑わされて、使いもしない美顔器を購入してお小遣いをパーにしたのが最初で最後である。
大体、男女と言われるくらいで理性の糸がぷっちんするとはどういう了見だ。
正論ではないか。
この世界にはオネエも薔薇も百合も一般に浸透していないのだから、悪魔付きと呼ばれても致し方ない程なのに。男の体で女性的な言動をするのがオネエと定義するならば、確かに男女と呼ばれてしまっても文句は言えない。
流石に五十歳は言い過ぎだと思うけれど。
それも、元はと言えばあの男の年齢を勘違いして老け顔扱いした私に全面的に非がある。
あれが本当に十九歳の筋肉かは別として。
「それに、なんと言っても、私が五歳らしからぬ言動を……いや、言葉遣いをしていた事は、確かよね。もっと馬鹿っぽい話し方をしなきゃだったわ……」
失念していた。
話しかけられてついうっかりでは済まされまい。老け顔の押収が始まるまでは、普通に違和感なく会話出来てしまっていたから、自分が一般的に心掛けねばならない話し方を忘れていたとは。
「取り敢えず、帰ったら謝って、お義兄様にも謝って、サム達にも謝って……」
謝って済むか全然分からないけど、まず最初に全員に謝って。
話はそれから。
「待って……帰れるかしら。迷子すぎて、そもそも謝る為に合流という、最初の段階で躓いているわ!」
本気で本気にどうしたらいいだろう。
取り敢えず、道を聞くべきか。
そうだ、焦るな。私は子供じゃないのだから、迷子の時にどうすれば良いのか考えるんだ。
「まずは、南訓練所はどこにあるのか。それを聞かないとよね。誰に聞けばいいかしら……」
「よぅ、坊主」
「訓練所とか、普通の人に聞いても分かるもの? 近ければ分かるわね。よし」
「おいっ、坊主!」
「お店の……女将さんとか? 仕事中にすみませんってまず言って、それから……」
「おいっつってんだろ! てめぇだ!!」
「きゃっ?!」
怒鳴り声と共に巻いていた布を乱暴に剥ぎ取られ、私はバランスを崩して地面に倒れた。
見上げると、どこかで見たようなチンピラ三人がニヤニヤしながら見下ろしている。
「なんだ、坊主じゃねぇのか。運がいいぜ」
「へぇえええ! 随分綺麗な顔の嬢ちゃんだぜ!」
「こりゃいいな!」
「……うわ」
どうして次から次へと問題が降りかかるんだ。
いや! 自分が悪いのは承知してるけれども!!!
「なぁ、お嬢ちゃんよ。おじさん達と一緒に、いい所に行かねぇか?」
「はは、お前そりゃ、分かりやすすぎるだろよ!」
「良いんじゃねぇか。どうせやるこた変わらねぇんだし」
勘弁してくれ。
おい。一体全体あんたらの目に私は何歳に写っているんだ。私は五歳だと言ってるでしょうが。ロリコンか、ロリコンなのか。
というか、その短絡的な思考回路さっきの自分と重なってイライラするわ。
私は手を掴まれたままゆっくり立ち上がり、言い放つ。
「短絡的なその衝動に異議申し立てします。まずその一、手ぇ離せ」
「あ? いででででっ!!!」
私は掴まれている手を捻り、勢いを付けて逆向きにでんぐり返しをする。すると、不意をつかれた男はたたらを踏み、私がでんぐり返しをした事によって手を捻った。
慌てて手を離したものの、少し痛かったようだ。
私は素早く立ち上がって距離をとる。
突然の事に目を白黒させていた男達が、徐々に事の次第を理解しだし、その顔が憤怒に染る。
出し抜かれた事がそんなに悔しいか。
───アンフェル、ありがとう。あなたに教えてもらった体術、役に立ったわ。
ツンデレだった大切な家族を思い出し、私は拳を握った。男3人への警戒はまだ解かない。
「短絡的な衝動への異議申し立て、その二」
「何だてめぇ! 可愛い顔してるからって調子に乗ると……」
「ロリコンは死ね」
「ぎゃっ!!!」
頭に血が登った勢いで突進してきた男を横に飛んでかわし、再度跳躍して蹴りを見舞う。勢いを殺せない男は簡単に噴水へと吹っ飛んだ。
ザバーンと音を立てて水飛沫が舞う。男が噴水に、頭から突っ込む形になり、突き出された男の股間めがけてもう一発蹴りを見舞った。
これはジルベールの受け売り。
一人目ダウン。
さっきまでそよ風だった辺りには、強い風が巻き起こっている。まるで、私の闘いを鼓舞するかのようだ。
「ちっ! 油断しやがって!俺は容赦しねぇぞっ!!」
読んで下さり、ありがとうございました!
良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)




