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010 足りない筋肉

 公爵を義父様と呼ぶの呼ばないのという話し合いもそこそこに、お義兄様が合流して朝食となった。


 食器を並べるカサーラと配膳してくれるサムにお礼を言って、サラダを頬張る。

 美味しい。

 なんの葉っぱか分からないけれど。



 ふと思ったことだが、異世界転生というと食革命が主流なのだろうか。

 やろうと思っても、私には出来ない事であるが。



 というか面倒くさいと思ってしまう。

 マヨネーズ革命とかお菓子革命とか。

 そんな事わざわざ私がせずとも、ありがたいことにこの世界の食基準は中々に豊かである。


 神様主導で行われるこの世界と地球間での魂の交換が、こんな所で良い影響を及ぼしている。

 似た様な物が、探せば見つかるのだ。

 マヨネーズしかり、ふっくら酵母パンしかり。



 スープも一口。

 野菜をコトコト煮込んで作られたそれは、さながらコンソメスープのように透き通っている。

 野菜と燻製肉に塩コショウのシンプルな味付けで、何杯もおかわりしたい程美味しいスープになるのだから不思議である。



「父上、相談があるのですが……」



 珍しく、お義兄様が食事中に声を発した。

 スプーンを口に運びながら、視線だけそちらに向ける。

 公爵……養父様も食事の手を止めてムトアお義兄様を見ていた。



「何だ?」

「剣術の稽古の事です」



 思わずゴックンと音を立ててしまい、内心慌てながら表情を取り繕う。

 幸いな事に、二人はこちらに気を取られはしなかった。


 それより、何だって? 剣術?

 凄くタイムリーな話題だ。


 心持ち耳をダンボにして、会話に耳をそばだてる。



「明日の稽古の時間、王立騎士団候補生の訓練場へ行く許可を頂きたいのです。真剣試合の見取り稽古を行うと、先生が仰ったので」

「ああ、見取り稽古か。懐かしいな。分かった、許可する」

「ありがとうございます、父上」



 許可を貰うだけ貰うと、さっさと朝食を切りあげたお義兄様は部屋に戻ってしまった。

 私はというと───。



「若様、如何なさいましたか? お食事の手が止まっていらっしゃる様ですが」

「レイリアン様、何か苦手な食べ物がございましたか」

「……え? いいえ、大丈夫よ。ありがとう」



 フリーズしてしまっていた。

 頭の中ではグルグルとお義兄様の言葉が反芻している。



 ───騎士団候補生の訓練所!! 騎士団っ!!! そうか、その手がっ!!!



 視界が一気にクリアになった気がする。

 そうだ。騎士団である。

 貴族子息としてそこそこの価値を有し、尚且つ、跡取りであるムトアお義兄様の邪魔には絶対にならないポジション。

 そして何より、自衛の術を学べる合理的な立場。



 騎士だ。騎士になれば良いのである。

 お義兄様は神様ではないか?



()()()()っ!!」

「……?」



 無表情の中に、どこかキョトンとした印象の養父様が、スープを飲む手を止めてこちらを見た。養母様も些か驚いた顔でこちらを見ている。


 初対面の時以来大人しかった私が、いきなり食器をひっくり返す勢いで立ち上がったのだ。無理もない。

 そんな事より聞いて。


 私は養父様の目をしっかりと見つめ、口にした。



「私も、剣を習いたく存じますわ!!!」






 ◇ ◇ ◇




 ガタガタガタ。



「今日はご一緒させて頂きありがとうございますっ!!」

「……」

「天気も晴れ! 風が気持ちいいですわね!!」

「……」



 というわけで、馬車に揺られてます。

 お義兄様と向かい合わせで座っている為、必然的に会話が生まれる。

 と言っても、ほぼほぼ一方的に私が喋っているだけだが。


 私は膝の上に乗せたバスケットをお義兄様に見えるように持ち直した。中には私と料理長が共同作業で作った、今日のお昼が入っている。



「お義兄様は騎士候補生達の訓練にご一緒すると聞いて、沢山作ってきましたの! サンドイッチですわ!! お口に合うとよろしいのですけれど。お義兄様は苦手な物など御座いまして??」

「………………。ない……」

「まぁ、素敵ですわっ!! 私はキャロッテがあまり好みではありませんの。お義兄様は大人ですわねっ!!」



 キャロッテとは、前世で言う人参である。

 お味噌汁に入れて食べる事で、あの独特の苦い甘味を打ち消していたのに、今世ではそれが出来ない。

 料理長にレシピ交渉して作ってもらった低カロリーマヨネーズがなければ食べられない。


 というか、公爵家へ来てから初めてじゃない?

 お義兄様と会話したの。



「…………疲れないか、そんなにはしゃいでいると」

「全く問題ございませんわ!! 心配して下さってありがとうございますっ!!」

「…………そうか…」



 お義兄様はお優しい。

 雰囲気や表情筋が鋼のようなところは公爵……養父様そっくりなので、初めは気が付かなかったけれど。こうしてじーっと見つめていて分かった。

 お義兄様は寧ろ、義母様似である。



 お義兄様には申し訳ないが、自分でもちょっとオーバーなくらいはしゃいでしまっている自覚がある。加えて言えば、全く興奮が鳴り止まない。


 だって、騎士候補生の訓練場に付いていく許可が降りたのだ。

 筋肉だ筋肉。

 本物の筋肉!!!



 ───忙しくてすっかり忘れてたけど、訓練所って事は筋肉の騎士様が沢山いるって事よ? つまり! フリーの! 筋肉が! 眺めたい放題っ!!!



 駄目だ、考えただけで涎が……。



 私の好みの男性像とは、即ち筋肉ムキムキのイケメンである。それも、ただのハリボテでは駄目だ。本物の、実用的な筋肉が好ましい。

 ガッシリとした肩幅と体躯。

 張りのある筋肉。

 日焼けした肌に、白く光る並びの良い歯。

 細かい事は気にしない、朗らかで気風の良い男らしさ。

 でも脳筋すぎないレベルで。


 ただし、前世においてはこの限りではない。

 だって、平和を謳歌する時代に産まれた私の周りには、実用的な筋肉を持つ気風の良い男児がいなかったのだ。

 それに、韓国風アイドルがモテる時代だった。

 皆、私からすればヒョロヒョロのもやし。仮に鍛えていたとしても、実戦や実用的ではない飾り用の筋肉が氾濫していた。



 言い方は悪いが、この世界において筋肉は()()()だ。

 ミサイルもなければ飛行機も戦車もない。化学の武器が一切発達しない代わりに、魔法が発達した世界。

 国を守る騎士達には、(すべか)らく筋肉が備わっていなければならない。



 それって最早、天国なのでは。

 これから目にするであろう筋肉に思いを馳せる。



 ───待っててね筋肉!!!



 夢見心地の私は気が付かなかった。うっとりと目を閉じる私を、お義兄様が静かに見詰めていた事を。

 お義兄様が私を見つめるその視線の意味を。



 ◇ ◇ ◇



「肩を上げろっ! 腕を曲げるなっ!!」

「はい!」

「よく狙え! 剣先が鈍っている!!」

「はい!」

「余所見をするな! 死にたいのかっ!!!」

「「申し訳ありません!!!」」



 眼下に広がる光景。

 私は口を両手で抑えながら、それを眺めていた。

 フルフルと小刻みに震える私を心配してか、お義兄様が「レイリアン?」と呼ぶ声が頭の遠くの方で聴こえる。



 ちょっと。

 ちょっとちょっとちょっとっ!!!!!!


 それどころでは有りません、お義兄様!!!



「ああああ……っ!!!!」

「レイリアン?! どうしたっ?!」




 膝から崩れ落ちるようにして座り込んだ私を、お義兄様が慌てた様に支える。

 ごめんなさいお義兄様。心配をかけてしまいました。



 でも、無理です。

 泣きそう。



「筋肉はどこにっ!?!?!?」



 そう。ないのです。

 探し求めた筋肉が、、何処にも。



 前世で言うところの大きい体育館のような広さの訓練場には、()()()()()()が所狭しと並び、ペアになって木刀を振り回している。



 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。



 ───ああっ!! 私ったらなぜ気が付かなかったのっ?!?! お義兄様はまだ()()じゃないっ!!! 子供の訓練を行う場所に、大人の騎士がいる訓練所を選ぶわけがなかったわっ!!!



 一概にもそう言えない事であるが、その時の私はそういう風に考えた。

 そして、物凄い落ち込んだ。

 何事にも動じなさそうなお義兄様が、傍から見ても驚くほど狼狽えるくらいには、落ち込んだ。



「気を確かに、レイリアン。やはりまだ、お前には刺激が強すぎたのか……」

「いいえ……。いいえ、お義兄様。寧ろ、足りません……」



 足りない。

 筋肉が足らない。ムキムキが足りない。身長が足りない。気風の良い掛け声が足りない。

 何もかもが、足りないのです。

 ちくしょう。



 よよよと泣き崩れる私を隣にいるお義兄様が慰める。

 そんなカオスな場所に、近付いて来る猛者が約一名いた。



「こちらにいらしたか! 貴方がドルクの紹介で来た、公子様ですな!!! ようこそ、王立騎士団候補生の訓練場へ!!! ……おや、如何なされた!!」



 やたらと元気の良い声が頭の上から降り注ぎ、あまりの声量にビックリして涙が引っ込んだ。



「?」



 顔を上げると、大人の背丈の男性が一人、太陽を背に立っていた。逆光で見えずらいのだが、何やら驚いた様な顔をしている気がする。



「……天使?」

「え?」



 物凄く小さな声で呟かれた為、聞き取れずに聞き返してしまう。

 すると、男性は慌てた様に一歩後ずさり、跪く形で地に片膝をついた。



「はっ!? 小さなレディー、如何されたのですか? その様に泣き腫らした目をなさって?!」

「え。あの……貴方は?」

「申し遅れました!! 私めはこの南訓練所の教官を務める、リード・ウェイカーと申します!! 以後お見知りおきを!」



 跪いた事により、男性の顔が見える様になる。

 ヘーゼルナッツ色の髪をざんばらに短く刈り込み、茶色の瞳は愚直なまでに誠実そうだ。教官として鍛えているからか、朗々とした声はとても聞き取りやすい。

 しかし、それより何より印象的なのは……。



 ───なんっっって素敵な大胸筋かしらっ。隊服がピッチリと張り付いて、引き締まった筋肉を余計に目立たせている……。あああ、素敵っ。



「リード教官。この様な格好で申し訳ありません。ハンスベルク公爵家が嫡男、ムトアと申します。本日は、私と弟をお招き頂き、ありがとうございました」



 惚けている私の横で、お義兄様が礼儀正しく挨拶をした。

 私も慌てて挨拶をする。お義兄様の恥にだけはならないようにしなくては!!!



「ハンスベルク公爵家のレイリアンですわ。本日はよろしくお願い致します」



 習ったとおりにお辞儀をすると、リード教官は驚いたように目を見張った。



「なんと、ご子息であらせられたか! 大変申し訳ない!!」

「いいえ、お気になさらず。先程は私の方こそ失礼いたしました。目にゴミが入ってしまって、擦ってしまっただけですのよ」

「おお、それは大変です! 直ぐに流水でお洗になりませんと!!」



 うーん。

 お気持ちは嬉しいけれど、今日はお義兄様が訓練に来ている訳だし。そちらを優先して貰わないとよね?



 私は首を横に振って、リード教官を見つめる。



「それには及びません。私よりも、お義兄様の訓練をどうぞよろしくお願いします。お義兄様っ!!! 頑張ってくださいましね!!!」



 お義兄様の手を握りしめて笑顔で言うと、お義兄様はややあって頷いてくれた。

 まだ何か言いたげなリード教官とお義兄様を笑顔で見送りながら、お義兄様を観戦できる席を探す。


 お義兄様の侍従とサムに手伝ってもらいながら、持ってきたバスケットやパラソルの設置を行い、いつでもお義兄様が休憩できるスペースを作ると、漸く人心地がついた。



「若様、さっきはどうなさったんですか?」



 サムがさり気なく耳打ちをして来た。

 さっきって? ああ。



「だって、もっと筋に……いえ、大人の騎士の方々の訓練を見られると思っていたの。だから、少しガッカリしてしまって」

「成程、そういう事でしたか。この南訓練所では騎士団入団前の者や、貴族院入学前の貴族子息が集まって練習をしているようですね。そういう意味では、物足りませんでしたか」

「ええ……」



 神妙な顔をして頷くけれど、また聞きなれない単語が出てきた。

 貴族院?


 サムは怪訝そうな顔をしている私に気付いて、分かりやすく説明してくれた。



「貴族院とは、十四歳から十八歳までの貴族子息・令嬢達が魔法の制御や国の歴史等を学ぶ教育機関の事ですね。将来国の中枢を担う若手を集め、人脈造りや、才能の開花を促す場所として運営されていますよ」

「ふーん。それって、全員が行かなくてはならないの?」

「爵位を継ぐ立場ならば、人脈作りの意味では推奨されていますね。下位貴族ならば一律した教育を受け、国営に携わる機会を得るという意味ではやはり有効であるといえます」

「成程ねぇ」



 納得した。だから眼下の訓練場には、十歳から十三歳くらいまでの年頃の子供しかいないのだ。

 しかし。



 ───人脈造り? 国営に携わる? どっちもごめんだわ。またオーバーワークな日々に逆戻りだなんて。



 前世の自分を思い返してみる。

 十二年間女子校通い。そこそこ有名大学を出て、そこそこ有名な大手企業に就職し、出世頭としての名を馳せた二十代。

 でも、せっかく貯めた財産を使って贅沢する間も、旅行に行く暇もないまま死んだ。


 そりゃ、努力して認められるのは嬉しかったし、仕事にやり甲斐も持っていたけれど。



 ───なんか、生まれ変わってそういうの、どうでも良くなっちゃった。



 周りから認められる事を、期待に応える事ばかりを優先し、自分を疎かにした結果があれでは目も当てられない。恋の一つも出来なかったし。


 惚れた張ったばかりが人生ではない。

 でも、一抹の虚しさを覚えるのには十分である。



 今世は、今まで挑戦しなかった事や出来なかった事をやってみたい。



「ねぇサム。騎士って、貴族院へ行かなくてもなれるもの?」



 私の質問に何の疑問もなく、サムは「はい、左様ですよ」と答えた。



「その場合は北訓練所に通いますね。主に辺境伯家の人間や武家の貴族子息、平民からの候補生に門戸を開くそうです。ただ貴族子息の場合は魔力制御を学ばねばなりませんから、どこかのタイミングでは貴族院に行かねばならないと思います。それ専用のスキップ制度というものもあるようですね」

「うふふ。良い事を聞いたわっ!」

「若様?」



 ほぼほぼ、私の中での展望は決まった。

 私が直近で目指すは騎士候補生。それも、北訓練所のだ。訓練所に入団できる歳──この場合は十歳?──までに、ある程度体力作りと基礎訓練を行う。その為の剣術指南役も一人紹介してもらわねば。


 さて。

 目標が定まったところで、お義兄様の応援に戻ろう。



「何か、変なことを考えてませんか?」



 隣でサムがなんかボヤいているが、気にしまい。

 私はお義兄様を応援するのに忙しいのだ。







読んで下さり、ありがとうございました!

良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)

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