請負人支部
翌朝早くに池を訪れたリーは、ウェルトナックから割板代わりの半切れの紙を渡され、本部には『百番』だと報告するよう言われた。
報酬についてだけは普通に書かれているが、あとは線が連なったようなウネウネとした文字らしきもので埋められ、割印の代わりに半欠けの何かも書かれていた。もちろんリーには全く読めなかった。
寂しそうに擦り寄るアディーリアには、また来るからと約束する。頑張るからねと告げるアディーリアの前向きな気持ちが嬉しかった。
そうして。双子のエルフとの別れを惜しむ村人たちに、少々腑に落ちないながらも礼を言って、リーはふたりを連れて村を出た。
「……待って、お腹いっぱいで歩けない…」
「お前は少しは懲りろ!」
ヨロヨロと歩くエリアを怒鳴りつけながら畑の間を抜け、森へと入る。この森を抜ければ六番街道に出て、暫く先、黄の街道との交差部にある宿場町の支部が目的地だ。
街道は東西、南北に七本ずつ、格子状に交差している。南北の街道は東から白黄橙赤紫青黒、東西の街道は北から一番、二番と呼ばれている。各交差部には宿場町があり、たとえば黄の六番というように、二本の街道名で呼ばれていた。
メルシナ村から一番近い、黄の六番の宿場町に着いたのは夕方になってから。疲れたと言っては休むふたりに付き合わされ、思ったよりも遅くなってしまった。
とりあえず宿を取り、ふたりには部屋を出るなと言い含めて放り込む。今日のうちに話は通しておこうと思い、リーは請負人支部に向かった。
町の中央、街道が交差する部分は広場になっており、その一角に請負人支部はあった。
どこの支部もさほど広くはなく、正面のカウンターの上にそれぞれの級ごとの依頼の概要が書かれた紙束がある。
基本はその宿場町近辺からの依頼だが、受け手がなかなか現れない時などは、近隣の支部にも概要のみが回ってくるのだ。
リーは首から下げている所属証と、メルシナ村で村長と交換した割札をカウンターに出した。
「回収頼むよ」
「ああ」
カウンター内の男がそれを受け取り、代わりに紙を渡して奥へと入る。
待つ間に報告書を書く。後日依頼主が割板と依頼の達成具合などの報告を持ち込み、両方を照らし合わせた上での依頼完了となるのだ。
請負人への報酬が後払いなのは、この照らし合せに時間がかかるからであり、代わりに無利子の借金制度や装備の支給などの補助がある。
待つこと暫く、ほら、と所属証を返された。
「早かったな?」
自分にこの依頼を振ったことを覚えていたらしい男に報告書を渡しながら、リーは苦笑を返す。
「解決したの俺じゃないからな」
「は?」
「ちょっとおかしなことになってるみたいで」
護り龍のことには触れずに、魔物とは思えないモノがいたことだけ説明する。
次いで双子のエルフのことを話し、念の為調書を取るよう頼んだ。
明日の朝連れてくる約束をして宿に戻ると、ふたりは部屋におらず。慌てて宿を飛び出しかけたリーは、まさかと思いながら踵を返して食堂へと向かう。
「あ、リー」
食事の並んだテーブルの前にする案の定の姿を見かけ、溜息をつく。
「…お前ら、金持ってねぇだろうが」
「情報料もらえるって…」
「まだ、持ってねぇだろうが」
「そうだけど。お腹すいたから」
「朝から動けねぇくらい食べてたよな?」
「あれは朝ごはんだもん」
更に口を開きかけたリーだったが、結局はやめた。
ふたりとは、明日支部に連れていき調書を取るまで。それまでだからと五回己に言い聞かせ。
リーはめっきり増えた溜息をつき、自分も食事をすることにした。
翌朝朝食のあとにエリアとティナを支部へと送り届けたリー。
ふたりが話し、情報料が出れば終わり。もうわけのわからないエルフ理論にツッコむことも、理不尽にわめかれ迷惑することもなくなるのだ。
ようやく解放されると、そう、思っていたのに。
とぼとぼと街道を歩きながら、リーは止まらぬ溜息を落とす。
「……なんで…」
解放されていた、はずなのに。
「まだ言ってるの?」
呆れたように呟く声に、リーは足を止めて振り返った。
「何っ度でも言ってやる!! なんで俺が、お前らを連れてかなきゃなんねぇんだよ!」
未だにエリアとティナは、リーのうしろをついてきていた。
ふたりに話を聞いた支部の男は、本部が話を聞きたがるかもしれないからと、リーに引き続きふたりを保護するよう告げた。
もちろん全力で拒否したリーであったが、村から追い出され放浪中のふたりと確実に連絡を取るためだとゴリ押された。
宿に放り込んでおけと言っても、かわいそうだろうと返される。挙句の果てに、ついでに探し物も手伝ってやれとまで言われた。
要するに、男も絆されたということだろう。
道中の経費が出ることだけはありがたいが、今日で終わると思っていた分落胆が大きい。
「とりあえず。お前らも探すアテがないんだから、当分は俺の行き先に付き合ってもらうからな」
「え〜」
「文句言いたいのは俺の方なんだよ!!」
ったく、とぼやいてから。
「そういや、お前らの探し物って何なんだ?」
何を探しているのか聞いていなかったと思いそう尋ねると、エリアとティナは首を傾げて顔を見合わせる。
「あれって何?」
さあ、とばかりに今度は反対に首を傾けるティナ。
「なんかねぇ、うわ〜ってなってひゅ〜ってやつ」
「言葉の勉強からやり直してこいっ」
聞くんじゃなかった。
本気でそう思いながら、リーはふたりに背を向けて歩き出した。
そこから黄の街道を二日かけて北上し、夕方頃に黄の五番の宿場町に到着した。
前回同様宿にふたりを放り込んで、リーは支部に向かう。
エリアとティナについての連絡はもちろんまだであったが、別の通達は来ていた。
「シングラリア?」
「まぁ、仮の俗称だな」
魔物ではない黒いものに関する依頼が来ていないか聞いたリーに、支部の男がそう答える。
ウェルトナックが本部に連絡すると言ってから三日半ほど。本部まで馬でも五日のここへどうして既に通達が来ているのかはわからないが、もちろんあえて聞くことではない。
シングラリアと呼ばれることになった魔物ではない黒いものは、ウェルトナックが言うように、どうやらあちこちで確認されているようだった。
「報酬は上乗せするから、依頼があればできるだけ優先で受けろとさ。あと、死体に懸賞金が出てる」
驚くなよ、と男が笑う。
「ある程度の数までは、角金貨一枚出すってさ」
「角金貨ぁっ?」
「それだけ情報がねぇってことだな」
せいぜい稼げ、と笑いながら、男は一枚の依頼書をリーに見せた。
「エンバーの町で家畜がやられる被害が相次いでる。黒い影を見たって話があるから、可能性は高い」
依頼書を受け取り、目を通すリー。
依頼内容は普通の討伐だが、疑シングラリア案件と赤文字で書き加えられている。
「今うちにあるのはこれだけなんだが、行ってくれるか?」
「もちろん」
依頼書を返しながら、リーは答えた。
翌朝、エリアとティナを連れて、リーはエンバーの町へと向かった。
どうせ戻ってくるのだから宿場町にいてもいいと言ったのだが、探し物があるかもしれないからついていくと返された。
エンバーの町までは街道を逸れ四時間ほど。道中、昨日聞いたことを考える。
丸銀貨十枚の価値のある角金貨。あり得ない高額の懸賞金に、本部の焦りが浮き彫りにされているようだった。
それにしても。
「……吹き飛んでなければな……」
影も形もなくなった黒トカゲを思い出し、リーは嘆息する。
「どうしたの?」
「いや。今更だって俺も思うんだけどな…」
角金貨一枚が、粉微塵になった。
遠い目をしてリーは小さく呟いた。
もうすぐエンバーの町というところで、突然ティナが足を止めた。
「ティナ?」
「急いで」
声をかけたエリアにではなく、リーに向けてそう告げるティナ。
向けられる真剣な眼差しに、リーははっとする。
「走るぞ!」
そう言い捨て、全力で走り出す。
町の入口に着く頃には、リーにも覚えある悪寒を感じられるようになっていた。
剣を抜いて手にしたところでふたりが追いついてきた。思ったよりも体力はあるらしく、息は切れてもへたりはしていない。
大丈夫だと頷くふたりに、リーが動きかけた時。
町中から、悲鳴が聞こえた。