再依頼
目立つからもう戻れとウェルトナックに言われ、渋々であったが頷くアディーリア。
「ごめんね、リー。アディーリア、まだ鱗剥がせなくて……」
申し訳なさに紛れる恐怖心に、やはり鱗を剥がすのは痛いのかとリーは思う。
「なんか痛そうだしいいよ」
「違うの! アディーリア、どうしてもリーに渡したいの!」
そう叫んでから、アディーリアはしょんぼりうつむいた。
「もう少ししたら剥がしやすいのも出てくるからって。それを見つけるまで待ってくれる?」
リーは手を伸ばし、宥めるようにそんなアディーリアを撫でる。
「ありがとう。急がなくっていいよ」
「鱗、まだちっちゃいけどごめんね」
「いいって」
すり、と甘えるようにその手に頭を擦り寄せてから、アディーリアは離れた。
「出るのは明日だから。また朝に来るよ」
「うん! 待ってる!」
えへへと笑って、アディーリアは音もなく水面下に消えた。
息をついてから、ウェルトナックが改めてリーと向かい合う。
「依頼料が鱗というのは冗談だ。調査系の依頼の場合は丸銀貨三枚ほどが相場だったか」
六種ある硬貨のうち丸銀貨は上から三番目の価値があり、一枚で安宿なら六日は泊まれる。尤も中級のリーは組織に報酬の三割を手数料として納めねばならないが。
「俺は鱗でいいんだけど…」
「あれは対価としてではなく、本人の気持ちとして受け取ってやってくれ」
そう言われてしまえば断ることはできず、リーはごねずに頷いた。
それでいいとばかりにこちらも頷き、ウェルトナックは暫し考える素振りを見せる。
「期間は不明だが拘束は緩い。口止め料も含めて六枚でどうだ?」
「多すぎだって!!」
「そうか?」
「口止め料はいらないから…」
「そうは言われても、立場上きちんと示さねばならなくてな」
こちらにも理由はあるのだと笑われるが、破格にもほどがある。
討伐依頼料の角銀貨五枚は倍でも丸銀貨一枚分。これならまだわかるのだが、流石に口止め料で丸銀貨三枚は増やしすぎだ。
「受け取れない」
頑なに首を振るリー。請負人として、過ぎた報酬はもらえない。
強情だな、と苦笑して。
「それならもうひとつ頼まれてくれるか?」
「もうひとつ?」
「こちらも急ぎはしないが、少し寄り道をしてもらいたい」
それでどうかと、ウェルトナックが提案した。
ここメルシナ村と本部のあるユシェイグの間にある、ドマーノ山。標高はさほど高くなく、気候が良ければ中腹までなら観光できる。しかし頂上付近には龍が住むといわれ、あまり人は近寄らなかった。
「山頂に住む龍に伝言を頼みたい」
「…ホントに住んでるんだ」
「難儀な奴でな。会合もここ数回すっぽかしておる」
龍が会合をしてるんだと内心思うリー。
「おそらく今の状況もわかってはいまい。一度儂の所に来るよう伝えてくれ」
「いいけど、知らせることができるんじゃなかったのか?」
伝達手段があると言っていたことを思い出して尋ねるが、苦笑いして首を振られる。
「使い勝手が悪いと言っただろう。多用すると苦情が来る」
「苦情?」
どこから、とは思ったが。それ以上聞くのはやめた。龍には龍の、人の知らない事情が山ほどあるのだろう。
「儂が直接行くと目立ってしまって、あの場に本当に棲処があると知られてしまうからな」
頼めるか、と問われ。
「わかった。俺もこっそり行くよ」
もちろん否はないのですぐさま受ける。
「それでもまだ多すぎるから。四枚で」
「何を言っとる。ドマーノ山についての口止め料を足してもいいのだぞ?」
してやったりと言わんばかりの口調で返され、リーは呆れてウェルトナックを見返した。楽しそうなその表情に暫し苦笑するものの、次第にその瞳に戸惑いが浮かぶ。
「俺にそんなに話して大丈夫なのか?」
この二日で、今まで知り得なかった龍のことを色々聞いた。もちろん言うつもりはないが、自分に話したことでウェルトナックに不都合はないのだろうかと心配になる。
何を危惧しているのかはわかってくれているのだろう。ウェルトナックは大丈夫だと瞳を細めた。
「リーにならば問題はない」
「片割れだからか?」
「儂の場合はそれもあるな」
明言はせず、ウェルトナックはそう笑うだけだった。
結局は丸銀貨六枚で依頼を受けることになったリー。請負人組織を通さず直接依頼を受けた場合は、仮の割板を作り、依頼主から組織へと報告することになっていた。もちろん直接金銭のやり取りをすることはなく、違反すれば請負人は解雇、依頼主にも罰則がある。
明日の朝にまた来ると告げ、リーはメルシナ村へと向かった。村長にだけは護り龍に判断を委ねると説明し、あの双子には村長の家でおとなしくしているように言っておいたのだが。
何も騒動が起きていないことを祈りながら戻ったリーは、村長の家の前、なぜか列を作る村人たちに思わず立ち止まる。
皆それぞれ手に皿やら籠やらを持つその様子に、ウェルトナックの言葉を思い出し、リーは肩を落として溜息をついた。
少しでも心配した自分がばからしい。
できることならこのままこっそり帰りたかったが、依頼完了の証の割板交換も済んでおらず、何より支部にふたりを連れていかねばならない。
仕方なく村長の家へと入ると、供物かというくらいずらりと食べ物の並んだテーブルを前に座る双子のエルフがいた。
「あ、リー、おかえり〜」
気付いたエリアが声をかけてくるが無視をする。
「…村長。そもそもこいつらが荒らしたことは話したよな?」
傍らに立つ村長を半眼で見ながら尋ねると、そうなんだが、と訳知り顔で返された。
「故郷を追い出されてから、ろくに食べていなかったのだから仕方ない」
「そうそう。それにめちゃくちゃにしたのは違う奴なんでしょう?」
ちょうど菓子を持ってきていた若い女がそう言った。妹だろうか、女の子がふたりに花を渡している。
「ふたりとも自分のしたことを話して、ちゃんと皆に謝ってくれたのよ」
「いや、それ当たり前だから」
思わずぼそりと呟き、少々女に睨まれた。
「……お前ら何を言ったんだ?」
村人たちが供物を捧げ終わってから、疲れた表情でリーが問う。
「あにっへ。ふぬーにはなひららけ」
少し前に動けなくなるほど食べたはずなのに、口いっぱい頬張ってエリアが返す。
「みんらららひいえ」
「食いながら喋るなっ!!!」
聞かれたから答えたのに、と思われているのがよくわかる視線を向けられながら、リーは何度目か数える気もない溜息をついた。
いつの間にかエリアとティナは村人たちに受け入れられ、すっかり歓待されている。
エリアがごまかしたり言い訳したりする性格でないことは、短い付き合いながらリーもよくわかっていた。つまりやらかしたことも含めて許されたということで。
これがエルフという種であるがゆえならば、かなり迷惑で理不尽な存在だと。リーは内心ぼやくことしかできなかった。