双子のエルフ
(……なんなんだ………)
座り込んで一心不乱にパンを噛みちぎるエルフふたりを見下ろしながら、リーは内心ボヤく。
本当に。一体なんだというのだろうか。
「ねぇっ!!」
パンを食い尽くした赤髪のエルフが顔を上げる。
「おかわり!」
「ねぇよっ!!!」
「え〜〜〜!!!」
間髪入れずに返すリーに、赤髪のエルフがジト目で抗議した。
隣の金髪のエルフはじっとリーを見つめたまま、最後の一口をいつまでも噛んでいる。
どうせ噛むなら一口目からゆっくり噛めばいいのにと、今更かつどうでもいいことを頭の片隅で思いながら。
なんでこんなことに、と。リーは心底思う。
「パンだけじゃお腹張らない! 足りない! 満足できない!! 責任取って!」
「なんで俺が責任取んなきゃなんねぇんだよ??」
「中途半端で余計お腹すくんだもん! なんでパンしか持ってないの!!」
理不尽な罵りに、ふつふつと湧く殺意をなんとか鎮めながら。
「それより。なんでエルフがこんなところでうろついてんだよ?」
当然といえば当然のリーの質問に、ふくれっ面の赤髪のエルフがふいっと顔を背ける。
「食べ物くれなきゃ教えてあげない」
「俺今やったよな?」
そう主張するも、目の前にはそっぽを向くエルフと咀嚼を続けるエルフしかおらず。
誰の同意も得られないまま、リーは肩を落として溜息をつく。
「…村に行ったらもう少し食べさせてやるから……」
「約束ねっ!!」
「礼ぐらい言え! 礼ぐらい!!」
「まだ食べてないもん」
「腹からパン引きずり出してやろうかっ!!」
「二日振りに食べたんだから! あげないからねっ」
「いるか!!」
なんでこんなことに。
何度目かわからぬ悪態をつきながら、途中で撒いてやろうかと本気で思った。
メルシナ村へと向かいながら、ふたりから話を聞くことにした。
「で、なんでエルフがこんなとこに?」
「ちょっと探し物してるんだけど、見つからなくて」
相変わらず話すのは赤髪のエルフだけで。さすがにもうパンは飲み込んだようだが、それでも金髪のエルフは口を噤んだままだった。
「探し物?」
「見つかるまで帰ってくるなって、村を追い出されたの」
「穏やかじゃないな」
でしょう、となぜか威張りくさって赤髪のエルフが頷く。
「食料も尽きちゃって。迷って。もうどうしていいか……」
大変だったな、と言いかけて。リーは質問を変える。
「村を出て何日目なんだ?」
「十日くらい?」
「金は?」
「食事したらなくなっちゃった」
「………そうか」
やはり同情には及ばないようだと思い、言いかけた言葉は呑み込んだ。
「そっちはあの黒いののことで来たの?」
気にした様子もなく続けられた言葉を聞き流しそうになってから、はた、と止まる。
「黒いの?」
「あそこの穴に来てる奴を探してるんじゃないの?」
「知ってるのかっ??」
急に剣幕になったリーの声に、赤髪のエルフはにんまりして頷くものの、続きを口にしようとはしない。
「………………」
「………………」
暫く互いに見つめ合ってから、仕方なさそうにリーが溜息をついた。
「…わかった。食事に酒もつけてやるから」
「お酒は飲まない」
「じゃあ甘いモノ」
「あのねぇ、なんか真っ黒のでっかいトカゲみたいなのが壁に張りついて出入りしてるの見たよ」
でっかいトカゲ、で思いつく限りの魔物を頭に浮かべるが、真っ黒で壁面を登るようなものは思いつかない。
暫く逡巡し、リーは赤髪のエルフを見る。
請負人でもない相手にこれを聞いても仕方ないとわかってはいるのだが、聞かずにはいられなかった。
「…魔物か?」
「違う」
赤髪のエルフの向こうで、金髪のエルフがぽそりと答える。
「禍々しい」
それが何を意味するのか。
リーは金髪のエルフから視線を外し、わかった、と呟いた。
ともに歩くエルフふたり。村で何か食わせたらそれで終わるはずだったのだが。
想定外の事態にどうしようかと考えるリー。とりあえずはと思い、ふたりを見やった。
「そういや名乗ってなかったな。俺はリー。最初に言ったけど、請負人だ」
ふたりに向けてそう言うと、そう、と返された。
「いや、そっちも名乗れよ」
「え? そうなの?」
それならそうと言ってよと仕方なさそうに言われ、つい横目で睨む。
「あたしはエリア・シェーザ・アス・ミオライト」
「ティナ・シェーザ・アス・ミオライト」
赤髪のエルフ、次いで金髪のエルフが答える。
リーはそのまま続く言葉を待つが、ふたりは満足そうに口を閉じた。
「で?」
「何?」
「なんて呼べば?」
「だからぁ、エリア・シェーザ・アス・ミオライトだってば」
「ティナ・シェーザ・アス・ミオライト」
意味がわかってないのかと、リーはひとり嘆息する。
「エリアとティナでいいのか?」
「なっっ、名前を略すなんて恥知らずな真似っっ!!!」
エリア(略)が飛び退り、リーを指差して絶叫した。
びしりと細い指先を突き付けられながら、リーは今叫ばれた言葉を反芻する。
「……は?」
反芻しても、わからない。
「何言って…」
「どうしてそんなひどいことするの?」
「ひどいって」
名前を呼んだだけで、どうしてそこまで言われなければならないのか。
怒気と呆れとその他諸々を深い息とともに吐き出して、落ち着けと三度己に言い聞かせてから。
リーは改めてエリアを見た。
「……エルフは名前を略さないのか?」
「そうよっ!! 名前は本人そのもの! 略すなんてとんでもないことなのよ!」
「わかった。エルフはお互いそのクっっソ長い名前で呼び合ってるんだな?」
「当たり前じゃない!」
「じゃあお前はこいつのことも当然そう呼んでるんだよな?」
ティナ(略)を指差して怒鳴ると、嫌そうな顔でペシリとはたき落とされた。
エリアは表情を変えずにふんぞり返る。
「ティナはティナよ」
「略してんじゃねぇかっっ!!!!」
三度じゃ足りなかった。
「家族はいいの! ほとんど同じで面倒くさいから!」
「面倒だって思ってんじゃねぇか!」
「面倒に決まってるでしょ! あっちを呼んでもこっちを呼んでもシェーザ・アス・ミオライトかシェーザ・アド・ミオライトなんだから!」
「俺が知るかっ!!!」
怒鳴りすぎて肩で息をしながら、リーはエリアとティナを睨みつけた。
本当に、なんでこんなことに。
何度目かもわからない、しかも言っても仕方のないぼやきを心中繰り返しながら、リーは目の前のエルフたちを見ていた。
このふたりの言う『禍々しい黒いトカゲのようなもの』が、もし本当に魔物でないのなら、すぐさま請負人本部に通さねばならない案件となる。
対峙してみなければ強さはわからず、ここで見かけられた一匹以外にいるとは限らない。不確定要素の方がまだ多い現状ではあるが、それでも最速で伝えるべきだと感じていた。
もし龍を恐れぬそれが人を害するほどの力を持つならば、今後は護り龍のいる土地でも今までのように安全とは言い難い。
龍に守られ警戒の薄れた人々に、一体どれだけの対応ができるのか―――。
楽観視できる状況でないことは、十分わかっていた。
それほどに、人は龍に頼り、守られ、生きているのだから。
拳を握り、もう一度息を吐く。
自分は請負人なのだから。何を優先すべきかはわかっているだろうと自問する。
たとえどんなに目の前のエルフたちに苛ついていても。
自分が貫くべき意地はどこにあるのか、と。
「頼みがある」
仕方なく―――本当に仕方なくリーはふたりにそう告げる。
「…お前らが見た黒い奴について、請負人支部まで話をしにきて欲しい」
「え〜」
「情報料が出るはずだ」
不服そうだったエリアがすっと口を噤んだ。
「支部までは俺が連れて行って段取りもつける。お前らふたりは話してくれるだけでいい」
頼む、ともう一度重ねる。
エリアとティナは互いを見やり、それからリーを見て。
「まぁ、そんなに言うなら行ったげる」
さほど渋ることなくそう返した。
返された言葉に、リーに浮かぶ安堵と少々人の悪い笑み。
「じゃあ暫くよろしくな」
すっと、エリアを指差して。
「赤いの」
隣のティナへと指を動かす。
「黄色いの」
ぺしっとその手をはたき落とされた。
「そう呼ぶから」
あのクソ長い名前を呼んでやる気は毛頭なかった。
初めはキョトンとしていたエリアが、少し首を傾げる。
「まぁ、略されるよりはいっか」
「いいのかよ」
思わずそうツッコんでから。
エルフが滅多に出てこない理由が、なんとなくわかったような気がした。