明かされることと秘めきれぬこと
翌朝少し遅めにリーはひとりで食堂へと向かった。
客もまばらな店内で、気付いたラミエが笑みを見せる。
「昨日はおつかれさま!」
「そっちこそ。昨日はありがとな」
パタパタと駆け寄るラミエに礼を言い、案内されるままに席に着いた。
「食事、ホント助かった。スープ美味かったよ」
「よかった」
フードの下、青い瞳に喜色が浮かぶ。
嬉しそうなその顔に、昨日ミゼットに言われたことを思い出した。
「あのさ、俺って迷惑かけてたりする?」
「え?」
怪訝そうなラミエに、昨日ミゼットに気をつけろと言われたと話す。
「なれなれしいとか。なんかあるのかなって」
「そんなことないよっ!」
フードが外れそうなくらい頭を振ってから、ラミエははたと気付いたように動きを止めた。
「ラミエ?」
どうしたのかと覗き込むリーに。
「……でも確かに、君はちょっと優しすぎるけどね」
小さく呟いて唇を引き結ぶラミエ。
言われた言葉に瞠目してから、リーは困った顔で頭を掻く。
「優しい…って。それはラミエの方だろ?」
「ううん。少なくとも私にとっては君のことだよ」
ラミエはふるふると首を振り、リーを見て。
「ほかのコにもそうなんだろうなって思うと、ホント、妬けちゃうくらい」
瞳を細め、だからと告げる。
「そういう意味では、気をつけてほしいかな」
あまりピンときている様子のないリーに笑みを向け、ラミエは明るい声で注文はと尋ねた。
朝食中にアーキスとギルが来て、ヴォーディスの調査が中止になったことを教えてくれた。代わりに近々大規模な招集があるので、それまで近くを回るつもりらしい。
礼を言い、暫しの別れを告げる。請負人にとっては日常だ。
午後には予定通り本部に呼び出されたリーとフェイ。昨日同様会議室に案内され、ミゼットから調査でわかったことを教えられた。
あの石は認識阻害をかけたままではなんの効果もなく、解いて初めてシングラリアに動きが出た。エリアとティナ以外のものが手にしていても関係なく、ただ持つものを追いかける。そうして集められたシングラリアを石を持つもの以外が倒しても、靄はちゃんと石に吸われた。
靄を吸う効果の範囲はそれなりにあるが、石の位置がシングラリアとヴォーディスとの直線上から大きく外れると駄目なようだ。同じくこれも誰の手にあっても結果は変わらなかった。
そしてまた、新たな事実もわかった。
魔力を補うための石と同様に、大きな石からも魔力が溢れ出ていた。おそらくここまでの間に石の中に溜まっていた魔力と靄とで満ちているのだろう。
双子が持つ石よりも黒く濁ったそれは、これから更に靄を吸って黒くなっていくのだと思われる。今はまだ放出されるのは魔力だが、これが靄のみで満ちてからどうなるのかは容易に想像がついた。
入っていた箱にも薄黒い石が敷き詰められていたという双子の言葉から、おそらくはそれが対処法であると思われた。
ふたりはこのあとミオライト村に箱と石を取りに行くことになり、箱内のものとふたりが普通に持っている分とに違いがあるかは戻ってからの検証になるそうだ。
今回は別の龍がふたりを連れていってくれるらしい。
ついていけと言われなかったことにリーは安堵する。
何かあれば協力をと言われ、宿待機を命じられての解散となった。
また知らせることができたからと、翌日午後にも呼び出される。
「リーだ。昨日振り〜」
自分と同じく説明を受けるためだろう、今日も来ているエリアとティナ。
「おつかれ。また村に戻ってたんだろ?」
「うん。龍ってすごいねぇ」
そう笑うエリアにも、隣でいつも通り何を考えているのかわからない表情のティナも、今までと何も変わった様子はない。
ふたりは自分たちのしたことの責任は取るつもりだろうとフェイに気付かされたことで、自分も構えず接することはできていると思う。
ここへの道中とは違い、今はこうして呼び出された時に顔を合わせる程度ではあるが。
たまには甘いものも食べられているんだろうかと思っていると、ミゼットが入ってきた。
自分に向けての満面の笑みに既視感を覚える。
双子が持ち帰った箱の石について軽く説明を受けたあと。
「じゃあ今からつきあってねぇ」
有無を言わさぬミゼットに、やっぱりと嘆息した。
ドマーノ山まで連れて行かれ、シングラリアと戦うこと数度。
結論として、箱の中の石はふたりの持つ物と何ら変わりはなかった。
あの大きな石のように靄を吸うこともなく、シングラリアを呼ぶこともない。
しかし、大きな石とともに置いておくと、影響を受けるように徐々に暗さが増していくのだ。
双子が見た時よりも白っぽい色に戻っていたことから、普通に放出と吸収をするらしい。
「つまりね、この石を詰めた箱に大きな石を入れると、靄が箱の中で循環するから漏れないの」
ある程度予測は立てていたのだろう、戻るなりミゼットが説明を始めた。
最終的にミオライト村で置かれていた状況の再現が、やはり一番理に適っていたらしい。
「シングラリアの出現の理由は、双子ちゃんが箱に置かれてた石を持ち上げて離してしまったこと。そしてその後石を離して置いたままだったから、後から取り込んだ周囲の魔力に押し出される結果になったのね」
身につけた石が本人の魔力に染まるように、エルフの村の鉱石には、理由はともかく、取り込んだものを順番に放出する性質がある。
エルフの村に満ちる魔力を新しく吸う代わり、次第に靄が溢れ出た。
「エルフの村には基本阻害魔法がかけられているからシングラリアには見つからないけど、閉じられているわけではないから広がってしまったのね」
その言葉を今回の騒動の結論として。
もう少し時間をちょうだいね、と瞳を細める。
「できる限りの想定で準備をするわ。もちろんあなたにも役に立ってもらうから」
普段の間延びした口調ではないミゼットは、眼差しにも声にも上に立つものの強さと責任を含み。
「よろしくね」
強い意志の籠もる金の瞳に。
呑まれ、無言で。
リーは頷くだけだった。
それから十日と少しが経った。
「ごちそうさま」
フェイ、そしてアーキスたち同期数名ともに食事をしていたリーが立ち上がる。
調査を終えてから、策を練ると同時に請負人たちが招集された。
ヴォーディスへの出撃に備えて、明日の朝から敷地内を抜け黒の一番へと移動する。
組織の職員であるラミエも、明日出発だと聞いているのだろう。何度も目が合い、その度によぎる不安を笑みで隠していたことに、さすがにリーも気付いていた。
「リー?」
支払いを済ませても動かないリーに、アーキスが声をかける。
先戻ってて、と答えると、のしりと頭の上に腕が載せられた。
「なんだぁ? 珍しいなぁ?」
十以上年上だが同期のセーヴルがそうからかう。
「うるさいな。そんなんじゃないから」
奥さんに言いつけるぞ、と脅して追い払い、ラミエを呼んだ。
黙ってリーを見てから、瞳を伏せるラミエ。
今回の作戦の詳細は一部の者にしか知らされていない。今この食堂の中で知るのはおそらく、職員であるラミエと担う役目のあるリーのふたりだけだ。
「…大丈夫だって」
詳細をここで口にするわけにはいかないので、ただそれだけを告げる。
たしかに自分には役割があるが、ひとりではないのだから。
「わかってるよ」
ラミエは目線を下げたまま、囁くように小さく零す。
「それでも君が…リーのことが、心配なんだよ」
覚悟を決めるように上げられた顔とその言葉に。
リーはただ、礼を述べた。
部屋に戻り、リーは息をつく。
出発前夜の不安と高揚と、無事を願われありがたい気持ちと。
胸の内、己のものではない思いと。
この状態に慣れたからか、それとも本人の努力の賜物か。アディーリアから伝わる気持ちは初めの頃ほど気にならなくなっていた。
しかし、それでも伝わるひたむきな姿勢。
負けてはいられないと、また励まされた。




