出立と到着
朝食後、リーは三人を見送りに宿場町の外までやってきていた。
「少し離れてから、こっそり飛べよ?」
先日のドマーノ山から飛び立った時のように目立たれては、背に乗るふたりに気付かれてしまう。
「わかってる。元の姿で上空を飛ぶから、背の上は見えにくいはずだ」
飛びにくいけどな、とつけ足して。
「気はつけるが。まぁしっかり掴まってろ」
「わかった!」
楽しそうなエリアとティナに、わかってるのかと思いながら。
「今日中に戻るんだろ?」
「ね、すごいよね、あんなにかかったのに!」
ともにメルシナ村を出てから昨日着くまで十八日。その往復が、龍にかかると一日でおつりが来る。
「待ってるから。行ってこい」
三人へとそう告げ、リーは街道を南下していくうしろ姿をしばらく見送った。
どう飛ぶつもりなのかは気になるが、自分が注視していては逆に気付かれる恐れもある。
宿場町へと戻り、本部で何か情報がないか聞こうと受付に行くと、既にトマルが待ってくれていた。
自分が来たことに気付いて迎えに来てくれたことは聞くまでもなく。
礼を言い、面会室で現在本部と龍とが持っている情報を確認する。
昼前には済み、トマルと別れたリー。昼食を取りに食堂へ向かいかけてから、少し考え、行き先を変えた。
いらっしゃい、とにこやかにラミエが迎える。まだ少し早い時間なので、店内にもちらほらしか客がいない。
「あいつらに石貸してくれたって。ありがとな」
注文を聞きに来てくれた際に、朝は客が多くて言えなかった礼を言う。突然の言葉に目を瞠ってから、ラミエは瞳を細めた。
「全然」
「でさ、これ」
リーが持っていた紙袋をラミエへと差し出す。ひと抱えほどの大きさのそれからは、香ばしいいい匂いがしていた。
「腹、減るんだろ? 合間に食べれるかなって思って」
ためらう様子で受け取り開けるラミエにそう続ける。
町にパンを売る店があったことを思い出し、そこで食べやすそうなものを適当に買ってきたのだ。
「でも…」
「あいつら関連なら経費で落ちるから。ラミエには珍しいもんじゃないだろうけど」
もちろん経費で落とす気はないが、気兼ねなく受け取ってもらうためにそう告げた。
袋いっぱいのパンとリーとを見比べてから、ラミエが少しうなだれる。
「貸したのはあのふたりになんだから、君がお礼をすることでもないんじゃない?」
「それはそうなんだけど」
もちろん自分は仕方なくふたりを連れてきただけで。あのふたりが何をしようが何をされようが関係ないのではあるが。
「でも、それを言ったらラミエだって同じだろ?」
ただ居合わせただけのラミエに、自分の石を貸してやる義理はない。請われたわけでもなく、すぐさま命に関わるわけでもないのだから、教えてやっただけで十分だろうに。
それでもふたりにそう申し出たラミエ。
こちらももちろん命に関わることではないが、自身の身体に影響が出るのをわかった上での彼女の行動が。
「…なんかさ、嬉しかったんだ」
だから、と続ける。
「ただの俺の自己満足だから。もらって?」
うつむいていたラミエが顔を上げた。フードの奥の青い瞳がじっとリーを見つめる。
「自己満足は経費で落としちゃダメだよね」
袋を閉じ、そっと抱えて。
僅かな吐息とともにかけられた声は、よく通るいつもの声であったのだが。
「そう言うなって」
向けられる眼差しには気付かずに、リーは笑う。
ありがとう、と微笑んで。
「……そうだから君なんだけど、今はそうじゃなければって思っちゃうよ」
「え?」
「なんでもない、よ。注文、決まった?」
大事そうに袋を抱え、ラミエが尋ねた。
夕食も来てねとラミエに見送られ、リーは一度宿に戻った。
荷を見直して、準備をして。明日からはフェイとふたり、どこへ向かおうかと考える。
今のところ、特にシングラリアが多い地域というものはないらしい。
ただ、シングラリアから漏れ出す靄が向かうのは、多くは北西。魔物の多い、ヴォーディスと呼ばれる森林地帯の方角だ。
龍による上空からの偵察はされたそうだが、得るものはなく。各地では北西方向に向かうことが目視される靄も、ヴォーディス上空では拡散してしまっているのか見られずで。そこに集まっているとの断定はできないままだという。
各地の護り龍の警戒と組織からの注意喚起で、今のところ大きな被害は出ていないらしい。
ただ、時とともにシングラリアが巨大化しているとの話もある。トカゲは腕の長さだったが、ネコは見上げるほどの大きさで。近頃聞くのはそんな大きさのものばかりだとトマルが言っていた。
ヴォーディスに向かうことは今は禁止されており、組織の指揮の下、一番近い黒の一番の宿場町を拠点に複数名での調査を進めている。
ちょうど二期の募集をしているが、フェイがいるので調査隊には入れない。なので、一番と二番の街道辺りを歩いてみてもいいかなと考えていた。
町に出て足りぬ物を買い足して。
三人が戻ればここへ来るだろうと思い、待ちがてら少し長居させてもらおうと食堂を訪れた。
店に入ってすぐ、目立つふたり連れに目を留める。
銀髪の青年と金髪の青年。
向かい合い談笑するふたりが立ち止まった人影に気付いて顔を上げた。
「リー!」
「アーキス! ギル!」
名を呼び返し、駆け寄る。
「来てたんだな」
「紫上がってさっき着いて。ギルとはここで」
銀髪の青年が自分の隣の椅子を引いてリーを促す。
「俺は三番を東から」
「じゃあ俺とギルは数日違いだな」
金髪の青年にそう返し、リーはアーキスの隣に座った。
「いらっしゃい」
水を置きに来たラミエに仲いいねと言われ、同期なんだとリーは笑う。
「こんな中途半端な時期に会えると思わなかったけど。嬉しいよ」
藍色の瞳を細めるアーキス。同期の中でも一番親しい、友人と呼べる間柄だ。
「俺もギルもヴォーディスの調査の二期募集で来たんだけど、もしかしてリーも?」
「いや、俺は連れがいてそっち行けないんだ」
「請負人以外か」
ギルの言葉に頷く。
「しばらく同行することになって。ちょっと今は外してるんだけど」
「珍しいね、同行者なんて」
請負人同士が同行することももちろんあるが、その状態で依頼を受けた場合、依頼料は基本折半、同行者中一番高い級の手数料を支払うことになる。
請負人以外と同行の場合、依頼は受けることができるが、手を借りたなら報告することが必要だ。虚偽報告は処罰対象。報告して減額で済ませたほうがましだろう。
「そのうち俺ともひと回りしようよ?」
「いいけど。アーキスと行くと酒代かさみそうだよな」
確かに、とひと笑いしてから。
「ギルはあんまり飲まないよね」
同期ではあるが年上であるからか、一際落ち着いた性格をしているギル。金の瞳でにこやかにふたりを眺めたまま、そうだなと頷く。
「飲めなくはないが。もう飽きたんだ」
「いっつもそう言うけど。どんだけ飲んできたってんだよ」
返される言葉はわかっていたが、再会の挨拶代わりにそう問うと。
「リーの想像に任せる」
穏やかな笑みのまま、いつもの答えを返された。
マイナスのはずだったのですが…。あれ……?
今日から投稿生活二年目です。
ここまで続けてこられたのは、読んでくださる皆様と、お言葉をくださる皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!




