エルフとは斯くあるもので
「別件、俺に話せることなら受付通さず渡りつけてやるぞ?」
お茶を飲み終えたトマルが唐突に告げた。
「また受付まで戻るのも面倒だろ?」
「そんなことして大丈夫なのか?」
ただの庭師ではないともうわかってはいるが、そんな勝手をしても許される立場なのかと心配するリーに、これくらいなら問題ないと笑うトマル。
それならと思い、双子のエルフのを連れ歩くハメになった経緯を話し、この先ふたりをどうすればいいのかと、ふたりの生活費をいつまで払うべきかを聞きたいと言った。
「もう食費が半端じゃなくて。本人たちも村出てからだって言ってるんだけど…」
「食費?」
怪訝そうなトマルにふたりの食べっぷりを説明すると、途端に苦い顔になる。
「そりゃお前……」
「え?」
「ちょっと待ってろ」
そう言い残してトマルは奥の部屋へと入っていった。更に奥で扉を開け閉めする音が聞こえたきり、しんと静まり返る。
テーブルと椅子しかない部屋では何を見るでもなし、リーはそわそわと奥の扉が開くのを待っていた。
ちょっと、というには少し長すぎるのではないかと思い始めた頃。
ガチャリと入口の扉が開いた。
「トマルさん?」
「待たせたな」
なぜか入口から入ってきたトマル。そしてそのうしろに懐かしい顔を見つけ、リーは思わず立ち上がる。
金髪のスラリとした長身、整った顔立ち、そして何より特徴的な長い耳。
エルフの男はリーを見て妖艶に微笑んだ。
「四年振りだね、リー。元気そうで何より」
「セイン先生!」
養成所時代の対魔法の訓練教師、セインがそこにいた。
「お久し振りです。って、俺のこと…」
「もちろん覚えていますよ」
にこりと微笑むセイン。
セインにとってたくさんいる生徒のひとりに過ぎないだろうに、覚えていてくれたのが嬉しいと、そう思ったのも束の間。
「魔法を物理的に返そうだなんてことをやってみる生徒はリーたちだけでしたからね」
「…そ、それは……」
笑顔のセインに苦笑する。
基本、魔法からは隠れるか逃げろと教わる。エルフ以外では魔法を使える者はほんの一握り。大半のエルフは滅多に集落から出てこないとなれば、魔法と対峙せねばならない状況に陥ることがまずないのだ。
それでも組織内にこうしてエルフがいるということは、もしかすると対魔法に特化した請負人も存在するのかもしれないが、駆け出し以前のリーたちには必要のない話。手に負えない事態の際は己の身を守ることを優先しろということなのだろう。
しかし、避けてばかりではなく、何かできることはないのかと。撃ち返すことができれば反撃になるかもしれないと、友人とふたりあれやこれやと考えて、セインに付き合ってもらって実践した。そのうち同期で競うように案を出し合うようになり色々と実践したのだが、結局は全敗だった。
結果、魔法は避けるか逃げると決めたのだが、今回ティナの魔法を見て改めて思った。
避けられるわけがない。
エルフは種としての繋がりよりも集落での結びつきが強く、どこかのエルフが暴走すれば、他村のエルフたちが鎮圧するらしい。
対抗の術のないリーとしては、エルフの暴動が起こらないことを祈るのみだ。
引きつるリーに変わらぬ笑みのまま、楽しい二年間でしたよ、とセイン。
「本当に。あなたたちの期は良くも悪くも話題に事欠きませんでしたからね」
「俺と面識があるのもリーたちぐらいだな」
ニヤニヤ笑ってトマルがつけ足す。
思い当たることは、もちろん多々あれど。
(……俺のせいばっかりじゃないっての…)
同期の個性的な面々を思い出し、リーは懐かしさ半分、ぼやき半分の息をついた。
トマルとセインに向き合い、再度席につくリー。
「今回のことはエルフが関わるので私も聞いています。本人たちにも少々説明が必要になるかと思いますが、まずはリーに」
頷くと、おさらいですよ、とセインが続ける。
「種としてのエルフが魔法に長ける理由は?」
突然始まる講義に、リーは慌てて記憶を遡る。
混血種、つまりエルフを祖先に持つ者は、容姿は人でありながら魔法を使えることもある。しかし大抵純血のエルフには及ばぬ点が多々あると教えられた。
その差がどこから生まれるのか。もちろん理由はひとつではない。しかし、大きな割合を占めるのは。
「魔力量の差…?」
「そうですね。エルフは多くの魔力を有することができます。しかし溜めおくことができないのです」
「溜めおく?」
「魔力を蓄える容器の底に穴が空いてるとでも思ってください」
容器いっぱいまで溜めることはできるが、穴が空いているということは、漏れていくということで。
「つまり、残量に拘らず常に魔力が垂れ流しだということです。エルフは何もしなくても魔力を消費する生き物なのですよ」
「……垂れ流し…」
わかりやすいが、もっと言葉はなかったのかと苦笑う。
「枯渇してもすぐに死ぬことはありませんが、長く続くと不調にはなりますので、基本頻繁に魔力供給を必要とします。魔力を得るのに一番手っ取り早い方法が、外部からの取り込み。いくつか手段はありますが、リーにも思い当たる方法があるのでは?」
まっすぐ見据えてそう問われ。
考えるまでもなく、リーはそういうことかと内心呟く。
「食事」
「そうです。経口での摂取。万物には魔力が宿りますが、経口では効率はよくありません。しかも常に失われる状態となれば、結果はリーも知る通りです」
頷きセインを見返す。
もちろん話に矛盾はない。しかしまだ疑問は残るのだ。
「ですが先生は…」
「ええ。もちろん私には経口以外の対処法があります。そしてそれが、エルフが滅多に集落を出ない理由です」
セインは服の中から小袋を取り出し、テーブルの上で中身を出した。
ころりと袋の中から半透明の紫色の石が五つ転がり出す。柔らかく光を孕むそれは、宝石というほど磨かれたものでも輝きを持つものではなかったが、淡く煌めく様は素直にきれいだと感じられた。
「エルフの集落にはこうしたクズ鉱石がよくあるのですが、これらはどこの集落でも共通の性質を持ちます」
どうぞとひとつ渡される。
透ける紫の濃淡に白や黒が混ざる石は、ぶつかり角が取れたのか、角張る形の割に指に引っかかるところはない。裏返してみたりかざしてみたりするが、特に何も気になることはなかった。
「エルフの集落はどこも割合辺鄙なところにありますが、別にエルフが人を避けているわけではなく、具合がいいからそこに住むようになったのです」
「具合?」
「魔力の溜まりやすい場所なんですよ。これは私の故郷の石です」
リーから返された石をテーブルに置き、セインは微笑む。
「答えは出ましたか?」
柔和ではあるが、向けられるのは道を知る者の強さと厳しさ。自分を見据える教師の顔に、リーは真剣に向き合う。
セインには、考えることは大切だと教わってきた。
対抗の術のない魔法からどうやって命を守るのか。理不尽なまでの力の差を前に、己にできることはなんなのか。嘆く暇があるなら考えろと言われ続けた。
たとえ辿り着いた答えが逃げるということでも、考えたことは無駄にはならない。何も考えずにただ逃げることとは違うのだ、と。
正直、自分にそれができているかはわからない。
そう在れればと、思いはするが―――。
「…この石に溜まった魔力で補うことができるってことですか?」
「それでは半分ですね」
不可を出され、何が足りないのかを再び考える。
魔力の溜まりやすい場所に集落を作るのは、溜まった魔力で失われた分を補填できるから。
ではその魔力は何から蓄積されるのか。
「……漏れた魔力を溜めて、また取り込むことができる…?」
「よくできました」
賛辞の笑みを見せ、セインが頷いた。
「この石には既に私の魔力が限界まで満ちています。一度満ちるとあとは放出しながら吸収を続けるので、私の傍にある限り、この石は私の魔力を放出し続けます。私はそれで魔力を補っているのですよ」
セインから漏れた魔力を石が吸収し、石から溢れた魔力をセインが受け取っているということかと納得する。
「村には石はもちろんエルフもそこかしこにいるでしょうから。持ち歩かずとも大丈夫なのです」
つまり村の中を村人の魔力が循環することで成り立っているということだ。
村を出たことのないあのふたりはそのことを知らず、おそらくは滅多と外に出ないほかの村人も知らず。結果としてこんな事態になったのだろう。
それにしても、と、リーは思う。
「自分から漏れた魔力を直接還元はできないんですか?」
「リーは自分の吐いた息を吸い直すことができますか?」
質問に質問で返され、そういうことかと理解した。
「リーの連れてきたふたりはミオライト村の者ですよね」
「いや、俺は知らなくて…」
「名前の最後が村の名なんですよ。私の本名もセイン・ワクラー・アド・ロットシェル、つまり、ロットシェル村の男でワクラー家のセイン、ですから」
呼んでられませんよね、とセインは軽く笑う。
「旅の途中だそうですが、彼女たちには一度ミオライト村に石を取りに戻ることを勧めますよ。そのうち別の意味で身体を壊しそうですからね」
それは確かに、と遠い目になるリーの前で。
「ついでにあの偏屈どもに常識を叩き込んできてくれるとありがたいのですが」
笑みはそのまま毒を吐くセイン。
過去に何かあったのだろうかと思うものの。
聞かない方がいいだろうとの直感の元、リーは口を噤んだ。




