難儀な龍
中腹で並んで座り込むエリアとティナ。互いに隣り合う手を繋ぎ、空いてる手には干し肉を握りしめ、ぼんやりと空を見ていた。
「…足りそう?」
「大丈夫」
エリアの声に頷いて、ティナは干し肉を口に放り込む。
「甘い物の方がいいよねぇ」
「んむ」
もごもごと答えるティナ。
「外って疲れるねぇ」
「んむむ」
甘いの食べたい、と呟いて、エリアも干し肉をかじった。
「おい?」
エルトジェフに声をかけられ、リーは我に返る。
「あっ…と。悪い」
自分が知る龍とあまりにもかけ離れすぎていて、リーはどう接していいか少し迷っていた。
自分が知るのは故郷の護り龍と、ウェルトナックとアディーリアだけではあるが、エルトジェフのこの奔放さは魔物としての龍だからではなさそうだと、薄々リーも気付いていた。
「俺はリー。あと…」
ぼそぼそと数言足すと、途端にエルトジェフが呆れた顔を向ける。
「肝の小さい」
「いいだろ。ウェルトナックはあんたが会合に来ないから心配してた。話すから会いに来いって」
とにかくまずはウェルトナックの言葉を伝えると、驚いて瞠目される。
「会合? あったのか?」
「俺に聞かれても」
何度か来ていなかったとウェルトナックが言っていたと伝えると、エルトジェフは首を傾げた。
「…そんなに寝てたか……?」
「寝てたんだ…」
「いや、凝りだしたらキリが…って、そうだお前っ!」
ずざっと一歩踏み出して、エルトジェフがリーを指差した。
「どうしてまっすぐに山頂に来ずに罠を解除して回るんだ!」
唐突に怒鳴られ、リーは固まる。
「…は?」
罠とは、アレのことだろうか。
みえみえの作りのくせに、殺傷力だけはあり余るほどあり。
今この草原、見えてる岩の数だけありそうな、コレのことをいうのだろうか。
「これだけ作るのに、どれだけかかったと―――」
「あんなちゃちいクセに人死の出そうなモン放っとけるか!!」
ここに来るまでのしち面倒くさい作業を思い出し。
相手が龍だということも忘れ、怒鳴り返した。
懐中に持つナイフをエルトジェフに貸し、自分は剣で黙々と草を切り続ける。
「焼けば早いのに…」
「目立つから!」
ぶつくさ言うエルトジェフを怒鳴りつけ、リーは溜息をつく。
疑問だった岩の位置は、単に自分とエルトジェフの身長差だった。頭ひとつ違えば当たる位置も違う。それがますます腹立たしい。
「苦労したのに…」
「結んだだけだろ」
「何を言う! 長さがあり結びやすくかつ解けにくいこの草に辿り着くまでにどれだけかかったと―――」
「手ぇ動かせ。頼むから」
腹立たしいついでについついぞんざいに扱ってしまうが、エルトジェフは意外と素直に口を噤んで作業を再開した。
「…それにしても。あいつが護り龍とはなぁ」
今度はちゃんと手を動かしながら、しみじみとエルトジェフが呟く。
「最後に会ったのはいつだったか…」
「古い知り合いなのか?」
なんの気なしにそう聞くと、エルトジェフは懐かしそうに笑って頷いた。
「ああ。俺が子どもの頃、人の姿でともに旅をしていた」
「…子どもの頃って…」
「まぁまずリーは生まれていないな」
龍の寿命は人より遥かに長い。目の前のこの男も、もちろん見た目通りの年齢ではない。
「しかし、そうか、護り龍か。あいつは人が好きだったからな」
少し目を伏せ微笑む様は、ウェルトナックへの親愛に満ち。
なんだか微笑ましい気持ちになりながら、リーは何も応えず、己の作業を進めた。
どうにか草原中の結んであった草を切り終えたふたり。
「…なんでこんなことしたんだよ……」
ぼそりと問うリーに、エルトジェフは首を傾げる。
「いや、一度やってみたら楽しくて」
ナイフを返してもらいながら、暇だからだろうか、と思う。
「とにかく。ウェルトナックの所に行ってくれよな。場所は…」
地理はわかると言われたので、最寄りの宿場町とそこからの方向を教えた。
続いて今回エンバーの町で得た情報を伝えてもらえるように頼む。何の話かと怪訝そうな顔をしていたが、詳しい説明はウェルトナックに任せることにした。
よし、と呟き、エルトジェフはリーを見る。
「世話をかけたな。勘違いしたとはいえ、攻撃して悪かった」
「勘違い?」
「お前が罠をすべて壊そうとするもんだからかっとなった。冷静になれば、害為す者ではないとわかるのにな」
どんなに突飛な行動をしても、こういうところはやはり龍であり。
向けられる眼差しは、見守るべき相手へのものであった。
「ひとっ飛び会いに行くとするよ」
懐かしそうに瞳を細めるエルトジェフの声は、どこか嬉しそうで。
後回しにせず来てよかったと、リーも心から思う。
「ウェルトナックと家族によろしく。…一番下の女の子に、焦らなくていいって伝えてほしい」
「護り龍なのに所帯まで持ったのか?」
驚く理由がわからずに見返すが、エルトジェフは短くそうかと呟くだけだった。
リーに離れているように言い、エルトジェフが龍の姿になる。
火球で攻撃されたことからわかってはいたが、エルトジェフは火龍であった。全身を覆うのは真紅の鱗。姿は火龍と地龍の基本形態、立派な手足の生えたトカゲ型、だ。
日差しを受けて輝く鱗は美しく、地に足をつけて立つ姿は凛として。
見惚れるリーに、エルトジェフの眼差しが和らぐ。
「言い忘れていたが。俺のことはフェイと呼んでくれ」
人の姿でいることの方が多いのだと、エルトジェフ―――フェイは告げた。
「ついでに麓まで乗って―――」
「乗らない」
喰い気味に断るリー。
「中腹に連れがいるから」
「やはりあれはお前の連れか」
納得顔のフェイだが、リーには何の話だかわからず。
「え?」
「気遣い感謝すると伝えてくれ」
「なんの話だ?」
聞き返すがフェイは答えないまま、ウェルトナックと同じヘビ型に姿を変える。
「じゃあまたな、リー」
「おっ、おい、だからなんの―――」
そのまま真上に上がり、南へと動き出すフェイ。
既に声の届く位置ではない。返事は諦め、リーはフェイを見上げた。
翼のない龍がどうして飛べるのかと、幼い頃に故郷の護り龍に聞いたことがあった。
翼で飛ぶトリとは違い、龍は魔法に近い力で飛ぶのだという。
僅かに動く体と尻尾が日差しを反射して一際煌めく。キラキラと光の帯を引くように飛翔するその姿が見えなくなるまで見送ってから、リーはその場を離れた。




