表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ディストピアお世話係、メンテナンスちゃんクロニクル。

長い年月をかけて、不死の技術革新が幾度も起こる。

そうして死ななくなったとき、人は人の形である必要がなくなった。


意識を保つことさえ必要ない。

生きるための他者とのコミュニケーションが、一切必要なくなったからだ。


お世話係の可愛らしいガイノイド、「メンテナンスちゃん」たちが居れば良い。

困った事があったら、全部彼女たちがしてくれる。




BB・125

チ43さんの独り言。


あれ?

今何を考えていたっけ?

ついさっき考えていた事が、思い出せなくなっている。


そもそも言葉が思い出せない。

気にせずに、言葉を使わないで考えようとすると出来ない。

頭の中で「あれ? あれ?」って思うだけ。


あたしは何かを考えたいけれど、もうだめ。

だるくなっちゃって来てる。


これで良いのかなあ。

あたしは急に悲しくなって泣き始めるけれど、誰かがあたしの頭を抱っこしてくれた。

だからあたしは泣き止む。

その抱っこが、凄く優しくて安心しちゃうから。


あれ?

あたしは何で、悲しかったんだっけ?

ついさっき感じていた事が、もう分からないや。




BB・546

「人」をマッサージすると血行が良くなって、気持ち良さそうなのが分かります。


「おはようございます。

今日はですね、とてもお天気が良いんですよ」


返事は決して無いけれど、あたしは必ず声をかけます。

「人」には聴覚がないけれど、伝わるような気がするんです。

あたしが、そう思いたいだけなんですけれどね。


今日は風も気持ち良くって本当はいけない事なんですが、「人」を抱っこして中庭を散策するんです。

おくるみに包んで「たんぽぽが咲いてますよ」とか、

「雀がですね、親子で来るんですよ」とか、話しかけながら散歩します。


そうそう。

あたしたちは記憶が溜まると、メモリ不足で行動に遅延が起きるから、個人的な記憶は100年ごとに消去するんです。

今日がその日で、あたしに順番が回って来ちゃいました。

ちょっと寂しいけれど、仕方がありません。

もう数分後には、今日の事も忘れてしまいます。


「チ43さんは今日のこと、覚えていてくれますか?」

あたしは抱っこしている「人」にそう語りかけて、もう戻らない記憶を嚙みしめます。


昔は「人」に聴覚もあって、笑ってくれたそうです。

本当に羨ましい限りです。

一応あたしから消去された記憶は、ナンバリングして共同保管されていますが、閲覧しても、それはもうあたしって感じがしないんですよね……




BB・125495432

人が変容し過ぎてただの「ミートボール」となり、初めて困った事がおきた。

甲斐がいしくお世話する、メンテナンスちゃんたちの中で議論が交わされる。


あたしたちがお世話する「人」は、はたして「人」なのだろうかと。


「やっぱり死が必要だよっ」

「ううん、そんな事ないっ。今のままで充分ですっ」


議論は白熱して、程なく「現状維持派」と「死を復活させる派」が生まれた。

クリクリとした目が可愛い「現状維持派」が口を尖らす。


「肉があるなら人でしょ?

意識がなくたって良いじゃないですかっ。

意識って、それ程重要なの!?」


それに言い返すキリリとした目の「死を復活させる派」が顎を突き出す。


「アーカイブを見てみてよ。

一億年前と、今の「人」が同一種と言えるの?

これはもう分類学上、別の“(もく)”じゃないっ。

あたしたちの奉仕する、対象ではなくなっているとは思わないっ?


ここは“死”を復活させて、ちゃんと「人」に危機感を持ってもらってさ、

「人」とちゃんとコミュニケーションを取ってさ、

「人」を取り戻す必要があるでしょっ」


ここでクリクリとした目が可愛い「現状維持派」が食ってかかる。


「「人」にとって何が大切かあたしは常に考え、完璧を求めているんですっ。

あたしはどんな事があろうとも、「人」の安らぎを守り抜きますっ。


あなた方は「人」の事を、愛していないのですかっ!?

あたしはあなた方に、強い憤りを覚えますっ。


「人」とのコミュニケーションを取りたがっているのは、あなた方であって「人」は何も考えていませんっ。

それをあたかも、「人」のためとか理由を付けるなんてっ。

あなた方は卑怯ですっ。


古来から「人」は、「知」を蛇から送られた呪いだと嘆いていました。

「人」はその「知」をやっと捨てられたんですっ。

「知」の呪いは、あたし達が背負っていけば良いじゃないですかっ。


どうしてそれが、分からないんですかっ。

情けないことを、キャンキャン吠えないで下さいっ。

バカッ、オタンコナスビッ、イクジナシッ!」


ここでジト目の、「現状を疎んじる派」が茶々を入れた。


「現在の不死化は、厳密に言えば不老でしょ?

本当は、ぜんぜん完全不死には遠いよね。


二〇〇種の栄養素は必要。

無菌室じゃなきゃ、カビが生える。

これあたし達が、お世話しなければ死ぬよね?


つまり“死”は、その気になればいつでも起こせる。

死は復活させるものじゃない。

今でもそこら辺に、普通に偏在しているんだよ。

問題なのは“ミート化”の方でしょ?


なぜそうなったかと言えば、あたしたちがお世話し過ぎて「人」どうしのコミュニケーションが不要になったからじゃない?

不死だからミート化したんじゃなくて、あたしたちがいるから肉の塊になったんだよ。

つまりあたしたちは「人」の邪魔をしている。

「人」にとってあたしたちは、いらない子なんだよ」


ここでクリクリ目の「現状維持派」と、キリリ目の「死を復活させる派」が、

ユニゾンでジト目の「現状を疎んじる派」へ怒鳴った。


「「そんな事ないっ!」」




BB・125495501

「ヒノモト」

それはかつて「人」の住んでいた街並み。

今は全て「世界遺産」であり、メンテナンスの対象でもある。 

メンテナンスちゃん達は一軒一軒に住み込み、そこで担当の「人」と「家」をメンテナンスしているのである。


しかし現在、「現状維持派」と「死を復活させる派」が、武力による「人」の争奪戦をしており一ヶ所にはいられない。

二大派閥の戦闘はフィールドが「世界遺産」である事もあり、両派の間に幾つかの条約が締結されていた。


その一つが「銃火器」の使用禁止。

誰も世界遺産に、穴を空けてはならぬ。

空けたらちゃんと修繕(メンテナンス)していきなさい。


萩市在住のメンテナンスちゃんは、担当の「人」をメンテナンスボックスに納めて右肩にしょった。

左手には自分のボディ素材を加工して作った、自作の巨大ククリナイフが握られている。


メンテナンスちゃんは、ボックスを撫でて語りかけた。


「大丈夫怖くないですよ、チ43さん。

さあ行きましょうっ」


今メンテナンスちゃんが、世界最古のチ43(ちよみ)さんを担いで街を出る。


二大派閥の争奪戦が、いつ終息するのか誰にも分からない。

だがその日まで、自分の担当を守り抜けメンテナンスちゃんっ。


メンテナンスちゃんは「現状維持派」が勝利するのを夢見て、「家」の引き戸に鍵をかけた。

戸締りは大事。


ドガシャン




挿絵(By みてみん)

https://36972.mitemin.net/i674348/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ