グアルタさん
2022/06/23 加筆修正。ご迷惑おかけいたします。
「よお、セイン。ちょっとは大きくなったか?」
玄関から入ってきたグアルタさんは抱き着いている私を抱えなおしてくれた。
腕に腰掛ける形で安定させてくれる。
「自分ではわからないよ」
そう言いながら私は目の前にあるグアルタさんの首に抱き着き、洋服の首元から上に出ているもふもふの顔周りを堪能した。
(ちょっと固めだけど父さんたちよりはもふもふ)
獣人の中では毛が薄い部類になるサルージアと異なり、クマデートのグアルタさんは全身ふさふさのもふもふである。
ぬいぐるみなどとは違ってしっかりとした温もりがあるのも心地良い。
「いらっしゃいグアルタ」
私を抱っこしたままグアルタさんはリビングへと移動し、母さんたちと挨拶を始める。
母さんたちと話し始めたグアルタさんにお願いして腕から降ろしてもらい、改めて正面から彼を見上げる。
大きな体は2m近くありそうだ。
麻で作られている茶色の洋服は上下ともにゆったりとしているが、その上からでも逞しい体をしているのが分かる。
私を運んでくれた腕は太く、首や肩回りもがっしりしている。
洋服から覗いている部分は全部濃い茶色の毛が覆っている。
手は動物の熊とは違い、人間と同じような形をしている。
親指が他の四本と離れて向かいあっている、拇指対向性だ。
手がこの形をしていないと物を持つことがかなり難しいので当然と言えば当然なのだが。
爪も人間と似たような平爪をしている。
人間と比べれば分厚く、鋭いが。
そしてお顔は完全に熊だ。
元の世界の熊と比べると口元が短めだったり、後頭骨がせり出ていたりはするが、誰が見ても熊とわかるレベルで熊だ。
お喋りしている口元からわずかに見える歯は犬歯が立派にとがっている。
なんであの骨の形でそんなに流暢に言葉を話せるんだろう……。
「どうした、今日はえらくお淑やかじゃねーか」
この世界の不思議に思いをはせていると、いつもより静かにしている私が体調を崩しているとでも思ったのか、心配そうな顔でグアルタさんが目の前にしゃがんでくれる。
脳内で考えていることを口に出すわけにもいかず、
「私も5歳になるからね」
とませた5歳児を装ってみた。
「くく、そうか」
そう言って笑ってくれるグアルタさんがイケメン? イケ熊? でどきっとしてしまった。
5歳児からすると完全に対象外なおじさんだがアラサー+5歳児と化した私には大人の魅力が詰まったダンディ熊に見えている。
「お茶入れてあげる!」
火照りそうになる顔をグアルタさんに見られないようにキッチンに駆け込んだ私はグアルタさんが私のことをジッと見つめていたことに気づかなかった。
獣人半端ねぇ!!
顔の熱を冷ますため、リビングからは背を向けてお茶を入れることに集中したいのに先ほどのグアルタさんの野性味溢れる笑顔が脳裏に焼き付いてしまっている。
私って本当に動物好きなんだなぁと改めて感じながら、にやけ顔を晒さないように気をつけようと決心し、お茶を手に両親とグアルタさんが待つリビングへと戻っていった。
「お茶どうぞ」
リビングに戻った私は平静を装ってグアルタさんに母さんたちが特別にブレンドしている薬草茶を差し出す。
この世界では生水も普通に飲むらしいが、私が小さいころに生水でとんでもなく体調を崩して以来、我が家での飲み物は薬草茶になった。
味は普通に美味しい。
前世でいうところのプーアル茶みたいな味だ。
「いつ飲んでもアーノルドたちのお茶は不思議だなぁ」
差し出されたお茶を飲みながらグアルタさんがそう言ったのに反応する。
「何が不思議なの?」
「お前は小さいころからこれを飲んでるから何とも思わないんだろうが、普通のお茶と比べるとかなり味が濃いし、独特の風味だ。薬草入りだからだろうが、飲んだ後に心なしか頭と体もすっきりするしな」
「そのお茶はセインの味覚に合わせて作ってるのよ」
「え、そうなの?」
「あなたは昔から好き嫌いが激しかったからね」
それは知らなかった。
どうやら苦みがなく、味の濃いものを、と父さんたちが研究した結果出来上がったのが今の薬草茶だったらしい。
記憶を取り戻す前から私の好みの物は味がしっかりついているものだ。
今晩のご馳走として出てくる予定のフリッタのスープも塩などの味付けはないが、家庭菜園で育てた野菜とフリッタの肉から出てくるうま味が凝縮されていて普通に美味しい。
一方、ポプを味付けもせずに煮た主食は本当に美味しくない。
オートミールをなんの味付けもせずに食べているようなものだ。
あ、ポプも野菜と一緒に煮込めば良いんじゃない?
オートミールとして考えれば何か料理の仕方があるかもしれない。
今度試してみよう。
「薬草茶、美味しくない?」
私の味覚に合うものはもしかしたらこちらの世界では受け入れられないのではないか、という懸念からグアルタさんの意見を伺う。
「いや、独特ではあるが美味いと思う。店で売ってれば普通に買うくらいには美味しい」
その意見にほっとした私は自分の欲望に素直に、まずはオートミールの研究を行うことを心に決めた。
「このお茶は売らないの?」
折角の美味しいお茶を家の中だけでなく世に広めたい。
「このお茶はうちにある魔法陣付きのポットからじゃないとでてこないから無理ね」
なんとこんなところにも魔法陣があったらしい。
どうりで何度お茶をポットからコップに移しても中身がなくならないわけだ。
普通の動物と獣人で異なるところ。
この違いがないと獣”人”としての設定がなりたちません。