サルージア
2022/06/23
加筆修正。ご迷惑おかけいたします。
確認したところ、私が境界線で意識を失ってから2日が経過していたらしい。
ということはグアルタさんが来るのは明日だ。
母さんが準備してくれたお粥のようなものをゆっくり食べる。
この世界にお米はなく、代わりにあるのが麦のようなポプと呼ばれる植物だ。
これを長時間お湯で煮たものがこの世界で穀物を食べる種族の主食だ。
私のお粥もどきは煮込んだポプを形がなくなるまですり潰してもらったものだ。
んー……。
私のために準備してもらったお粥もどきは恐ろしく薄味だ。
今までは何も気にすることなく食べていたものだが、前世での素晴らしい食生活を思い出してしまった私にはこの世界の食事はとんでもなく味気ない。
というか、味付けが一切されていない。
これは研究が必要だ。
私は自分の欲望に正直な人間なのだ。
どうにか少しでも美味しい食事を生み出す研究をすることも私の冒険の目的リストに追加した。
「神様に能力をもらうにはどこかに行かなきゃいけないの?」
ポプのお粥もどきを食べ終わった私は母さんに尋ねる。
「普通であれば町の神殿や村の神像の前で能力を授かるのだけど、あなたを連れて行くわけにはいかないから……」
「セインが現れた岩に行けば良いのではないかと俺は考えてる」
なるほど。
「じゃあ、明後日はグアルタさんも一緒にピクニックだね」
熊さんと森の中を歩くのを想像するだけでうきうきだ。
この子供ボディを使ってめいいっぱいグアルタさんのもふもふボディを堪能するのだ。
母さんたちにまだ本調子ではないだろうからと再びベッドに戻るように言われ、おとなしく従う。
ベッドには戻るがさっきまで寝ていたので睡魔はやってこない。
暇つぶしに、以前読んだ本を引っ張り出してくる。
「サルージアの歴史書」と書かれた本の中に気になる記述があったのを思い出したのだ。
特別なサルージア
ある時、一人のサルージアが突然現れた。
そのサルージアは誰よりも知力が高かった。
その上、魔法を発動できるほどの魔力を持っていた。
その魔力を使って数々の魔道具を作り出した。
彼がサルージアを率いたことでサルージアの地位は向上した。
そのサルージアがいつどこで誕生したのかはわからない。
ある日突然現れ、そしてある日忽然と姿を消したのだ。
彼がいなくなったことで再びサルージアの地位が脅かされるかと思われた。
しかし、彼が番ったサルージアから魔力を持つ子供が生まれたことでその心配はなくなった。
彼がいなければ今もなおサルージアは搾取される種族だっただろう。
この記述を最初に読んだ時にはすごいサルージアがいたんだなぁくらいにしか思わなかったが、今考えるとヒューマニア、すなわち人間なのではないだろうか、と推測できる。
魔法が発動できるほどの魔力と今はもう作ることのできない魔道具をいくつも作り出すだなんて父さんたちから聞いたヒューマニアの特徴そのものだ。
突然現れたのは私と同じだろう。
しかし私とは異なり、大人の姿でこの世界に現れたようだ。
そして、忽然と姿を消した、というのは元の世界に戻れたということだろうか?
であれば私もこの世界から突然元の世界に戻るかもしれないということだろうか?
もう一つこの記述で気になるのが、子供が生まれた、という一文だ。
通常繁殖は同じ種族でしかできない。
馬とロバを掛け合わせたラバのように、ごく近縁の別種族を掛け合わせた繁殖が全く存在しないわけではないが、そうして誕生した個体には繁殖能力がないため、繁栄はしない。
この世界でも同様なのかは分からないが、サルージアと人間の間で子供ができる可能性は高くないだろうと思うし、生まれた子供がトラブルを持つ可能性がかなり高い。
それを考えると、記述されたサルージアが本当にサルージアなのか、あるいは私のようなヒューマニアなのか、はっきりとした答えが出せない。
サルージアの歴史書について考え込んでいたらそのまま寝落ちしてしまったらしい。
私は森から聞こえる鳥のような鳴き声に起こされた。
鳴き声の主はキャンタと呼ばれる見た目がリスのような魔獣だ。
獣人も魔獣も私から見れば毛がもふもふしていて可愛いのだが、そこには明確な違いがある。
意思の疎通ができるかどうかだ。
獣人はきちんと言葉を交わすことができるが魔獣はそうはいかない。
さながら前の世界の人間と動物だ。
私がこちらの世界の常識がない状態であればその違いに混乱したのだろうと予想する。
幸いにしてこういったところは今世での常識が強く影響しているらしく、魔獣と獣人の違いに混乱することはない。
「おはよう」
リビングにいる両親に挨拶をして朝食の席に着く。
今日もリットが朝ごはんだ。
リットは見た目リンゴ、味はオレンジというフルーツだ。
料理が発展していないこの世界では貴重な甘味であり、私もサルージアである両親も好んで食べている。
これを丸ごと齧るのが我が家の朝食の定番だ。
「今日の夜にはグアルタさん来るよね?」
「もしかするともう少し早く来るかもしれないと連絡があった」
「本当!?」
もともと会う人が両親かグアルタさんしかいなかった私は彼によくなつき、彼が我が家に滞在している間はずっと引っ付いていた。
グアルタさん自身も子供が好きなのか嫌がるそぶりなくいつも私を可愛がってくれていた。
そんなグアルタさんのことは純粋な5歳児であった時から大好きなのだ。
アラサー+5歳になってもそれは変わらない。
ちなみに父さんが言っていた連絡手段とはバブル時代のような大きな携帯電話の見た目をした魔道具だ。
魔力を注ぐことで携帯電話のように使うことはできるが、連絡が取れるのは登録されたペアの電話のみ。
見た目がハイテクな、糸のない糸電話だと私は思っている。
母さんの家事の手伝いをしたり、私の取り戻した記憶について話し合ったりしているうちに気が付けば日が傾いてきていた。
「グアルタが来たわ」
両親とリビングで薬草茶を飲んでいると母さんがそう言った。
ドアがノックされたわけではないし、グアルタさんの足音がするわけでもない。
「なんで分かるの?」
「境界線を誰かが超えると魔法陣を張った私には分かるのよ」
「私が境界線に近づこうとしたときにいつも母さんにばれるのもその魔法陣のせい?」
「それはまた別の魔法陣」
何個も魔法陣を発動しているうちの母さんはもしかしてすごい人なのではないだろうか……。
「おーい」
するとグアルタさんの声が玄関から聞こえた。
その声を聞いてどたばたと玄関に走っていった私は玄関でドアを開けて待っていたグアルタさんにそのまま飛びついた。
もふもふを堪能しようと思って抱き着いたのに洋服が邪魔で全然もふもふしてない・・・・。
グアルタさん登場!
ちなみにラバの話は本当です。
馬とロバのいいとこどりで生まれてくるので、現地では重宝されるらしいです。