お手伝い初日
きりの良いところまで、と思っているうちにいつもより長くなってしまいました。
「おぉ、これが噂のお手伝いさん?」
お店に入るなり、商品を見ることなく私に近づいてきたお客様。
私の目の前で視線を合わせるようにしゃがみ込む。
オオカミの獣人だろうか?
半袖半ズボンというラフな格好なので手足の灰色の毛が見える。
大きな耳は三角形に尖っていて、ちらりの見えた尻尾はかなりボリューミーだ。
サルージアである両親はニホンザルに近い種族なので尻尾はほぼないし、クマデートのグアルタさんも尻尾が小さいのかズボンの中に仕舞っていて見たことがない。
初めて見る立派な尻尾に私の視線は釘付けだ。
「買い物に来たんじゃねーのかよ」
「いやぁ、お前が店に手伝いを入れるってすんげぇ話題になってたからさ。今日は休み貰って覗きに来たってわけよ」
オオカミの獣人さんと思われる人物はどうやらグアルタさんと親交のある人のようだ。
「セイン、そいつの相手しててくれ。何かされたら大声出すんだぞ」
「うーわ、お前が他人の心配するとかやばっ! 誰だよ!」
それを聞いたグアルタさんはイラっとした顔を一瞬見せると、もう一人のお客様に対応するため歩いて行った。
「初めまして。今日からお手伝いをさせてもらってるセインと言います」
「おぉ。嬢ちゃんちゃんと挨拶出来て偉いねー。俺はウルフォーグのルークってんだ。よろしくね」
「ルークさんはグアルタさんとお友達なんですか?」
「友達って程可愛らしいもんじゃないけどね。昔馴染みだよ」
「そうなんですね。さっき仕事休んで来たって言ってましたけどどんなお仕事をされてるんですか?」
「俺は木工職人だよ。セインちゃんのための踏み台なんかをグアルタに依頼されて作ったんだ。良ければ今度覗きに来る?」
「今はグアルタさんのお手伝いがしっかりできるようになりたいので、そのうち是非お願いします」
「……お嬢ちゃん本当にしっかりしてんね」
何かに納得したような顔をするとルークさんは立ち上がりグアルタさんの方を見る。
「まだ接客中みたいだからこのまま帰るね。会えてよかったよ。これからよろしくね、セインちゃん」
「はい、是非またお立ち寄りください。お待ちしてます」
「本当にしっかりしてんねー」
ルークさんは笑いながらそう言ってお店を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、左右に揺れる尻尾にいつか触らせて欲しいなと願った私であった。
グアルタさんが接客していたお客様が帰ると、まず私は両親の薬の値段をそれぞれ確認した。
グアルタさん曰く、一番の人気商品であるらしいので、せめてこの薬の販売だけでも手伝えれば助けになるのではないかと考えたのだ。
結果は予想通りで、両親の薬のみを買いに来たお客様が結構いた。
最初の数回はグアルタさん監視のもと、その後は私だけでも対応して良いとの許可が出た。
両親が作った薬以外のことはまだ全く分からないのでそっちはグアルタさんにお願いする。
5歳を迎えたばかりの、見た目クマデートな私が2種類だけとは言えお金の計算をすることに不安を覚えるお客様も少なくはないが、そこは話術で任せてもらっても大丈夫ですよ、とアピールだ。
話し方のトーンや話す内容によって相手に抱かせるイメージをがらりと変えることができる。
今の私は【見た目は子供、頭脳は大人】を目標に接客中である。
皆様お帰りの頃には私のことを褒めてくれるので今のところ問題はなさそうだ。
「セイン、お疲れ様。昼飯にしよう」
午前中に数十人のお客様の接客を終え、お昼休憩に入る。
どうやら営業時間がちゃんと決まっているわけではないらしいのでグアルタさんの気分でお店を開けたり閉めたりできるのだそうだ。
なんとフリーダムなのか。
今日のお昼は外食に連れて行ってくれるそう。
この世界のお手伝い制度ではアルバイトのような形で手伝いに来てくれてる子供の分の食費はお店が負担するらしい。
基本は皆、色んな職業を体験する形なのでそいう子供は滅多にいないそうなのだが。
「いつもはお昼、どうしてるの?」
「外の屋台で適当に買って家で食べるか、食堂で食べるかだな」
「家では作らないの?」
「家で作っても外で食べても味が変わらねーなら作る労力が無駄だろ?」
なるほど。
料理らしい料理がないこの世界では食堂で食べようと家で食べようと口に入る物の味は変わらないのだ。
「じゃあ、今度から私が作ろうか? グアルタさんが魔石採って来てくれてる間にお肉を美味しく食べれる方法開発したんだ」
「おお。そりゃ良いな。そしたら帰りに調理道具買って帰るか」
「え、全く調理道具ないの?」
「おう。必要なかったからな」
ニカっと良い笑顔を見せてくれるグアルタさん。
この世界ではこれが普通なのだろうか……?
グアルタさんに連れてこられた食堂は時間帯のせいか人でごった返していた。
なんとか二人分の席は確保できたので初めは隣同士で座っていたのだが、大人サイズに作られた椅子とテーブルは私には高すぎた。
結果、
「グアルタさん、さすがにちょっと恥ずかしいよ」
「しょうがねーだろ。大人しくそこで食え」
グアルタさんの膝に抱っこされての食事となった。
解せぬ。
しかしながら、お店側にとって長居を続けるのは迷惑になるだろうから羞恥心を押し殺してグアルタさんの膝の上でささっと食事を終わらせた。
ちなみにグアルタさんは私を膝に抱えたまま、私の頭の上で問題なく食事をなさっておりました。
そしてそんな様子のグアルタさんを見て驚いた表情をしている人たちはきっとグアルタさんの知り合いなんだろう。
何故か誰も話しかけてはこなかったけど。
「ご馳走様でした」
「おう。そしたら肉焼くための道具買って帰るか」
食堂で食べたご飯はやっぱり焼いただけか煮ただけか、生かの食事で味付けはなかった。
グアルタさんが言うように家で食べても全く同じ味に出来上がる。
うーん、ペペをぜひとも広めたい。
ペペ以外にも美味しい食事を食べるためにできることがあるなら広めたい。
けど、はたしてそれは良いことなんだろうか?
今の食生活を崩すことによる、健康面への影響はないだろうか?
うーん。
悩ましい。
とりあえずはグアルタさんにだけ食べてもらうことにしよう。
その後鍛冶屋で調理道具をいくつか買って、軽く町を案内してもらってからグアルタさんの店に戻った。
鍛冶屋ではやっぱりグアルタさんが小さいクマデートの私を連れ歩いていること、調理道具を買いに来たことに大層驚かれた。
グアルタさんは「うるせー。さっさとしろ」と言ってささっと買い物を済ませていたけど。
お店に戻った後は道具の名前と使い方を一通り説明してもらってた上で、とりあえずは両親が作ったもの以外も含めた薬の値段から覚えることとなった。
薬はどうしても複数本同時に購入していくお客さんが多いので、その計算を私にお願いしたいのだそうだ。
午後は午前と比べると落ち着いていたので私は商品の勉強をしながらグアルタさんの様子を観察していた。
そうしているとあっという間に一日目が終わってしまった。
「セイン、帰るぞ」
「はーい」
特に持ち物はないのでグアルタさんに合わせてかなりのスピードで走っていく。
「セインが来てくれて助かった。なんとかやってはいたが、やっぱりどうにも計算は苦手でな。おかげで客を待たせる時間もかなり短くなったと思う」
「私でもお役に立てそうで良かった。これからもよろしくお願いします」
まだ一日しか手伝ってないのにいきなりの高評価に今後が心配になる。
上がった株をさらに上げるのは大変だが下がる時は一瞬なのだ。
そうこうしていると暗くなり切る前に家に着いた。
魔法陣で私たちが帰ってきていることを把握していたのであろう両親が玄関まで迎えに来てくれる。
「じゃあ、明日も迎えに来るから待ってろよ」
「ありがとう、グアルタさん。また明日」
「すまないな、グアルタ」
「丁度良い運動だ。気にすんな」
すぐに帰って行ったグアルタさんを見送り、両親と家へと入る。
「あのね、すっごく楽しかったよ‼」
両親と晩御飯を食べながらナペルのこと、グアルタさんの友達に会ったこと、お手伝いも今のところ上手くいってることを両親に報告しているとすっかり遅くなり、就寝時間となってしまった。
父さんたちに就寝の挨拶を済ませ、自室へと戻る。
今日は本当に楽しかった。
明日からも楽しみだ。
遠足から帰ってきたのに、明日も遠足に行くような気分で私は眠りについた。
第二章はさくっと終わらせられる気がしてきました!
(絶対そんなことはない)
しばらくはナペルでの生活を見守って下さい。
次回更新は2日後です。