煮メラ
「じゃあ、フェントを狩りに行ってくる。たぶん2週間もあれば戻ってこれるだろ」
そう言い残してグアルタさんは次の日旅立って行った。
2週間後の再会に向けて私はグアルタさんがいるところではできない作業を色々進めてしまおう、と決めた。
というわけで母さんたちが地下室で何やら作業をしている間に私も自室に籠って教授と色々研究を進めようと思う。
前回のクロルヘキシジンが成功したからと言って、他の薬も全部上手くいくとは限らないのだ。
あと、チボラも教授で確認しなければ。
自室に籠って数時間。
結論としては希望する薬は割と作れるし、この世界で再現するためのレシピも手に入った。
ただし、全てではない。
まだはっきりと作れる薬とそうでない薬の差は分からないのだが、今のところ作れはしたが再現レシピが分からなかったのがオクラシチニブと抗がん剤。
作ることすらできなかったのがGS-441524だった。
GS-441524に関しては納得している。
猫のFIPと呼ばれる病気に対する薬なのだが、まだ分からないことが多い薬だったからだ。
いくら魔法とはいえ何事にも限界はあるだろう。
オクラシチニブも比較的新しい薬だからなのか?
抗がん剤は危険性が高い薬だからなのか?
調べれば調べるほど分からないことが増えていく。
とりあえず抗生剤や抗真菌薬に関しては問題なく作れてレシピも手に入ったので良しとしよう。
そしてチボラに関して懸念していた、有機チオ硫酸化合物は入っていなかった。
まぁ獣人が暮らすこの世界で、彼らにとって害になるような物を日常的に食べることはないだろう。
チボラは玉ねぎ同様、活躍の場面が多く、食卓に上がることも多い。
ほとんどがBBQスタイルだが。
数時間も教授と遊んでいるとさすがに魔力が減ってきた。
グアルタさんに、魔力なしでも動けるようにしておけ、との宿題を出されているので外で体を動かしてこよう。
森の散策は好きだ。
森の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら歩くとすがすがしい気分になる。
前の世界での生活はコンクリートに囲まれた中、職場と自宅の往復ばかりしていた。
長期休暇を取るのも難しい仕事であるため中々行けなかったが、休みが取れた時には海外旅行に行くのが楽しみだった。
今思うともしかして寂しい人生だったのだろうか?
恋人もいない、旅行以外にこれといった趣味もない。
仲の良い友人や同僚はいたが、皆恋人がいたり結婚してたり子供がいたり、と充実した人生を送っていた。
両親を早くに亡くしてしまったこともあり、一人で生活するのが当たり前になっていたのだと思う。
給料が低いこと以外は人生にこれといった不満もなかった私も大概だったのだろうと思う。
一人で散策をしていたからだろうか、意味のないことを考えてしまった。
よし、いっぱいメラを持って帰って煮詰めてみよう!
砂糖はないけどそれでも美味しい気がする‼
そうと決めた私はメラの木を探して森の中をテンション高く歩いて行った。
大量のメラを収穫して帰った私は地下にいる母さんに許可をとり、薄く切ったメラを煮詰める作業をしている。
メラはリンゴのような味がする果物なので将来的にはアップルパイ、じゃなくてメラパイも作りたい。
今回作った煮メラはそのまま食べる分と、ポプに混ぜる分とに分ける予定だ。
これもまた試作品段階なのでまずは私の分だけ作ってみて後で父さんたちにも味見してもらおうと思う。
「良い匂いだな」
「本当、こんな匂い嗅いだことないわ」
と考えてのだが、どうやら両親が匂いに釣られて地下から上がってきたらしい。
「ふふふー。煮メラだよ」
「メラを煮たのか?」
「そう。こういう料理って他にもある?」
「どうだろう、王宮で出されていた料理もポプ以外を煮た物はなかった気がするが」
「そうね、ポプは煮ないと食べれないけどメラはそのままでも食べれるのにわざわざ煮ようと思わないわよね」
簡単な煮込み料理で一儲けできるかな?
いや、そのためにはやっぱり塩コショウの入手か……。
「煮込むとシャキシャキしてたのがふにゃってなって食感も変わるし、味もギュって濃縮されるから美味しいんだよー」
そう説明しながら薬草茶3人分用意し、煮メラの試食会を始める。
本当は私だけで最初に毒見をしようと思っていたのだがそうもいかないだろう。
「本当ね、これはこれで美味しいわ」
「よかった」
「メラがシャキシャキしてない……」
父さんは食感に戸惑っているようだ。
「普通のメラもあるけどそっち食べる?」
「いや、問題ない。ただ不思議なだけだ」
嘘ではないようで、皿に乗っていた煮メラは二人の手によりどんどん減っていく。
「美味しかったわ。ありがとう」
「喜んでもらえて良かった。水と一緒に煮込むだけだから母さんたちでも作れるよ」
「……お前は本当に違う世界から来たんだなって最近思うよ」
「どうしたの?」
父さんが真面目な顔で言い始めた。
「俺は今まで魔道具を通してしかヒューマニアを知らなかった。ヒューマニアが来る度に歴史が大きく動く、と王宮の文献に書かれてはいたがどいう意味かは分からなかった。けどお前がこうして今までの常識を覆しながら色々なことをやっているのを見て、こういう意味なのだな、と最近思うことが多い。お前は間違いなくヒューマニアだ。そんなお前の父親として過ごせることが嬉しいよ」
突然どうしたのだろう?
「ありがとう?」
「あぁ、すまない。5歳になってお前もとうとう家から出るのかと思うと感慨深くなってしまった」
「ううん。歴史が動くほどの何かができるとは思えないけど、私なりに、私のできることを精一杯やっていこうとは思ってるよ。それにグアルタさんのところにお手伝いに行くとはいえ、毎日家には帰ってくるのに」
「……そうだな」
小さく笑みを浮かべた父さんは残っていた薬草茶をグイっと飲み干すと地下室に戻っていった。
「セイン、何があっても私たちはあなたのことを愛しているから」
と言って母さんも地下室に向かっていった。
二人ともどうしたんだろう?
リットはリンゴの見た目でオレンジ味。
メラは味がリンゴで見た目はランブータン。ただししゃきしゃき。
気になる方はランブータン、調べてみてください。
自分で設定してるのに振り返らないと忘れてしまう…。




