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今日という日は

 最高な日だった。


 簡単なことだ。野崎 恵美子(のざき えみこ)、私は仕事を辞め(正確には休職)、仕事をしていたら絶対にできない美味しいお酒を昼間から外で飲んでるからだ。

 後輩達からは『結婚もせず、仕事に魂を売った』とまで言われた人事部で主任から係長に上がる予定だった38歳。


「なぁにが、魂を売ったよ。真摯に生きるために必死で、仕事もちゃんとしてるんだけでそんなこと言うならあんたら『男漁るために仕事してる』って言わせて欲しいわ」


 公園で酒を片手に一つのベンチを占領した女は小さく呟くように、ぼやいて呪いを吐く。

 ちょろっと飲んで、公園を見渡す。平日なのに誰もいない。居ないで助かることもある。だけど、少し悲しい。こんな姿見られたい訳じゃないが、子供を見て癒やされたかった。だから、真っ昼間から、酒を片手に公園にいるのだ。


 誰もいない公園で私は勤めていた仕事の事を思い出す。

 そもそも、私の務める人事課には、パワハラや人間関係における心身の不調を訴える人たちを、産業医や産業カウンセラーにまでつなげるメンタルヘルスに特化して関わる『人事部メンタルヘルス課』という少し特殊な部署がある。

 社員の愚痴吐きの場所でもあり、上司には話すことができない事や人間関係では、事実関係を確認して仲裁に入ることもある。

 誰にも話せない苦しい出来事で、『よく今日この仕事に来れた』と感心するほどの人もおり、その場合には、産業医が出てない日でも、すぐに帰宅させ心療内科にそのまま繋ぐこともある。そんな中、仕事をしている人達に、心底尊敬して、そんな仕事をさせてもらえる事を誇りに思っていた。


 そんな矢先、男女二人の新人が入り、新人研修を任せた後輩が根を上げた。そんな甘く育てたわけではない後輩だった。

 彼は強くは物を言わず、優しく丁寧に一つ一つ教えていく。ただし、使えないと思う一線を越えるとバッサリと切ってしまう。

 今回の女性新人は、新人とはいえ一線を越えてしまったらしい。男性の方はまだ見放されてないようだが、新人としてまとめて見て、さじを投げられてしまったという事だった。


 近藤 汐里(こんどう しおり)。今回問題となった女性だ。男性社員が相談に来れば真摯に対応した後に彼女はいないのかと迫り、興味がなければ、面談時間を取っているにも関わらず


『あなたの勘違いでは?』

『そんなことで来るんですか?弱すぎませんか?』

『考えがまとまってからまた来てくだはい』


 とのたまったそうだ。私が実際見たわけでも、彼女はそう言ったとは一言も言っていない。だが、相談者からのクレームが多かったのだ。


 もう一人の池崎 健人(いけざき けんと)は、真摯に取り組みすぎるがゆえに、相手の痛みを自分のように感じて、少しメンタル的に引っ張られる印象があったが、案の定、相談者から、『真剣に取り組んでくれて、嬉しい反面、あの人で大丈夫か不安になる』という声が多かった。仕事始めはそんなものだから、私自身この評価は今後の研修で変わって行くと思うが、問題は女の方だ。


 後輩の指導がうまく行かず、私に引き継いだ際に、まず面談を行った。

「貴女への…そうね、少し率直な意見が気持ちがいいという人もいれば、少し突き刺さる人が多かったみたい」

「はぁ」


 何を言ってるんだこいつはと言うような反応を返してきた。上司だとわかってるのかこの人は。


「少しニュアンスを変えたり、柔らかく伝えたりしてみることはできないかしら、不調を抱えて、やっとの思いで来る人も沢山いるから…どうかしら?」


 ニッコリと、優しくゆっくりと伝える。伝わるといいなと思い、反面伝わらなさそうとも思いながら。


「いや、私自身が変わるのはおかしいと思います。ここに相談に来る人がそもそもおかしいんだから、何を言っても話しても意味ないと思うんです。だから何ってことで悩みすぎですし、必要なら正々堂々言えば良くないですか? マニュアルに添えって言うならそう教えてくれないと困ります。」


 もはや絶句だった。マニュアル読ませてたはずなのに…。なぜこの子はこの人事のメンタルヘルス課に配属になったのか。今年一番の謎だ。


 もう一人の子には、できていることを評価し、自身をつけてもらうためにマインドフルネスを紹介するなどセルフケア研修を勧めた。


 近藤さんには、面談に入れないようにし、なるべく内部業務や面談の対応マニュアルの基礎からやり直していた中、事件が起きた。

 お手洗いに行くと化粧を直しに来たらしい女性軍団の女子トークが始まった。トイレから出られない。たまにはトイレサボりもいいかーと、少しストレッチをしてると


「てか、ホント野崎ババァうざい。」

「ちょっと仮にも上司でしょー」

「優しくとか知らないし、てか、弱い奴らが悪いじゃん。私の何が悪いかわかんない。てか、まだ研修で書類に戻ってんだけど、ほんと腹立つ。あんなんだから結婚も出来ないんだよ。仕事と結婚して、女として終わってるよね。まじ終わりじゃん。あんなんだけにはなりたくないわ」


 よぉく聞き馴染みのある新人の声がした。キャピキャピと、私にはない元気さと若々しいその軍団は2〜3分愚痴大会を始め、出ていった。


 その時点で『なるほど、人間関係で悩む人の気持ちが身に沁みて解った。仕事辞めたいけど、やめるの馬鹿らしくて悩むわこれ。』と、スンッとなんとも言えない気持ちになっていた。


 そんな当時を思い出しながらまた一口お酒を呑んだとき公園の入り口を

 ガラ、ジャリジャリ、コッと、様々音を立てたベビーカーと共に質素な格好をした、大きなボストンバッグを持つ女性が公園に入ってくる。随分暗い顔をしている。仕事病か、思わずすぐに表情に目が行った。顔を見分けるのは仕事柄慣れている。

 一つ隣のベンチに座って、ゆらりゆらりとベビーカーを揺らす。目は赤ちゃんを見ているようで見ていない、遠くを見ている印象だ。

 仕事を休んでる、気持ち的には辞めてるが、思わず心配になる。横目で見ながら、また酒をあおると、呑みきってしまったらしい。恨めしい目で缶を見ていると


「あ、の」

「…へぁ? どうしましたか?」


 隣の女性に声をかけられた。


「あの、どうしてもトイレに、行きたくて、その…荷物と赤ちゃん、連れていけないので、その、しばらく…預かってもらえませんか、 」

「えっ!流石に私連れて逃げたら困らない…?そんな事しないけど…」

「お財布、お財布は持っていきますから、バック大きすぎて、公園のトイレには入らなくて、」


 彼女はトイレに行きたいのか、目を合わせない。こんな酔っぱらいに何を頼んでるのか、ただ、こんな酔っぱらいは、この話に納得して


「汚れたりしてもやだし、すぐ戻るんだし良いですよ。赤ちゃん見ててもいいです?」

「!はい、もちろん、ありがとうございます、荷物ここに、では…」


 赤ちゃんの誘惑に負けて、預かる事を了承した。トイレに向かう彼女を横目に、赤ちゃんを見る。目を見開いて、不安そうな顔をするかと思えば、にへらっと笑った。


 あぁ、やはり子供はいい。

 やっぱり今日は、最高な日だ。


 しばらく、ゆらりゆらりとベビーカーを揺らすとキャッキャと、笑う子供がそこにいる。そして気がつく、母親である女性が帰ってこない。

 酔っていたから時間感覚がなかったが、ゆうに30分は経っている。いくら何でもおかしくないか…?


 倒れたなど心配になり、酔っ払った足で、転けないように荷物もベビーカーも持ってトイレに向かう。


 そこには誰もいなかった。


「へ」


 思わず気の抜けた声が出た。気が引けたが急いでベンチに戻り、ボストンバッグを開けてみるた。沢山の着替え、紙おむつや粉ミルクと母子手帳など一式入っていた。そして、紙切れが一番上に置いてあり一言だけあった


『しばらく預かってください。迎えに絶対行きます。だからよろしくお願いします。』


「しばらく…しばらく…預かるってそんな預かるだと誰が思うか!!!」

「…ふぇ…」


 大声を出したことで赤ちゃんが泣き始めてしまう。泣きやませなければと、私の中の母性が疼き抱き上げてトントンする。

 母とは違うだろうから嫌がるかと思えば、以外にもすんなり落ち着いた。そして、そのまま眠りにつてしまった。


 前言撤回だ。


「これ…どうしよう」


 38歳、知らない赤ちゃんを預かる事になった。酔いも一気に覚めた。この温もりは幸せだが、あぁ、なんとも今日という日は…



 最悪な日になった。



夢で見た話を書いています。よろしくお願いします。

仕事自体は分かってなかったりするので、その点は申し訳ありません。

誤字脱字があれば教えていただけると助かります

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