第五話 あちらとこちら
「わたし、話してみてもいい?」
「ラストを飾る末っ子ちゃん、お願いします」
「ありがとう。これはね、聞いた話なんだけど」
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ある人が眼科で、「コンタクトがずれる感じがする」と診てもらったんだって。
でも検査では異常なし。異物もない。
医者は「気のせいでしょう」で終わらせた。
だけど、本人にはずっと、“何かが視界にかぶさってる”感覚があった。
ある日、自宅で鏡の前に立って、自分で外そうとしたら、コンタクトの奥にもう一枚、何かがあった。
レンズの下にぴたっと張りついてた、薄い膜みたいなもの。
剥がすと、手に持っても見えないけど、冷たくて、ぬるっとしてて、形があった。
その日から、右目の視界が少し変わった。
視界の端で、人の背中の向こう、曲がり角の先、誰もいない場所に、何かが動いたように見える瞬間が増えた。
でも見たと思ったその一瞬、向こうもこっちを見ていた。
視界が合ったとき、ただ見えたんじゃない。
向こうからも見られていたって、はっきり分かったんだって。
だからその人、今も左目はそのままにしてる。
もう一枚ある気がするけど、外したら戻れない気がするって。
それが、あちらとこちらを分けてたものだったなら、今、自分がどっちにいるのか、分からなくなるかもしれないから。
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「……やだ、それめちゃくちゃ怖い……!」
「膜って、世界を分けてた“壁”だったんじゃん……」
「見えないから安全だったのかもね」
「うん。“あちら”から見られてなかっただけ、ってことかも」
「ふふ……わたしは、見えないままでいいかな」
5人目の話が終わる頃には、陽が落ち始めていて、少し肌寒くなっていた。
そろそろ解散の時刻。
「それにしても、久しぶりに集まれて楽しかったよね」
「わかる。またこうして集まりたいな~」
「うん。次は怖くない話は無しでいいかも」
「ほんとに?」
「ふふ、たぶん」