異世界永住決意
大事なことを思い出した。
時間だ。
もう3時間……いや4時間以上ゲームをやっている。
そろそろログアウトしなければさすがにやばい。
明日も仕事なのだ。
あまりにも臨場感あふれるゲームだったのでつい熱が入ってしまった。
時間を忘れて没頭してしまっていた。
俺は意識でシステムを呼び出してログアウトを選択。
瞬間、体の感覚がなくなった。
「うっ……お。戻って来たのか?」
VRゴーグルを外し、天井を見る。
ボロアパートの天井だ。
「夢みたいな時間だったな」
いや、ゲームバランスは悪い。延々2時間以上歩かされたり、いきなり魔物に食い殺されたりした。
でもゲーム内は臨場感たっぷりで、NPCたちも感情豊かで会話の内容も本物の人間と違いが見当たらない。
むしろ現実世界のほうがウソなんじゃないかと思うくらいだ。
PCのディスプレイに表示された時間を見て心臓がドキリと鳴った。
21時5分。
「え……」
俺がゲームを開始したのは21時くらいじゃなかったか?
慌ててスマホを取り出してもう一度確認。
スマートフォンの時計も21時5分だった。
「時間が……経ってない?」
バカな。ありえない。
どういうことだ?
俺はこのゲーム『アストラルアーク・フォルトゥナ』をブラウザで検索。
ヒットする記事はどれも数ヶ月以上前のもの。例のβテスト募集と開発中止の事件のことだ。
検索フィルターを1週間以内に絞ってみる。
ない。
見当たらない。
この1週間以内に新情報が出た形跡は……ない。
じゃあこのゲームはいったい。
俺は当選通知の紙に書かれたダウンロードURLをもう一度入力してみた。
『――404NotFound』
存在しない。
じゃあ今まで俺がやってたゲームは?
「もう一度……入ってみるか」
時間を確認。
21時10分。
俺は震える指でVRゴーグルを装着し、ゲームを起動する。
ワールド1。ちゃんとある。
そしてログイン。
全身の感覚がゲーム世界へと移行し、俺は夜のエヌ村に戻ってきた。
「では、こちらへ」
目の前にはさっきのミラという女性。
俺は違和感を感じる。
俺がログアウトしてる間、彼女はずっと目の前にいたはずだ。
この人は俺が消えてなんとも思わなかったのだろうか?
「あの……」
「はい?」
「俺、今どんな感じでした?」
「どう、とは?」
首を傾げられる。
「いや、しばらくいなくなってたりとかしました?」
「ええ。あの時は、魔物が逃げて、そこには誰の姿もありませんでした。私はてっきりあなたが魔物に食べられたのだと……」
「いえそのことではなく、今です。今俺はあなたの前にいます。ずっといましたか?」
「え? ええ」
おかしなことを聞かれたという顔のミラ。
つまり俺は一瞬のタイムラグもなく、ずっと彼女の前にいたことになる。
時間が……止まっていた?
MMORPGなのに?
他のプレイヤーも遊んでいるんじゃないのか?
「すみません、変なことを聞きました。じゃあお言葉に甘えて今日は泊めてください」
「はい」
ミラの後ろについて歩く。
そして家へと入れてもらった。
燭台のろうそくに照らされるテーブルの上には、一振りの剣が置かれていた。
「うっ……うぅっ……」
その抜き身の刀身に手を当てて、嗚咽をもらすミラ。
きっとそれはジャンの持ち物だったのだろう。
「その、旦那さんのことは……」
「大丈夫……です。村ではよく、あること……ですから」
「そうですか」
ミラの様子は見てるこちらのほうが胸をつまらせるようなもので、とても演技や作り物ではない、深い悲しみが感じられた。
そしてミラは思い出話を語ってくれた。
ミラとグレッグとジャンの、暖かい思い出話だった。
しかしそのジャンはもういない。
話終えたミラは涙を服のそでで拭って、俺を見た。
「なぜそんな話を俺に?」
「分かりません。ですがなんとなく……命の恩人のあなたに、知って欲しかったのかもしれません」
俺がダークフォレストウルフを撃退したことでシナリオが変化したのか?
もしあの時見て見ぬふりをしていたら、村人たちの会話内容はどうなっていたのだろうか。
俺の胸に小さな疑問が生まれる。
これは本当にゲームなのだろうか?
現在世界では完全な自我を持つ人工知能は開発されていない。
プログラミングされた会話パターンから最適な物を選んで話す程度だ。
だがこのゲームの登場人物たちはどれもその次元を超えているような気がする。
ゲームの容量は何ギガバイトだったか。
一般PCに収まる程度のプログラムでこんなに複雑なゲームが作れるのだろうか。
しかも誰もが夢に見た五感没入型VRゲーム。
気になった俺はもう一度ログアウトすることにした。
未だ悲しみに暮れるミラを横目に見つつシステムを呼び出す。メニューからログアウトを選択。
現実世界へと戻る。
時間を確認。
21時10分。
やはり、止まっていた。
俺は一度VRゴーグルを取って息を吐く。
ゲームをしている間、現実世界の時間は止まるらしい。
そして現実世界にいる間、ゲームの時間も止まる。
この時点でこれがMMORPGだという可能性はかなり低くなる。
なぜなら他のプレイヤーがいるならば、俺がログアウトしている間もゲーム内で活動しているはずだからだ。
俺がログアウトしたら彼らの時間まで止まるのはどう考えてもおかしい。
しかし時間が止まるというのは素直に考えれば、これはおいしい話なのではないだろうか?
だってこれ……時間を気にせず遊べるってことだろ?
まだ気になることがある。
現実世界でもゲーム内でもちょうど夜だ。
もしゲーム内で眠ったらどうなるだろう。
現実世界の時間は進まないとして、疲れや眠気はちゃんと取れるのだろうか?
もし取れるならゲーム内で眠るだけで、現実世界では睡眠いらず?
現実世界で時間が進まないのならずっとゲームをしていてもいいくらいだ。
たしかに不気味さもある。
こんなゲーム、間違いなく普通じゃない。
このゲームの事を世の中に公表すべきなんじゃないかとも思う。
だが人に言っても信じてもらえるとは思えない。
それにもしどこかの研究者にPCを取り上げられたりしたら、俺は二度とこのゲームで遊ぶことはできなくなってしまう。
俺の脳裏に現実世界でのいやな上司の顔が浮かぶ。
選択肢は決まってる。
俺はずっとゲームをする。
俺はもう二度と戻らないつもりでゲームにログインした。
ここまで読んでいただけた皆様に、心よりの感謝を!
もしちょっとでも面白いなって思っていただけましたら
↓↓↓↓↓にある[☆☆☆☆☆]から評価、そしてブックマークをお願いします
作者のモチベに繋がります!めちゃくちゃうれしいです!
本当にありがとうございます!