終幕、幸せな日々へ
「いよいよだな。十分気をつけて行こう」
いよいよ次が50階層。ボス部屋である。
ちなみに、この階層のボスの情報は、ない。
以前40階層を突破したというパーティーも、50階層にはチャレンジしなかったらしい。
40階層帯をクリアした今ならその理由が分かる。
モンスターの強さ、部屋数の多さ複雑さは言うに及ばず、一番重要なのはあの魔法品の量だ。
あんな宝の山を前にすれば誰だってそれを持ち帰りたくなる。
冒険者を引き寄せるのが宝なら、引き返させるのも宝なのだ。
「どんなボスが相手だって、私、負ける気がしないもの。今なら私、天だって斬って見せるわ。今の私は無敵なの」
「たしかウルバン流の奥義に割地斬天という技がありましたね」
サラが持ち前の知識で解説するが、今はそんなことは問題じゃない。
なんだろう、エリナは最初に出会った頃の前のめりな感じに戻っている。
放っておいたら勝手に一人で飛び出しかねない危うさを感じるのだ。
一応、クギを刺しておくか。
「エリナ、やる気があるのはいいことだけど、冷静にな。状況を正しく判断して立ち回るんだ。勝てないと判断した場合は退く。それは約束してくれ」
「大丈夫。私、サーティの言うことは絶対守るもの」
意外としっかりした返事が返ってきた。
「そうか」
サラが笑ってこんなことを言ってきた。
「大丈夫ですよマスター。お嬢様は今、間違いなく過去最高の状態です。今なら120%……いえ、200%の力を発揮できるでしょう。そしてそれは……間違いなくマスターのせいです」
サラがここまで自信に満ちて言うのなら問題はないだろう。
まあ、俺は絶対に油断はしない。
危ないと判断したらすぐに指示を出すことに変わりはないのだから。
「分かった。よし、全体能力強化をかけるぞ」
50階層のボスは人型だった。
一言で言うなら天使。
顔が三つもある天使だ。
大きさは3メートルほどで、空中に浮いていた。
手に剣と杖を持っている。
「大きさはそれほどでもないけど、何をしてくるか分からないってのは厄介だな」
天使は俺たちを見ている。待ち構えているのか?
「なにこれ……熱い」
エリナが言うまでもない。
熱い。
攻撃か?
しかしどこから……。
「敵、確認。応戦」
護神兵ちゃんが現れて剣を振るう。
一瞬、涼しい風が流れる。
おそらく【魔術返し】を使ったのだ。
【魔術返し】で涼しくなる……つまり。
分かった。これは魔術だ。
俺はすぐに【吹雪】を詠唱。
1、2、3、4、5
すぐに氷雪が辺りに吹き荒れ始める。
しかし寒くない。
「不思議ね。なんで寒くないのかしら?」
「魔術が拮抗しているんだ。やつが使ってるのはただの炎系魔術じゃない。温度操作だ。今のうちに畳みかけるぞ」
「了解!」
キィィ――――ン!
エリナが【音速剣】を振るう。
「オオオオオオオオオッ!」
天使が吠えた。
三つある顔のうち、中央の顔がきれいに真ん中から斬られていた。
「すごい精度だな」
「言ったでしょ。今日は調子いいのよ」
天使が手にした杖を振るう。
突如現れた炎の塊が4つ、迫る。
「遅いわ」
エリナは余裕の見切りで炎を避ける。
俺たちの誰にも当たらない。
天使が剣を振るう。
ドバアアアアアアアアアアアッ!
地面に亀裂が走る。
これも同時に4つだ。
どうやらこの天使は魔術と物理の両方の技を、同時に4つずつ放つことができるらしい。
どれもまともには受けられないレベルの威力だ。
が。
「やあああっ!」
「はあああっ!」
「おおっ」
エリナとサラ、そして俺の技が同時に命中。
ズバアアアァァァァァァァッ!
天使は体がバラバラになって沈黙した。
「ふう、やったわね」
エリナは軽く額の汗を拭って笑う。
サラが剣を鞘に収めながら言った。
「40階層のドラゴンとは比べ物にならないほど格上の強敵です。本来なら魔術と斬撃の4連撃、かわすのは難しいでしょう。それに受けきれる威力でもありませんでした。さらにあの部屋全体に影響する魔術。マスターの魔術がなければ部屋の温度は上がり続け、今頃我々は蒸し焼き……いいえ、鉄板の上のステーキにされていたでしょう。普通なら部屋があんな状態ではまともに戦えません。マスターの力、対応力が異常すぎるのです」
サラの分析にエリナもしきりにうなずいていた。
「そうね。サーティがいなかったら私たち……」
「ええ、確実に死んでいました」
「いや……」
さすがにそこまでは、と言いかけて思いとどまる。
戦いに緊張感を持って臨むのは重要だ。
硬くなりすぎてもいけないが、油断はもっとまずい。
ならここは気を緩めるようなことは言わないほうがいいか。
「ここから先はすべてが未知の場所、未知の敵だからな。心して臨まなければいけない。でも今の戦いはみんなの力あっての勝利だ。それだけはちゃんと分かってくれよ」
「うん!」
「もちろんです、マスター」
俺としては、もっともっと確実に勝たなければいけない、という気がしている。
今回は危なげなく勝てたが、次もそうとは限らない。
雑魚狩りで着実にレベリングをし、危なげなく勝つ。そうしなければいけない。
なぜなら勝負の賭け金はエリナとサラの、命なのだから。
「敵、確認。応戦」
無機質な護神兵ちゃんの声と同時に俺は【体感時間遅延】と【身体能力強化】を発動し、振り返っていた。
見た。
無傷の天使が俺たちの背後に出現し、剣を振り上げているところだ。
だが俺は護神兵ちゃんが剣を振るった先を見ていた。
宙に浮かぶ天使ではない。その下を薙いだ剣を。
「斬鉄剣」
ピシャアアアアアァァァァン!!
雷帝の剣の雷が走る。
手ごたえあり。
無傷で復活した天使の下。
何もない空間から血しぶきが上がった。
姿を現したのは黒いローブに身を包んだモンスターだった。
「魔術師系モンスターか。こいつがこの天使を呼び出して操っていたんだ。本体は姿を消していたんだな」
「今の天使、無傷だったわね。あんなのと2回も3回も戦っていたら……」
エリナは若干顔色を青くしていた。
サラも真剣な顔でうなずく。
「マスターのおかげです。あの天使が召喚されたものだった以上、無限に襲ってきた可能性があります。本体を見つけられなければ全滅は免れなかったでしょう」
「護神兵ちゃんの剣の先を見ていただけだ」
正直俺だけだったら見破れなかったかもしれない。
勝ったと思ったその瞬間が一番危ない。一瞬先に底なしの穴が口を開けている可能性がある。
ダンジョン探索とは死と隣り合わせの冒険だ。
もっともっとレベルを上げなければいけない。
幸いここまでの魔法品の中には、レベリングに使えそうな物もいくつかあった。
40階層帯でのレベル上げ、できそうだな。
「さてと……じゃあお楽しみの魔法品だな。この階は2つか」
『聖域の女神像――設置した部屋の魔物排除、魔物侵入不可、ボス部屋に効果なし』
「どうしましたマスター?」
「どんな効果だったの?」
「これは凄いぞ。ボス部屋以外、どこでも安全部屋にできる」
「えっ!? それって……」
「ああ! 泊りの場合、夜間の見張りを立てる必要がなくなるらしい」
戦闘用アイテムより、むしろこういう便利系の魔法品のほうがよっぽど必要だ。
これは凄まじいアイテムだ。
「これで三人で寝れますね、マスター」
「当たり前だが、くっついては寝ないからな? もちろんテントは十分な大きさの物を用意しておく。……っと、こっちも凄いぞ」
『帰還の腕輪――スキル【ダンジョン脱出】使用可能、使用制限なし』
「脱出用アイテムだ」
「わあっ!」
喜ぶエリナ。
当然だ。
もし帰りの行軍の必要がなくなるのなら、ダンジョン探索効率は2倍に跳ね上がったようなものだ。
「それは……本当ですか!?」
サラも食いついてきた。
「ああ。お前も見たことがないアイテムか?」
「ええ。どちらも聞いたことがありません。これはダンジョン探索の革命ですよ。でもどうやって使うんですか?」
「たぶん詠唱だな。俺でないと使えない系のアイテムだ……あっ!」
しまった。
つい口走ってしまったその瞬間。
「サーティ……」
「マスター……」
二人がキラキラした眼差しで俺を見つめていた。
まいったな。
「じゃあ今日はここらで帰還しよう。ほら、手出せ」
俺は二人と手を繋いで詠唱を開始。
地上に帰還したのだった。
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俺たちの50階層踏破の報は、冒険者ギルドを震撼させた。
「え? 50階層を!? マジかよ信じられねえ!」
「やっぱりサーティさんだ。この間Sランク冒険者になった。あの人ならやってくれるって思ってたぜ!」
「前回50階層到達したのはどのパーティーだっけ?」
「いや俺は知らねえ。お前は?」
「俺も知らん。ドラゴンを倒したやつはいたが……」
フロアでくつろぐ冒険者たちは口々に俺たちのことを話題にし、盛り上がっていた。
ドラゴンの時は取り囲まれて質問攻めに遭ったりもした。
けど今、彼らは俺たちを遠巻きに見るだけで近づいてこようとはしない。
50階層のボスだった三顔の天使使いの死体は換金できないそうだ。
牙や爪を持たないモンスター、単純にドラゴンほど素材としての価値がないことがまず一つと、もう一つは前例がないため。相場がないのだ。
一度アルシャンの町の学術院に運ばれ、それから王都へ移送されるらしい。
換金こそできないものの、報奨金は国王から贈られるだろうという話だった。
「しかし、少し意外だな」
「何がですか、マスター」
フロアの喧騒を見ながら俺は言った。
「俺は別に凄いことをしているという実感はあまりないんだけどさ、みんながこうして騒ぐってことは、それなりのことってわけだろ?」
「何をいっているのですか。マスターはもう国でも指折りの、いえ、大陸広しといえどもマスターほどの冒険者はいません。そういう存在になったのですよ」
「そうよ。私なんかサーティにくっついているだけだもの。サーティは本当に、神話の英雄以上の存在なのよ」
エリナまでそんなことを言う。
「いやだからさ、そんな過剰な評価を短期間で受ければ、当然、いい顔をしない奴だって出てくるはずだろう? でも見ろよ。そんな妬みみたいな表情を浮かべてるやつはいない。それが不思議なんだ」
サラとエリナがなぜか顔を見合わせた。
そして、二人してため息を吐いてしまった。
「え? おい?」
「……マスターは本当に。私たちがこれだけ言葉を尽くしてもご理解いただけないのですね」
「あのね、サーティ。普通そんな嫉妬だとかの気持ちは、自分の手の届きそうな相手にしかしないものなのよ? つまりサーティは、そんなつまらない嫉妬をされるよりはるか上、あの人たちよりずっと、雲の上に行ってしまったってことなの。もちろん私にとってもそう。ねえ、師匠?」
「その通りです。マスターはもはや生ける伝説なのですよ」
やれやれ。さすがに言いすぎだ。
だがもちろん俺だって言われっぱなしじゃない。
「サラ、お前だってみんなの羨望の対象だろう? 炎の天使がアルシャン冒険者ギルドで活動を始めたって、最初、えらい騒ぎになったじゃないか? なあエリナ」
「そうね。まさか師匠があんな有名人だったなんて。ただのお父様の知り合いくらいにしか思ってなかったのに」
サラはにこりと笑う。
「そんな私も今ではサーティ二剣の、一の剣なんて呼ばれていますけどね」
「私はサーティの二の剣。ふふっ、なんだか照れるわね」
「それを言うなら順番的にはエリナが一の剣じゃないとおかしいんだけどな」
まあ勝手に呼ばれている世間の呼び名をいちいち訂正して回るつもりはないが。
それに、世間にどう呼ばれていたって関係ない。
俺たちは三人で冒険できればそれでいい。
ダンジョン帰還と自由キャンプという2大便利魔法品を手に入れたからには、ダンジョン攻略のスピードはさらに進むだろう。
50階層から先の地図は存在しないが、俺たちなら進んでいけるはずだ。
「ねえサーティ」
「なんだ?」
「好きよ。愛してる」
「えっ!? おい……」
思わずサラを見る。
あの時はサラは寝ていたからよかったものの、こんな場所で堂々と言うなんて。
今のは絶対、周りの冒険者にも聞かれてる。
しかし、サラはにこやかに笑うだけ。
「よかったですね、お嬢様」
「ありがと、師匠」
エリナはにっこりとサラに笑みを返す。
もしかしたらサラはエリナの気持ちに気付いていて、俺とくっつけようとしていたのかも……なんて思うのは考え過ぎだろうか?
周囲の冒険者たちが、ひやかしの口笛を吹いている。
が、俺は少しも慌てない。
50階層でエリナが言っていた言葉の意味が、今なら分かる。
たとえここにいる冒険者たち全員どころか、町中の人々から注目されたって構わない。
ひやかしなんて、まるで小鳥のさえずりだ。何も感じない。
今なら俺は、なんだってできる。
「エリナ」
エリナの肩を掴んで、こっちを向かせる。
「サーティ……」
エリナは瞳を潤ませて、期待するような表情で俺を見ている。
少しも嫌がるそぶりを見せず、ただ俺だけを見つめている。
俺は、冒険者ギルドの1階フロア、衆人環視の下――。
エリナとキスをした。
おわり。
今までお付き合いいただきありがとうございました!
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もしよければ新作の追放ざまぁ物も読んでいただければ幸いです
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『肉壁として勇者パーティーに使い捨てられた俺の【魔法耐性】が万能チートスキル【吸魔】に進化したので元魔王の少女と理想の楽園を建国する。――勇者よ、我が国にお前の居場所はない』
2話目からすぐに最強化&ハッピーライフが続く構成となっております
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