告白、結ばれる二人
「おはようございます、マスター」
サラは徹夜の疲れも見せずににこりと笑う。
「ああ、おはよう」
「エリナお嬢様も、おはようございます」
「はふぁぁぁぁぁ……おひゃよぉ……」
エリナは眠い目をこすりながらテントから出てくる。
正直昨日はあまり眠れなかった。
エリナを意識しすぎてしまったのだ。
もしかしたらエリナも同じなのかもしれない、と思うのは自意識過剰だろうか。
「夜の間に異変が起こることはありませんでした。どうやらこの部屋は安全と考えてもよさそうですね」
「本当にお疲れ様。朝飯にするが、食べてから寝るか?」
「いえ、私はこのまま……」
サラはずっと徹夜だ。表面上は平気を装っていても、眠気は限界だろう。
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい師匠」
アイテム欄から荷物箱を出す。
そこからさらに食料を取り出し、朝食の用意をする。
ハムとチーズとパン。それと紅茶だ。
火も水も魔術で用意できるので、この世界でのサバイバルは本当に楽なもんだ。
紅茶は鍋で沸かした湯に濾し網で入れた。
さすがにティーセットを持ってきてはいなかった。まあたぶん大丈夫だ。
ダンジョンに紅茶は合わないとは分かっていたが、エリナが好きだろうと思って用意しておいたものだ。
荷物箱をイス代わりにしてエリナと並んで座る。
「ん、おいしい」
「本当か? エリナなら家でプロが入れたもっといいお茶を飲んでるだろ?」
「ふふ、サーティが入れてくれたんだもの。メイドが入れたお茶なんて比べ物にならないわ」
うーん、うれしいことを言ってくれる。
それにこのエリナの座り姿。
めちゃくちゃ紅茶が似合うんだよなエリナって。
領主の娘だから当然と言えば当然なんだけど。
食事を終えた俺たちは、やはり紅茶のカップだけを手に、並んで座っている。
サラが目を覚ますまでの間、時間を潰さなければならない。
とりあえず会話だ。
「エリナ、お前、言ってたよな」
エリナは穏やかな微笑みを浮かべて俺を見る。
「幸せだってさ」
「うん」
エリナの視線がテントへと動く。
昨日うっかりサラのことを忘れて口にした内容を思い出しているらしい。
大丈夫、サラは徹夜だ。絶対に寝ている。
「あれさ、俺もだよ」
「えっ!?」
物凄く、驚いた顔をされてしまう。
「なんだ、俺は楽しそうに見えなかったか?」
「ううん、そんなことはないけど。魔法品を調べている時のサーティはすごくうきうきしてたし。でも、普段はダンジョン内だといつも、なんていうのか……心配してそうな。気を抜いてないような顔をしてるもの」
バレてたか。
いつ何があってもエリナを守る。そういう気負いが顔に出てしまっていたのかもしれないな。
「楽しいんだよ、俺も。幸せなんだ。それは、エリナといっしょに冒険しているからだ」
「……っ!!」
エリナの顔が、驚いた形のまま固まる。
そしてその瞳から大粒の涙が、次から次へとあふれ出す。
「お、おい。なんで泣くんだ」
「だって……うれしいの。サーティも私と同じように、思ってくれてたなんて……うっ、ぅぅ……」
「好きだ、エリナ」
その言葉は自然と口からすべり出た。
「私も……好き。大好き」
ガバッ!
エリナが俺に抱き着いてくる。
「うああああぁぁぁぁ……。好き! 好きぃっ! あああぁあぁあぁぁっ! 私、サーティのこと。あなたのこと。大好きなのっ! うああぁぁぁーーっ!!」
俺の背中に手を回してしがみつき、号泣するエリナ。
俺はエリナの頭を胸に抱いて、ゆっくりとなでてやる。
「好きっ! ずっと好きっ! 好き好き好き好き! あああっ! うれしいっ! 幸せ! 夢みたい!」
「幸せ、は昨日も言ってたな?」
「ううん! 全然! 昨日なんかより今のほうが、100倍! 1000倍! もっともっと幸せなの! 私、今、世界で一番幸せ!」
「エリナ」
俺はエリナの顔に手をかけて、上を向かせる。
涙でぐしゃぐしゃになったエリナの顔は、笑顔だった。
その唇を奪う。
「んんっ!」
エリナは一瞬驚いたように体を震わせて、すぐに力を抜いて身を任せてきた。
俺はエリナと唇を重ねたまま背中に手を回し、抱き寄せる。
そしてたっぷりキスを味わって、離した。
「ぁぁぁ……サーティ……」
とろんとした顔で、俺を見つめ続けるエリナ。
ずっと見ていても飽きない。
俺とエリナは再び唇を重ねた。
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「ううう、おはようござい、ま、す?」
頭を押さえながらテントを出てきたサラは、俺たちを見て固まった。
目を見開いてぽかんと口を開けたその表情は、俺が初めて見るほどのサラの驚き顔だった。
「んふふー♪」
「ああ、サラ、おはよう」
「んふふふふー♪」
「あの、マスター?」
「んふふふふふー♪」
「ちゃんと寝れたか?」
「んふふふふふふふー♪」
「ええ、睡眠は取れました。しかしこれ……は……」
「んふふふふふふふふふふー♪」
先ほどからずっと、人間の言葉を忘れてしまったかのようなエリナは、俺の腕を抱えて離さない。
ずっと俺にべったりくっついて、頬を擦りつけているのだ。
「あの、マスター。ひとつ聞いてもいいでしょうか?」
「ダメだ」
「お嬢様に……何を?」
むしろ逆に、何を言ったら信じてくれるのか。それが問題だった。
告白しただけ。キスをしただけ。
たぶん信じてくれないと思う。
だって、それだけでこうなるか?
いや一度も女の子と付き合ったことなんてないけど。それでもエリナのこの状態はさすがに……。
「マスター、ひとつ提案させてください」
「なんだ?」
「次からは、私もいっしょに寝ます」
「いやおかしいだろ」
変態かな?
テントには、三人で寝れるスペースはない。無理矢理入ったらどうなるかは考えるまでもない。
「そうですか? しかし、大丈夫でしょうか……」
サラは真面目を通り越して深刻な顔。
「何がだ?」
「私がすぐ横に立っているのですよ?」
ああようやく分かった。
こいつの言っている意味が。
「見張りに立つのは俺だ」
というかなぜサラは、こんな状態のエリナと俺がいっしょに寝る前提で話を進めているのだろうか。
もしエリナと二人きりで寝るようなことがあれば、俺は自分を抑えられる自信がまったくない。
そしてサラが今言っていた心配もそういうことというわけだ。
「お前さ」
「はい」
「俺はたしかにエリナしか見えていないが、お前は無防備すぎる」
サラは自分だけはそういった目で見られることはないという前提で話をするクセがあるのだ。
それはよくない。
「えっ!? サーティ、今、私しか見えていないって……んふふふふふふー♪」
ああしまった。エリナがまたダメな感じになってしまった。
次はボス階なのだが、大丈夫だろうか?
「んふふふふふふふふー♪」
未だ言語を忘れたままのエリナの頭をなでながら、そんなことを考えていた。




