レベル大幅上昇、ファンクラブが作られサインを求められる
エドワードはエリナが冒険者を続けることを許可しただけで、家を出て一人暮らしすることまでは考えていなかったはずだ。
しかし、何も言って来なかった。
ようやく子離れできた、ということだろうか。
俺はサラがどれくらい腕が立つのか確かめるために、ダンジョンに潜った。
模擬戦では護神兵ちゃんが一撃でやってしまったので、彼女の実力は未知数だったのだ。
20階層帯での、レベリングも兼ねた狩りだ。
正直、強かった。
まずスピードだ。
霊剣流の達人級だというのにファリス流の剣士並み、いや、それ以上のスピードを持っている。
エリナに音速剣を教えたくらいなのだから当然だろう。
そして霊剣流の技も見せてもらった。
ガスト、という気体で構成された体を持つ魔物がいる。
ガストは剣や打撃がほとんど通らない厄介な魔物だ。
通常は雷帝の剣のような属性武器、または魔術で対応しなければならない。
しかしサラはそのガストを、斬った。
あっさりと、普通に。
斬れないものを斬るのが霊剣流、とサラは言っていた。
ゴースト系の敵も斬れるらしい。
お化け退治の霊能者としてもやっていけそうだ。
次は護神兵ちゃんだ。
どうやらファリス流の音速剣、ウルバン流の斬鉄剣、それに流派不明の返し技を使うようだ。
サラが倒されたのもその返し技。
俺のスキルにある【返しの構え】の一つ先、【刃返し】と【魔術返し】だ。
【刃返し】は物理攻撃に対するカウンター、【魔術返し】はなんと魔術に対するカウンターだ。
護神兵ちゃんはアイスリザードのブレスをこの【魔術返し】で受け流していたのだが、【ブレス返し】という技はスキルリストになかったので、【魔術返し】でブレスも受け流せるのだろうと理解したのだ。
俺も【返しの構え】を使ったことはあるが、何も起きなかったのでハズレスキルだと決めつけて派生スキルについてはノータッチだった。
しかし護神兵ちゃんの戦いを見て考えを改めた。その先を取って初めて機能するスキルだったというわけだ。
護神兵ちゃんの反撃は容赦ない。
大抵は一撃で相手は真っ二つになる。
なぜ模擬戦の時サラがそうならなかったかというと、どうやら相手の殺意の強さによって自動応戦の強度も違うらしい。
サラは俺を殺すどころか痛めつけようとすら思っていなかったので、あの程度で済んだというわけだ。
27階層は部屋数が82あり、罠部屋がない。
しらみつぶしに狩って周れば、最初の部屋に戻るころには敵が沸いている。
雑魚狩りに最適だ。
俺たちは全部屋を周るように巡回してとにかく倒しまくった。
結果、その日の狩りでレベルが4上がった。
しかし俺のレベルよりも、エリナが経験を積んでくれているようでよかった。
エリナやサラにはレベルという概念は存在しないが、実戦経験は確実にエリナを冒険者として成長させている。
魔法品も手に入ったがその日はハズレだった。
魔法品は露店や商店に売る他、冒険者ギルドでも引き取ってくれた。
相場は外より安いが手間がかからず便利で助かる。
俺たちはこの調子で毎日狩りを続けた。
――そして、一週間が経った。
俺はレベル50になっていた。
いつものように証明札を受付カウンターに持っていくと、こんなことを言われた。
「少々お待ちください」
そして奥へと引っ込んでしまう。
何事かとエリナたちと顔を見合わせていたら、戻ってきた受付嬢は笑顔で言った。
「はい、こちらがドラゴン売却の代金、その一部です」
ドチャン。
受付カウンターに置かれた革袋には、金貨がぎっしり詰まっていた。
「早いですね。まさかもう売れたってわけじゃないですよね?」
受付嬢は慌てたように手を振る。
「あ、いえ。エンシェントドラゴンの売却は数年単位の大取引になります。各部位を細かく分けて最終的に数百の商人が関わりますし、簡単にはお金には替わりません」
「じゃあこのお金は」
「契約書の通りですね。当ギルドがいったんサーティ様から買い上げた代金の一部です。一度に全額、というわけにはいきませんので、年度ごとにお渡しできる上限額が決まっています。今日まで時間がかかってしまったのは、まあ手続き上の問題でして」
まあ金額が金額だ。
特に気にはしない。
「ちなみに、俺に支払う金額の何倍の値段で売る予定なんですか?」
「ご想像にお任せします」
「ですよね」
ようはギルドもぼろ儲けってことだ。
俺個人でドラゴンなんて売れないのだから、いくら棒引きされたって構わないが。
まあこれだけあれば向こう数年の生活費には困らないだろう。
これからは俺が、エリナとサラを養わなければならないのだから。
「ちなみに、またドラゴンを持ってきたら……」
「そ、それだけはやめてください。ギルドが潰れます。あのドラゴンの価値は希少性もあってのもの。ポンポン入荷されたら大損ですぅ」
「分かりました」
まあアイテム枠20スロットも埋まるドラゴンをそう何度も運ぶつもりはない。
俺は金貨の詰まった革袋をアイテム化して消した。
「はわぁぁ。いつ見ても凄いですねぇ、その魔術」
「ははは、それじゃあ」
「あっ、ちょっと待ってください!」
受付嬢に呼び止められる。
「ん、なんですか?」
「いやー、あの。えっとですね。こんなことを言うと職務怠慢と言われるかもしれないんですが」
なんだか言いにくそうだ。
「デートの誘い、とかじゃないわよね」
エリナがぴしゃりと言う。
俺はSランクに上がってからというもの、女性に声をかけられることが多くなった。
ただ歩いているだけで黄色い声援を投げられ、握手を求められる。
「応援してます!」とか「がんばってください!」とか。
正直、迷惑極まりなかった。
エリナが不機嫌になるからだ。
もちろんエリナは俺に直接不満をぶつけるようなことはしない。
だが、狩りでの戦い方が荒っぽくなった。
魔物にストレスをぶつけるかのように。
戦い方が雑になれば当然危険が増すわけで、俺としては戦闘における不要な危険は増やしたくはないのだ。
受付嬢はわたわたと手を振る。
「ち、違います! ええとですね。その……サイン、もらえないかと」
「サイン?」
「知っていますか? サーティ様にはアルシャンの女の子の間でファンクラブが出来てるんですよ。それでですね、私は業務上、こうしてサーティ様とよくお話しすることのある機会に恵まれているわけじゃないですか」
「ふむ」
まあサイン程度ならいいか。
受付嬢は哀れっぽい声で言った。
「頼まれるんですよぉ。色んな方々から。色んなお願いを。中には貴族やお金持ちのご令嬢もいて、権力をかさにお願いして来るんですぅ。サイン以外にも。ラブレターを渡してほしいとか、二人きりで会いたいから話しを通してくれとか。断ったら何をされるか」
これにはエリナが反応した。
「ふうん、その家の名前、教えてくれるかしら?」
「えっとですね。キアンストー家の――」
と受付嬢がエリナにぺらぺらと話すのを横目に、俺は用意された紙にテキトーにサインしてやっていた。町中でサインをせがまれる機会が減るのは助かるからな。
ギルドを出て宿に戻る時、俺は言った。
「そろそろ攻めるか」
50階層の攻略だ。
「腕が鳴るわね」
「はい、マスター」
この一週間で苦楽を共にした三人は以心伝心。
みなまで言わずとも、エリナとサラは小気味のいい返事を返してくれた。