死んだだけのはずが命の恩人に
「はっ……ここは?」
夜の暗闇の中、辺りを見回す。
かがり火のオレンジの光に照らされたテント。その横には荷馬車を引く馬が繋がれている。
テントの前に立っていた獣人が気付いて声を上げた。
「誰だっ!」
腰の剣を抜き放つ獣人男。たしかニックという名前だったはずだ。
「俺です! サーティです!」
慌てて言うとニックは剣を鞘に戻した。
「おっ、さっきのガキか。戻って来たのか?」
「エヌ村が魔物に襲われて、犠牲者が出ました」
「なんだって!?」
「ダークフォレストウルフとかいうやつでした」
ニックは眉を寄せて下を向いた。
「ダークフォレストウルフは群れを作らない。犠牲者が出たのなら腹を満たして帰っていくはずだ。刺激せずおとなしくしていればな」
村のおじさんと同じようなことを言う。
俺も石なんか投げずに放っておけばよかったのだろうか?
いや、あのままだとジャンの妻だという女性は殺されていただろう。
目の前で二人も犠牲になるのを眺めているよりはマシな選択をしたはずだ。
「お前、その恰好……どうしたんだ?」
言われて気付く。
俺は今ひどい姿だった。
手にはナイフ。服は穴が開いてボロボロ。
体だけは怪我の痕は一切なく、ぴんぴんしていた。
「なるほど、死ぬと全回復で復活するわけね」
「あん?」
「なんでもないです」
ニックが訝し気な顔をするが、俺はそう言ってごまかした。
しかしこの男は、村が襲われたというのになぜ平然としているのか。
最初に会った時は強さ自慢をしていなかったか?
少し、言ってみるか。
「村に行って助けてあげることはできないんですか? ニックさん、強いって言ってましたよね」
「…………」
ニックはしばらく悩んでいる様子だったが、意を決したように顔を上げるとテントの中に入っていった。
テントの中で蹴ったような鈍い音がする。
「ぐおっ!? なんだっ……て、ニックか。どうした」
「エヌ村が襲われたらしい。ちと様子を見てくる」
「今からか?」
「ああ。夜明け前には戻ってくる」
「ああ……ちくしょう。ってことは今日の見張りも俺か。ついてねえ」
「悪いな」
テントの中でそんな会話が聞こえ、ニックともう一人の獣人が出てきた。
馬に飛び乗るニック。
「俺も連れて行ってください」
「だが……」
「村が無事か確かめたいんです」
「分かった……乗れ」
少し迷っている様子だったが、結局ニックはそう言ってくれた。
俺はニックに体を持ち上げられて後ろに乗せられた。
その腰にしがみつく。
ピシャン!
ムチの音と共に馬が走り出す。
凄まじい振動に振り落とされないよう注意しながら、人生初の乗馬を体験する。
「ニックさんはあの村で商売した帰りだと言ってましたよね」
揺れに慣れてきた俺がそう聞くと、ニックは短く答えた。
「ああ」
「なぜ村に泊って行かなかったんですか?」
「そういう決まりだ」
「そうですか」
ニックが野営などせずに、村に泊っていれば犠牲は回避できた気がする。
そういうイベントなのだと言われればそれまでだが。
道中モンスターには襲われなかった。
馬は村に到着し、そのまま中へと入っていく。
村には多くのかがり火が焚かれ、手にたいまつを持った村人たちが何人も家の外に出ていた。
「おお、ニックか!」
「魔物が出たそうだな」
ニックは馬を降りながら聞く。
「ああ。ダークフォレストウルフだ。ジャンのやつがやられちまった」
「そうか」
ジャンのいた場所には布がかけられていた。布は人間の形というには小さすぎる形に盛り上がっていた。おそらく体の大半が食われてしまったのだろう。
「あ、あなたはっ……!」
女性が俺を見て目を見開いた。たしか魔物に襲われそうになっていたジャンの妻だ。どうやら無事だったらしい。
その言葉に他の村人たちも俺を見る。
あの時俺と話していたおじさんもいた。
「ボウズ、お前……無事だったかっ!」
「この子は私をかばって魔物に……でもどうして!?」
ジャンの妻は混乱した様子。
それはそうだろう。
俺は魔物に食われて死んだんだから。
「生きてましたよ。偶然にね」
適当な返答をしてみたが、ジャンの妻は理解が追い付かない様子。向こうの、俺が死んだ辺りを見ていた。
俺もつられて振り向いてみるが、俺の死体はなかった。血の跡も残っていない。
「ミラをかばって……そうか。ボウズ、礼を言うぞ。それに……さっきはすまなかった」
家のドアを閉めたことを謝っているのだろう。
「気にしなくていいですよ。で、魔物は?」
「あなたに目を潰されたのが効いたのでしょう、森へ逃げて行きました」
「ダークフォレストウルフの目を……潰した?」
ニックが怖い顔で俺を見る。
なにかいけないことをしてしまったのだろうか?
「あの、まずかったですか?」
「いや……お前は見かけによらずたいした男だったらしいな。子供扱いして悪かった」
「え?」
ただ食われて死んだだけなのだが。
ニックは真剣な顔で感心している様子。
「ダークフォレストウルフを退けたのか……」
「信じられない。この子はいったい……」
「話し方も普通の子供にしちゃやけに丁寧だ。貴族の隠し子か何かか?」
「政争に負けて町を追われた類かもしれねえな。高位の剣士か魔術師に師事していたのかもしれん」
他の村人も顔を見合わせて驚いている。
なんだか、当事者の俺を放っておいてどんどん話が大きくなっている気が……。
ニックはおじさんのほうを見てこんなことを言った。
「3年前だったか? 前回ダークフォレストウルフが出たのは」
「あんときも犠牲者が出た。ひでえもんだったよ」
おじさんは沈痛な面持ちだ。
「やつは危険な魔物だ。しばらくは気を付けたほうがいいだろうな」
「ああ」
「今日のところはひとまずもう襲撃はないだろう。俺は戻る」
「来てくれてありがとうニック。こんな小さな村に行商に来てくれるだけでもありがたいのに……」
「それは言いっこなしだ。俺らも儲けさせてもらっている。この村で取れる毛皮は質がいいと評判だ」
「村に泊れないのは決まりだって言ってましたよね?」
俺の言葉に、なごやかな空気が流れかけていた村人たちが固まる。
「ああ」
ニックの声はやや低い。
「なぜなんです?」
「それは……」
おじさんが何かを言いかける。
ニックは村人をそれぞれ見てから、ゆっくり言った。
「獣人は村に留まってはいけない。ウェイクス一等爵領ではな。ウェイクス卿は大の獣人嫌いだ。アルシャンの町では奴隷の首輪を着けていない獣人は日没前に追い出されるくらいだ」
「すみません」
「気にするな。当たり前の事だ」
ニックはそう言って笑った。
「勇敢な彼の名前はサーティ。置いていくが問題ないな?」
「はい、もちろんです」
ミラの返事を聞いて、ニックは満足したようにうなずいた。
そして馬を駆って去っていった。
「サーティさん。どうぞ私の家に泊まってください。あなたは私の命の恩人です。一日と言わず、好きなだけでも」
ミラのような美人に言われると、ちょっと違う意味に聞こえてしまいそうだ。
「いや、そこまで長居をするつもりは……。とりあえず今日はお世話になります」
俺はミラの家に泊まることになった。
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