冒険者ギルドへの帰還
ナックルたちの死体はアイテム化できなかった。
俺は何も後ろめたいことはないので、こいつらの犯行を黙っているつもりはなかった。
だから一応証拠として持って行こうと思ったのだが、人間の死体はアイテム化できないらしい。
人間の死体から物を漁る趣味はなかったが、雷帝の剣と腕輪だけは持っていくことにした。
元々腕輪はエリナにくれるとこいつも言ってたしな。ウソだったようだが。
そしてエリナだ。
おそらくライザに嗅がされたのは痺れ毒だ。
囮として使うなら生きた人間が最適だろうから、致命的な毒ではないことはすぐに推測できた。
うかつだったのはスキルポイントだ。
万全を期して今日に臨むため、余さずポイントを使ってしまっていたのだ。
ドラゴンを倒して2レベル上がっていた。雑魚敵の数百匹分の莫大な経験値だ。
その2ポイントを使ってみたが、LV3の【回復】では解毒効果は付与されなかった。
仕方ないのでエリナを背負うことを提案した。
エリナは女の子だ。
断られないか心配だった。
しかも彼女はめちゃくちゃ可愛い。背負うなら、太ももを触らなければならない。そのことに気付いてしまって、それが態度に出てしまった。
下心アリと思われれば警戒されて断られる。
そう危惧してさらに動揺してしまった。
が、どうやら心配は無用だったらしい。エリナは背負われることを了承してくれた。
ほっと安心して彼女を背負ったものの、その体の柔らかさに、俺は心中穏やかではなかった。
太ももを支える手のひらに、全神経を集中させてしまった。
太ももの感触だけではない。
背中に感じる柔らかさ。
エリナの胸当てはドラゴンに吹っ飛ばされた際に破損して、スクラップになっていた。
今は下に着ている服だけだ。
つまり、感じるのだ。
ふくらみを。
それにこの鼻先をくすぐるエリナのにおい。
不思議だ。
女の子のにおいはなぜこんなに魅惑的なのだろうか。
歩く度にエリナのサラサラ髪がふわりと揺れて、俺の頬をくすぐってくる。
うなじにかかる、彼女の吐息。
ずっとこうしていたいような気持ちよさ。
そのとき俺は見た。
36階層七つ目の部屋だ。
「ハイオークウォリアー、もう湧き出したか」
手加減はしない。
【炎槍】を詠唱。
ドオッ! ゴバアッ!!
着弾した【炎槍】はハイオークウォリアーを火だるまにする。
しかし、起き上がってくる。
火力が足りないらしい。
こいつらは耐久力が高いのが厄介だ。
【火球】。
ゴオッ!
倒した。
次の部屋。
また湧いていた。
今度は4匹だ。
「サーティ……」
エリナの声は震えていた。
俺は意識して力強い声を出す。
「大丈夫」
この調子ではMPが持たない。MP自然回復量が追い付かない。
最適なスキルを選択しなければならない。
バシャアアアアアアァァッ!!
【氷結波】。
十分に魔物を引きつけてから放って、一気に凍らせる。
トドメは刺さずに階下へと急ぐ。
帰り道のルートは迷わない。
【追跡】を使えば、行きに付けた俺たちの足跡がはっきり浮かび上がるからだ。
28階層。
数が多い。
デススパイダーが軽く10体はいる。
【氷結波】。
バシャアアアアァァァッ!
凍らせる。
24階層。
【氷結波】。
が、出ない。
MPが尽きた。
「サーティ、魔物が……」
「大丈夫だ」
考える。
エリナを降ろして雷帝の剣を抜くか。
しかしこの数だ。
彼女を守りながら戦えるか?
いや。
思い出した。
露天商から買った魔法品。
その中に消耗時効果が付いていたものがあったはずだ。
たしか身に付けて……あった。
懐から取り出したのは『給魔の護符』。
見た目は割りばしだ。
使い方はたぶん。
パキッ!
歯を使って片手で折った。
カアアァァッ!
光があふれる。
MPの回復を確認。
【氷結波】!
バシャアアアァァッ!
魔物たちは氷の彫像となって沈黙した。
「今のは……?」
「こういう時のためにとっておいた魔法品だよ」
「すごいっ……!」
エリナの声色にはっきりと感嘆の色が混じっていてくすぐったい。
そして20階層。
「もしかしてと思ったが……湧いてるか。クリスタルスタチューだっけか?」
全身透明な鉱物の魔物。
ゴーレムって感じの見た目だ。
大きさは当然のようにでかい。
5メートルはある。
「あのボス、たしか魔術が効きにくいって……」
言ってたな、そんなこと。
「少し、降ろすよ」
「うん」
エリナを降ろして雷帝の剣を構える。
クリスタルルタチューが俺たちに気付く。
「ギガガガガガガガガガガ」
叫びながら向かってくる。
その姿を真正面に捉えて――。
【斬岩剣】。
ピシャアアアァァァァァン!!
落雷の轟音と共に真っ二つに割れるクリスタルスタチュー。
割れ目からさらに細かいヒビが無数に走り、粉々に砕け散った。
「やったわ!」
エリナは目を輝かせて拳を握っていた。
ん?
もう動けるのか?
「……」
「……」
見つめ合う俺たち。
「えっと……お願い……」
すっと手を降ろして動けないアピール。
ここで事実を指摘したらきっと気まずくなる。
あともう少しで帰れるのだ。
空気が悪くなるようなことは言わない。
空気が悪くなればパーティーとしての連携が乱れ、意思伝達に支障をきたす可能性がある。うん、そういうことだ。
……エリナの太ももをまた堪能したかったことは認める。
俺たちは地上に戻ってきた。
ギルドにたどり着くと同時に、エリナはすっと自分の足で立った。
「あ、毒、治ったんだ」
「うん。ありがとう。すごく、その……なんでもないわ」
恥ずかしそうに言葉を詰まらせるエリナ。
すごく……なんだろう?
背中のエリナは痺れていたので何度もずり落ちそうになった。
その度に俺は彼女の位置を直さなければいけなかった。
戦闘中、片手で背負わなければいけないシーンも度々あった。
つまり、太もも以外の場所に手がかかることが多かった。
すごく、その……なんでもないです。
「そ、そっか。……じゃあ受付、行こうか」
「……そうね」
俺はエリナの分と合わせてハイオークウォリアー2体の証明札を受付嬢に渡した。
「はわぁぁぁ。相変わらずお早いですね」
「早い?」
見ればギルドの入り口の先はやや赤い。そろそろ夕方なのだ。
早朝に出発して夕方までかかったんだけど。
「10階層の行列見ませんでしたか? 最前列の方は大抵徹夜ですよ」
うーん、まあたしかに。それに比べればそうなんだけど……。
「おめでとうございます! これであなた方はDランク冒険者ですよ!」
ぱああぁっと、花が咲くように笑うエリナ。
「やったな」
「うん!」
彼女のそんな笑顔を見ると、俺までつられて笑顔になってしまう。
それくらいのまぶしい笑顔だった。
「全部サーティのおかげね」
「いやいやいや」
彼女のがんばりによるところも当然大きかった。
「ううん。だって私、あなたがいなければ生きてなかったわ」
「あー……それは」
「それだけじゃないわ。私、冒険者になって、心からよかったって思うもの。それも、全部サーティのおかげなの」
「そっか……」
ここで一つ、なにか気の利いたセリフでも言えればいいんだが。
思い浮かばないから、代わりに俺はエリナの頭にぽん、と手を置いた。
エリナは気持ちよさそうに目を閉じる。
とん。
なぜか俺の胸に寄りかかってきた。
どうしていいか分からないまま受け止めて、とりあえず頭をなでなでした。
エリナはピッタリくっついたまま離れようとしない。
「コホン」
受付嬢の咳払い。
「あっ」
バッと体を離したエリナは火が出そうなほど赤面していた。
「えーとですね。もう済みましたか? こちらが更新した冒険者カードになります」
「はい……」
カードを受け取った俺は受付嬢にナックルたちのことを話した。
「そうですか……。たまにいるんですよねー。そういった不埒な冒険者が。彼のことは他の町のギルドに伝えて照会しておきます。何か情報が出ているかもしれませんから」
「それともう一つ。ええと、これは昇格とは関係ないんですけど」
「ええ。なんでしょう」
「ドラゴンの死体って引き取ってもらえますか?」
受付嬢は動きを止めて固まった。
「あの、聞いてます?」
「あ、ああ! ドラゴンですね! まさか討伐されたんですか? 今Sランク冒険者って滞在してましたっけ。あ、違う。この人Dランクだ! ウソ!? ああそうだ、Aランクの人といっしょだったんですよね。大丈夫です。分かってます。それなら可能性アリです。ええと、それで死体ですね。部位はどこですか? 爪ですか? ウロコですか?」
表情をコロコロと変えながら早口言葉みたいにまくしたててくる。
「全身、なんですけど。これ、ダンジョン入り口で証明札と交換ってわけにはいきませんよね? 建物壊れると思いますし」
「ぜ、ぜぜぜぜぜ……全身んんんんーーーーーーっっ!!!!」
ガターン。
受付嬢がひっくり返った。
俺とエリナは顔を見合わせた。
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