エリナの気持ち
ストックほとんどないので今日はここまでです
明日からペース落ちます
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アルシャンの貴族の四女として生まれた私は、順当に大人になれば親の決めた相手の元に嫁ぐだけの存在だ。
嫌だった。
最初はそうじゃなかった気がする。
そういうものなんだと思っていた。
でも家の書庫にあった本を読むうちに、自分の運命に疑問を持つようになったのだ。
冒険譚を読み漁っては、主人公たちの冒険の数々に胸を躍らせていた。
私も結婚ではなく、物語の登場人物のような人生を歩めたら。
いつしかそう思うようになっていた。
ある日、家に高名な剣士の女性がやってきた。
お父様の知り合いらしい。
剣術を教えて欲しいと頼んでみた。
お父様は笑って許可を出してくれた。面白がっていたのかもしれない。
私には才能があった。
師匠の指導の下、私の剣術は上達し、ファリス流の技のうち、疾風剣を習得した。
うれしかった。
私はきっと冒険者になれる。あの冒険譚の主人公のようになれる。
そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。
こっそり家を抜け出して、冒険者ギルドで登録をした。
ダンジョンの魔物は弱かった。Fランクには簡単に上がれた。
でもケイブスパイダーが見つからない。
困った。
結局掲示板クエストをすることにした。
地道な依頼をこなしてようやくEランクになったときだった。
冒険者として活動していたことがお父様にバレたのだ。
当たり前だ。
ダンジョンに潜るならいざ知らず、掲示板クエストで町中を走り回ったのだから。
お父様は激怒した。
剣術を習わせるのは面白がっていたお父様だったが、冒険者になることは許さなかったのだ。
私は家に閉じ込められ、枕を涙で濡らす日々が続いた。
そんな私を見かねたのか、師匠は時折家にやってきては、お父様にないしょで剣術の指導の続きをしてくれた。
私は音速剣を修めるまでになった。
また冒険者になりたいという気持ちが沸き上がり、どうしても抑えられなくなった。
私は再び家を出た。
教会にお祈りに行くとか、馬を見てくるとか、毎日もっともらしい理由をつけて。
四女の私は家ではあまり重要な存在ではなかった。だから元々、ある程度自由に出歩ける立場だったのだ。
お父様が怒ったあの日から二年が経っていた。お父様ももう忘れているはずだった。
でも掲示板クエストはダメだ。
外で依頼をこなしていれば、必ず足が付く。
ダンジョン内で昇格モンスターを倒していく必要があった。
ハイオークウォリアーを倒すために向かった10階層。
そこであの男の子と出会った。
サーティ。
私は実は、彼の後をつけてきたのだ。
冒険者の間のうわさを聞いていたからだ。
歴代最速昇格記録を更新した天才少年がいるらしい。
誰もやらないケイブスパイダー討伐をあっさりクリアしてEランクに駆け上がった。
神話にすらないようなとんでもない収納魔術を使う。
彼はいったい何者なのか――。
そういううわさだ。
最初は耳を疑った。
自分とほとんど歳の違わない少年が、そんなありえないほどの才能を持っているとは。
Dランクへ上がればダンジョンを自由に進めることは知っていた。
なんとしてもDランクへ上がりたかった。
彼について行くのが、Dランクへ昇格する近道だと思った。
そして私の目論見通り、簡単に昇格できるような話を耳にすることができた。
話を持ち掛けていたのはナックルという男だったが、やっぱりサーティの後をつけて正解だった。
ハイオークウォリアーの行列に並んでいては、家の門限に間に合わない。私はこの話に賭けるしかなかったのだ。
私は久しぶりの戦闘にはしゃぎすぎていた。
とにかく思い切り魔物を倒したかったのだ。
その結果、ピンチを招くことになった。
でもサーティが私を助けてくれた。
彼はあの歳にしてすでに強力な魔術を操る魔術師だった。
最速昇格記録は本当だったのだ。
サーティは落ち着いていた。
話し方もていねいで、私と同じような貴族なんじゃないかとちょっと思った。
でも彼は、私よりしっかりした冒険者だった。
おいしくない干し肉を抵抗なく食べていたし、地面に座れるのは普通だと教えてくれた。
私はちゃんとした冒険者に見られたくて、慌てて彼の言うことを実践した。
地面に座るのは本当に落ち着かなかったけど、むき出しの土に座ってみると、なんだか自分もいっぱしの冒険者になれたような気がした。
彼が私と同じ歳だと知ってうれしかった。
彼は私にプレゼントをくれた。
お父様やお母様、他の貴族の方々から贈り物をもらうことはあったけど、同じ歳の子からプレゼントをもらったのは初めてだった。
サーティからもらったプレゼントは特別だ。
だってパーティーの仲間としてもらった、絆の証なのだから。
サーティは自分を呼び捨てで呼んでほしいと言った。
彼も私のことを、エリナ、と呼び捨てで呼んでくれた。
初めてできたパーティーの仲間は、同時に、初めてできた冒険者のお友達になった。
これだ。
これこそ私の求めていた冒険なのだと思った。
私は、彼と繰り広げる物語の次のページを早くめくりたくて、わくわくしていた。
しかし、そんな私の幼い幻想は、すぐに打ち砕かれた。
裏切りだ。
あのナックルとかいう男はクズだった。
そしてナックルの仲間たち。
最初から私とサーティを罠にハメて、殺すつもりだったのだ。
悔しかった。
悔しくて悔しくてたまらなかった。
私の思い描いていた冒険者像とはかけ離れた、醜悪で汚い連中。
あんなのが冒険者だなどとは認めたくなかった。
でも。
またサーティが私を助けてくれた。
サーティはたった一人で、Aランクパーティーの大人たちと真っ向から戦った。
凄まじい剣の冴えと魔術を駆使した、信じられないような強さ。
まるで相手の動きを読んでいるかのような立ち回り。
幼い頃から何度も読んだ冒険譚。
その主人公が、そこにいた。
「大丈夫か、エリナ」
サーティは起き上がれない私に、心配そうな目を向けてくる。
「ダメ、力が入らないわ」
彼は私に回復魔術をかけてくれていたのだが、なぜか起き上がることができなかった。
サーティは口元に手を当てて、何かを考えている。
今日いっしょにいて見ていて分かったが、彼はこういうポーズをよくする。
こういうときの彼は、とても同じ歳とは思えない、頭が良くて思慮深そうな顔になる。
「たぶん毒だ。でも大丈夫。ただの痺れ毒だろう。顔色が悪くなっていないのがその証拠だ」
自分の顔色は自分では分からないけど、彼がそう言うのならきっとそうなのだろう。
それに、たしかに体は動かせないけど、体調が悪いというわけではない。
サーティの回復魔術はちゃんと効いたのだ。
「俺の回復魔術だと毒までは治せない。スキルポイントをもっと残していれば……いや、なんでもない」
スキルポイント? 聞き慣れない単語だ。
彼の知識は私より深いのだろう。また感心してしまった。
「えっと……エリナ」
「なに?」
「その……嫌だったら別の方法を考える、んだけど」
ずっとはきはきしていて、大人顔負けにしっかりしていた彼にしては珍しく、言いよどんでいた。
なんだろう?
彼は言った。
「このままここでじっとしているわけにはいかない。低階層に比べるとこの辺りはモンスターの湧き間隔も長いはずだけど、でも毒が抜けるまで待っているのはまずいと思うんだ」
「うん」
なんだろう、言っていることは至極真っ当なのに、なぜかちょっと言い訳みたいに聞こえる。
「だから、俺が君を背負っていこうと思う」
「えっ」
背負う。彼が、私を。
その瞬間、私はどうしようもなく彼を意識してしまった。
体温が急速に上がっていくのを感じる。
頬の辺りが熱い。
「…………はい」
うなずいた。
うなずいてしまった。
彼は私を抱き上げた。
男の人の背中を触るなんて初めてだ。
お父様はもしかしたら小さい頃してくれたことがあったかもれないが、覚えていない。
サーティの背中は暖かくて、少し硬い。
その硬さが気持ちいい。
こうして体を寄せていると、安心する。
彼は私を背負って、ずんずん進む。
まるで空気を背負ってでもいるかのような、しっかりとした足取り。
凄く力強くて、頼もしかった。
ずっとこうしていたい。
ほんのり汗のにおいがするけど、全然不快じゃなかった。
「あっ……」
「どうした?」
私の小さなつぶやきを拾って、心配そうに聞いてくる。
でもどう答えたらいいのだろう?
彼のにおいに私が気付いたように、彼も私のにおいに気付いてしまったかもしれないと思った、なんて。
「なんでもないわ」
だからそう答えるしかなかった。
緊張して、冷たい声色になってしまっていないか心配だ。
彼が私のことを嫌いになってしまわないか心配だ。
「そか」
だけど彼は、短くそう言うだけだった。
ごく軽いその声の調子にほっとした。
よかった。嫌われなくて。
そして気付いた。
なぜ私はこんなにも彼に嫌われたくないのだろうか?
そうか。
私は彼のことが好きなんだ。
好き。
大好き。
心の中で言ってみると、熱いものが込み上げてきた。
ダメ。
泣いたら心配されてしまう。
我慢しないと。
でも好き。
こうして彼の背中に背負われている今の時間は、今まで生きてきた中で一番幸せだった。
「ハイオークウォリアー、もう湧き出したか」
彼のつぶやきは落ち着いていた。
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