決戦
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
ドラゴンの咆哮。
ビリビリと、ダンジョンそのものを震わせるような凄まじい音量だ。
それぞれ武器を抜き放ったナックル、エリナ、ゴーガン、ライザはドラゴンと対峙する。
俺もグレッグの剣を構えた。
ドオッ!
ドラゴンが爪を振るう。
それだけで衝撃波が発生し、体が浮かされた。
「きゃああっ!」
エリナの悲鳴。
ブオン!
ドラゴンが尻尾を振るった。
「ちいっ!」
背後に回り込もうとしていたライザは飛び退って回避。
俺は魔術だ。
【氷結波】も【吹雪】もダメだ。
みんなを巻き込んでしまう。
【炎槍】を詠唱する。
ゴオオオオッッ! ドバアッ!
命中。
しかしドラゴンの皮膚には焦げ痕一つつかなかった。
魔術は効果が薄いのか? それとも火属性だからダメなのか。
考えている時間はない。
ドン、ドン、ドン、ドン!
ドラゴンが巨体を揺すり、近づいてくる。
まるで山が迫って来るような威圧感。
ドラゴンが一歩歩く度に地震のような揺れが発生する。
【体感時間遅延】を発動しながら後方に下がる。
俺たちは全員、距離を詰められないよう下がるしかなかった。
近づくことすらできない。
ドーム球場並み大部屋の中央に、我が物顔で居座るドラゴン。
一太刀入れようと誰かが踏み込めば、すぐにドラゴンは爪か尻尾で対応する。
そうなればアリのような俺たちは飛び退って避けるしかない。
そんな攻防を幾度となく繰り返した。
ドラゴンの身体能力が高すぎるのだ。
階段での会話の続きなんて、とてもじゃないができない。
誰かが集中を切らせれば、それだけでこの危うい均衡は崩れ、大惨事に発展するのが分かっていたからだ。
【氷槍】を詠唱。
昨日習得しておいた新スキル。
氷の槍がドラゴンめがけて突き進む。
バシャアアアッ! ドスッ!
「ゴアアアアアアアアアアアッ!!」
効いた。
やはり属性か!
「いいぞ! あとは俺が決める!」
ナックルの喜色のこもった声。
だが俺は見た。
ドラゴンが大きく首を引き、息を吸い込んでいるのを。
「待ってください!」
ドラゴンといえば――。
直感して叫んだ。
「ブレスだ!!」
バッ。
全員散開。
ゴオオオオオオオオッ!!
炎の奔流が部屋を割る。
「……」
全員避けられはしたようだが、ドラゴンのブレスのあまりの威力に絶句していた。
「炎を消します!」
俺の言葉にハッとしてみんなはドラゴンを見る。
ブレスで分断した冒険者を爪と尻尾で各個撃破する。それがこのドラゴンの得意戦法なのだろう。
鞭を叩きつけるように、尻尾で地面を打っていた。
そこには一瞬前までナックルが立っていた。彼は横に跳んで避けた。
詠唱完了した【水流撃】が炎の壁を打ち消した。これも昨日取得しておいたスキルだ。
ドラゴンの尻尾を避けたナックルがライザに目配せをしている。
「行くわよ!」
ライザが叫んだ。
ゴーガンが一歩踏み込む。
「ゴアアアアアアアアッ!」
ブオン!
ドラゴンが爪を振るう。
「危ない!」
ライザは叫び、走り出した。
ガアアァァァァン!
ゴーガンは下がらなかった。
大盾で爪を受け止める。
「今っ!!」
エリナが飛び込む。
ドラゴンは反応した。
尻尾が跳ねる。
凄まじい反応だ。
今までと違うゴーガンの『受け止める』という行動の変化にも動じていないらしい。
エリナはまた下がるしかない。
が、その背中を受け止める者がいた。
ライザだ。
危ないと叫びながらゴーガンではなくエリナのほうへと走っていたのだ。
あれは……何を……。
嫌な予感。
ライザはレザージャケットの内側から何か布のような物を取り出し……エリナの顔に押し当てた。
俺が駆け出すのと、力を失ったエリナの背中をライザが蹴り飛ばすのは同時だった。
ドラゴンがエリナを見る。
突然力を失って隙を見せた獲物を、黄色い瞳で見つめていた。
ドラゴンがぐるりと、エリナのほうへ体の向きを変える。
今まで全方向からの攻撃に警戒していたドラゴンが、初めて意識を一点に集中していた。
爪が走る。
エリナの体が枯れ枝のように軽々と吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
直後、飛び込んだナックルが大上段に構えた剣を振るう。
「斬鉄剣!!」
ピシャアアアアァァァァァァン!!
バリバリバリバリバリ!
雷鳴と共にナックルの剣がドラゴンを打ち据えた。
ドシイイイイィィィン!
轟音を立ててドラゴンがその体を地面に横たえた。
「今の俺には雷帝の剣がある。それがお前の敗因だ……ドラゴン」
などと、勝手な勝利宣言を口にしている。
壁に叩きつけられたエリナのことなど、眼中にないかのように。
走る俺をさえぎるようにゴーガンが立ちはだかった。
ナックルとライザも俺を見る。
「待て。お前にはまだ役目がある。サーティ。そこを動くな」
「いや、どくのはお前らだ。すぐにエリナを治療する」
「もう間に合わんさ。死んでるに決まってる。使い捨ての命だが、いいところで役に立ってくれた」
実に得意気に、歌うような口調のナックル。
話している暇はない。
詠唱。
1、2、3、4、5。
「な、なんだ……寒い……」
「何これ……へぶしっ」
ライザのくしゃみ。
突如気温を下げ始めた室内に混乱するナックルたち。
すぐに部屋の中は温度だけでなく、雪と雹が吹き荒れ始めた。
【吹雪】。
俺が持っている最上位の広範囲魔術スキルだ。
「むう……」
ゴーガンも重い鎧が災いしたのか、雪に足を取られていた。
俺は連中を無視して壁際まで走り、エリナに【回復】をかける。
「……ぅ」
生きている!
カラン。
一枚のメダルがエリナの服から落ちた。
メダルは白い煙を吹いていた。
俺が30階層での休憩時に渡しておいた『身代わりの護符』だ。
「この大魔術……。サーティ、貴様はいったい……」
【吹雪】が吹き付ける中を、ナックルは普通に歩いていた。
水属性への耐性装備を身に付けているのだろうか。
「ナックル、これがお前の計画だったんだな」
エリナを抱き、【回復】をかけ続けながら、ついに本性を現した邪悪を見据える。
湧き上がる怒りが俺の言葉を乱暴にしていた。
ナックルはバカにしたように鼻を鳴らした。
「ふん、言ってみろ」
「まず違和感を覚えたのは荷物運びを探しているという言葉だ。実は俺はその前日にもまったく同じセリフを聞いていた。そこのクソ女からな」
効果時間が終わり、次第に吹雪が晴れてゆく。
両肩を抱いて鼻水を垂らして震えるライザの姿が現れた。
「Aランクの冒険者パーティーが、なぜ揃いも揃って荷物運びを探しているのか。しかも同じように目を付けたのが、まだ登録したばかりの新人冒険者と来てる」
ゴーガンは氷雪に半身を埋もれさせて、動けなくなっていた。
「次は10階層で話を聞いた時だ。あの時お前は色々な町のダンジョンに入ったことがあるようなことを言っていたな」
「それがどうした?」
「おかしいだろ。完全踏破したならともかく、探索の途中でダンジョンをあきらめて別の町に行くなんて。ダンジョン探索専門の冒険者なら、普通その町に根を下ろして挑戦し続けるんじゃないか? 潜り慣れたダンジョンのほうが探索効率もいいし、魔法品だって探しやすい」
「その町に飽きたのかも。もしくは別の美味いダンジョンの噂を聞いたとか」
ナックルはいけしゃあしゃあと答える。会話を楽しんでいる風ですらあった。
勝利を確信した者の余裕がそこにはあった。
「確信を持ったのは、お前が、仲間にしたゴリラの死亡を受付に報告せず、俺には別れたとウソを吐いた時だ」
「死んだ? あいつが? ハッ!」
ナックルは笑い飛ばすが、俺は確信を持っている。
「ああ。囮として使い捨てたんだろう? エリナのように。お前たちはそうやって囮として、いつでも使い捨てに出来る格下冒険者を、常にパーティーに加えて探索していたんだ。おそらく前の町でも、その前の町でも似たようなことを繰り返していたんじゃないか?」
「……」
ナックルは答えない。
その顔から笑みが消えた。
「そしてうわさになり始めたあたりで、犯行が発覚するのを恐れて他の町に拠点を移していたんだ。違うか?」
「今の……話、本当?」
消え入るような声は俺の腕の中から。
エリナだ。
うっすらと目を開けていた。
しかしエリナはぐったりとしていて体を起こそうとしない。
【回復】を使ったのは初めてだが、治っていないのか?
傷は塞がっているように見える。護符の効果もあった。なのになぜ?
「エリナ、まだしゃべらないほうがいい」
「くっくっくっくっ」
低い笑い声。
ナックルが笑っていた。
邪悪な声色で。
「たいした推理だ。頭の切れるガキもいたもんだぜ」
「偉大なる火神マグナス。力強き者よ。すべてを焼き尽くす者よ……」
ぶつぶつと詠唱が聞こえてきた。
ハッとしてその方向を見る。
ドジュウウゥゥゥ……。
ゴーガンだ。
身体にまとわりつく雪を溶かしていく。
ゴーガンの右手には炎が燃え盛っていた。
こいつは魔術が使えるのか。
「早くこっちにちょうだいゴーガン。凍えそうよ」
ゴオッ!
ゴーガンが【火球】を放ち、ライザを炙った。
「ひいっ! あちゃちゃちゃちゃちゃ! ……ふー、生き返ったわ」
ライザはドス黒い笑みを俺に向ける。
「ほんっと、頭の切れるガキねえ。最初はちょっと可愛いかもって思ってたんだけどねえ。そっちのお嬢ちゃんは単純で、私たちを仲間だと頭から信じてたみたいだけど。あんたはどこかいつも警戒するような目をしてたからねぇ。ったく、めんどくせぇガキだわ」
ライザも本性をむき出しにしていた。
最初の印象の通りの女盗賊。
いや、盗賊よりはるかにタチが悪い。
「あっはははははははは! そうよ、ぜーんぶ、今あんたが言った通り。あたしらは保険の『荷物運び』を仲間に入れてシゴトしてんのさ! もちろん、あんたみたいな無知で騙しやすい新人を狙ってね。あっはっはーーーーっ!」
エリナの瞳から涙が流れた。
「…………くやしい」
「さてサーティ君。取引をしよう」
ナックルが突然、落ち着いた声色を作って言い出した。
「?」
「我々には目標がある。そしてそれは実現可能だと思っている。そう、50階層の宝の入手だ」
何を言ってるんだこの男は。
「は? 無理に決まってるだろ。このボスと戦って分からなかったのか? あれだけの苦戦をして、まさか同じような奇跡が起こるとでも……あ」
すぐに気付いた。
このクソ野郎が何を考えているのかを。
「そうだ。君には50階層で囮をしてもらう。くくく、俺は本当にツイてる。いつもは一人だが今回は二人も同時に荷物運びが入ってくれたからな。君が上手くやってくれれば、ボスは倒せずとも50階層の宝は手に入れられるだろう」
「たとえ囮がいたとしても、上手く行くとは思えないな」
「いいや、上手く行くとも。なぜならここには雷帝の剣と、もう一つの魔法品がある! この二つを使えば必ず成功するはずだ!」
ナックルはいつの間にか部屋にあった魔法品を手に取っていた。あれは……腕輪か?
金属製の、宝石のはめ込まれている腕輪だ。
「その腕輪、どんな能力があるんだ?」
「そのために君がいるんじゃないか。まずは両手両足を縛り、抵抗できないようにする。それからこの腕輪を着けさせて鑑定させてもらうよ。なに、耐性系を調べる時にちょっと痛い思いをするかもしれないけど、殺しはしないから安心してくれたまえ」
俺は囮役だけでなく、未鑑定魔法品の実験台ってわけか。
「俺が素直に協力するとでも?」
「そこの、エリナ君の命と引き換えだ。もし君が協力してくれるなら、彼女の命は助けてやろう」
「え……」
なぜここでエリナの名前が出るんだ?
「気付かないとでも思っていたのかい? 30階層で休憩した時、ずいぶん仲良くなっていたじゃあないか。あんなに意固地なっていた彼女が、君と話した後はすっきりした顔をしていたよ」
俺はエリナのことが好きなのだろうか?
いや、めちゃくちゃ可愛いのは認める。だけど好きとかそういうのは意識してなかった。
だいたい俺は現実じゃあ20歳を超えてるし、16の少女とっていうのは……。
そしてエリナは俺のことをどう思っているのだろうか?
まさかナックルには、あの時俺とエリナが好き合っているように見えたというのか?
俺はエリナの体を地面にゆっくりと寝かせる。
そして立ち上がった。
「分かってくれてうれしいよ。彼女の身の安全は保証する。さあ、こっちに来るんだサーティ」
「あーん、ステキ! やっぱりサーティ君、最高ね! 魔物に食べさせる前に、お姉さんがたっぷり気持ちよくしてあげるから♪」
俺を縛るための物だろう、荒縄を取り出してよだれを垂らすライザ。
俺はため息を吐いた。
こいつらは救えない。
俺は、自分の心が冷えていくのを感じた。
冷えて固まって、鋭くなっていく。
それは殺意だった。
「勘違いしないでください」
「んん?」
ナックルが片方の眉を跳ね上げる。
とぼけた態度も、人をバカにするのに慣れた者のそれだ。
「俺はエリナを地上に帰します」
「交渉決裂か。なら生きて帰すわけにはいかない。君たちには秘密を知られているからね。俺たちはもう少しこの町でシゴトをするつもりなんだ」
雷帝の剣を俺へと向けるナックル。
他の面々も俺に武器を向ける。
俺は詠唱を開始した。
「またその魔法陣……。魔術を使うつもりか? 詠唱が無いのは奇妙だがタネは割れているよ」
よく見ている。
この魔法陣が俺の詠唱の代わりなのだと見抜いているらしい。
詠唱が終わり、【炎槍】が出現する。
「またその魔術か!」
【炎槍】をなんなくかわして突進するナックル。
俺はその動作を【体感時間遅延】のスローモーションの視界の中で見ている。
ナックルの剣は受けられない。
雷帝の剣による一撃には強力な雷が伴うからだ。
が、今のはナックルの油断を誘い、攻撃させるためのただのフェイントだ。
俺はすでに次の魔術を詠唱していた。
これも昨日新たに未取得スキル欄に見つけて、習得しておいたスキルだ。
【身体能力強化】。
自身の筋力と敏捷に50%のボーナスがかかる。
色々なスキルを取得して気付いたことだが、自分を対象とするスキルは詠唱が短い。
自己バフ系のスキルが特に便利なのだ。
【体感時間遅延】で引き延ばされる時間の中、【身体能力強化】で加速した俺の体は通常と同じように動くようになる。
「斬鉄剣!」
ナックルの袈裟斬りの一撃を半身をひねって避け、俺は剣を振るった。
「なっ――」
ナックルの驚愕の叫び。
紙一重で俺の剣はナックルの首元をかすめ、彼は後方へと飛び退る。
ここだ。
【疾風剣】。
距離を取ろうとしたナックルへ、追い打ちの斬撃。
「――――っ!!」
今度こそナックルは大きく目を見開いた。
ザシュッ!
肉を裂く音。
「がはあああああっ!」
胸を押さえて、苦痛の声を上げるナックル。
【身体能力強化】をドラゴン戦で使わなかったのは、これでもまだドラゴンには対応されると思ったからだ。
ドラゴンには魔術スキルのほうが効果的だし、俺の物理スキルはドラゴンを倒せるほどの威力はない。
「お前、魔術師じゃなかったのか? 今の動き、なにがどうなってやがる!」
胸の辺りを赤く染めながらも、ナックルは雷帝の剣を構え直した。
浅かったか。
完璧に捉えたと思ったんだけどな。
「ふん!」
聞き慣れた気合の声と共に、ゴーガンの戦槌が迫る。
俺は無視して【斬岩剣】を叩き込んだ。
ドゴオオオオオオオッ!!
重厚な鎧がもろくも破壊されて、ゴーガンはその勢いで吹き飛んでいった。
上!
俺は【体感時間遅延】の視界の中、死角に回ろうとしていたライザの姿を捉えていた。
俺がゴーガンを吹き飛ばしたとき、彼女は高く飛び上がっていた。
音もなく頭上から飛びかかってきたライザの攻撃を転がって避け、彼女のナイフは地面をえぐった。
「完璧に攻撃後の隙を突いたと思ったんだけど。今のをかわすんだ? やるじゃない」
「まさかワシの鎧を破壊するとはの」
起き上がったゴーガンもそんなことをしゃべる。
彼がまともに口を開くのを初めて見た。
「盾を掲げて防御されていたら受けられていたと思いますよ」
「攻撃する瞬間を狙っておったか。たいしたもんじゃ」
何気ない会話をしながらも、三人から向けられるのはギラギラとした殺意だ。
俺を殺すという明確な意思が刃のように向けられている。
「ならば……偉大なる火神マグナス。力強き者よ。すべてを焼き尽くす者よ……」
詠唱だ。
ゴーガンが火魔術を使うのはさっき一度見ていた。
俺は走った。
「逃げるのか!」
ナックルが叫んで追ってくる。
もちろん逃げたわけじゃない。
エリナを背にして戦っていれば、魔術に巻き込むことになるからだ。
剣を構えながら走るナックル。雷帝の剣の刀身にバチバチと青い電流が走る。
ライザはまたしても、ナックルを迎え撃つ俺の死角に入ろうとする。
必ず死角からの一撃を狙う。魔物のしてこない戦術。人間相手の戦闘は厄介だ。
迫るナックルの顔が不気味に歪んだ。
邪悪そのものの、ねばついた笑み。
「ゴーガン、エリナを撃て!!」
正面には必殺の一撃を狙うナックル。
背後にはライザ。
そしてゴーガンはエリナを見据えている。
俺は――。
詠唱を完了した。
バシャアアアアアアッ!
【氷結波】。
強烈な冷気の波が円形に広がり、全員を一気に飲み込んだ。
ライザとゴーガンは顔から下を残して氷漬け。動けなくなった。
「やっぱりこっちのほうが使いやすいな」
【吹雪】はLV1だが、【氷結波】は今LV10まで上げている。
使い慣れた【氷結波】は威力も範囲も完璧に把握している。
俺が距離を取ったのはエリナを魔術に巻き込まないため。
そう、自分の【氷結波】に巻き込まないためだった。
最初に【吹雪】を使ったのは全員が【氷結波】の範囲に入っていなかったからだが、今回は完璧だ。
「むうっ。この威力……伝説級か?」
「あらあら。これはダメかもしれないわねぇ」
「まだだっ!」
ナックルだけは上半身が無事だった。
やはりこいつだけは水属性耐性があるらしい。いい装備をしているのだ。
ナックルは雷帝の剣を高く掲げる。
ピシャアアアァァァン!
「があああああああっ!!」
パキィィンン!
自分自身に電撃を流して氷を割ったか。
しかし焼け焦げた体はぶすぶすと黒煙を上げ、満身創痍なのは明らかだ。
ナックルは懐からひとつの腕輪を取り出す。
それはこの階層の魔法品だ。
「もう鑑定などどうでもいい! 使ってやる! ハズレで自爆したとしてもそれまでだ!」
ナックルはそれを躊躇なく腕に通そうとして――。
バシュッ!
――その前に俺の【疾風剣】がナックルの腕を斬り飛ばしていた。
「があああっ! くそがああああああっ!!」
叫ぶナックル。
「俺の腕がああっ! 痛え! くそがっ! くそがああああっ! ガキっ! 荷物運びの雑魚がっ! 俺を誰だと思ってやがる! Aランクの! 俺は! 俺様はっ! うがああああああっ!」
もうイケメンもなにもあったもんじゃないな。
「サアアアァァァァァァァティィィィィーーーーッッ!!」
ドブシュウゥゥッ!
俺はナックルの胸に剣を深々と突き刺した。
「ごふっ」
ナックルは口から大量の血を吐いて死んだ。
次はゴーガンだ。
「何か言い残すことはあるか?」
「……殺せ」
ドシュッ!
そしてライザ。
「ねえサーティちゃん。助けてくれたらぁ。お姉さん何でもシテあげる。あなたの奴隷になってあげてもいいわよぉん。どうかしらぁ? 毎日ベッドの中でご奉仕を――」
ブシュッ!
殺した。
俺はエリナのところまで歩いていく。
「サーティ……」
「終わったよ。帰ろう」
「うん」
エリナは涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑った。
その時だ。
「グゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ドオオオオオン!
「きゃあっ!」
地面をすさまじい揺れが襲った。
ドラゴンが目を覚ましたのだ。
ナックルの【斬鉄剣】一発では気絶させることしかできなかったらしい。
俺は反射的に駆け出していた。
ナックルの死体から雷帝の剣を掴み、一直線にドラゴンへと。
ドラゴンはまだ体を起こしていない。
うろんげな瞳を向けているだけだ。
今ならいける!
走る。
【体感時間遅延】のスローモーションの世界を、【身体能力強化】で加速した体で一気に距離を詰める。
ドラゴンがようやく俺に気付く。
その口をガバッと開ける。
ブレス!
ゴオオオオオオオオオオッ!
視界すべてが炎に埋め尽くされる。
きっと全身全霊をかけた渾身の一発だ。
避ける。
が、範囲が広すぎる。
炎の一部がどうしても当たる。
【水流撃】の詠唱が間に合う。
爆発するように発生した水蒸気の中を跳ぶ。
「斬岩剣!」
ピシャアアアァァァァァァン!!
バリバリバリバリバリバリ!
「グオオオオオオオオオオオオ……」
ズズン……!
ドラゴンの首が力を失い、再び地面に沈んだ。
俺はドラゴンの顔の上に登った。
両手で剣を下向きに構え――。
ドブシュゥゥゥゥッ!!
地に伏したドラゴンの脳天に突き刺した。
頭を刺し貫かれたドラゴンは今度こそ……死んだ。