ナックルの甘言
ドラゴンと言えば強さの代名詞。
やはりこの世界においてもそうなのだろう。
階段から完全に降りずに俺たちは、壁に体を隠して部屋の様子を覗き見た。
大きい。
今までの階層のどの部屋よりも天井が高く、広い大部屋だ。
「いるな」
そして部屋の主はこの世界で見たどんな魔物よりもでかかった。
土色の体の巨体。
全長はちょっとした小山のようだ。
現実世界基準で言えば4階建てのビルくらいはありそうだ。
圧倒的なスケール。
「お宝もちゃんとあるわね」
ライザの視線の先を追えば、ドラゴンの股下の向こうにキラリと輝く光があった。
魔法品か。
ドラゴンが守る階層の魔法品、どんな強力なアイテムなのか。
「ライザ」
ナックルの声は低く、冷たかった。
「ごめんなさい」
珍しくライザはしおらしい。
これまでの軽薄な態度はなりをひそめていた。
「そういえば今までの階層に魔法品はありませんでしたね」
「俺たちは最短ルートを通ってきた。地図を見てな。当然、同じ地図を使う冒険者たちも多く通ることになる。このルートにある魔法品は回収されやすいんだ。そもそも前回俺たちが来てからまだ日も浅い。湧いてないんだろう」
ちらりと横を見てみると、エリナが震えていた。
それが恐怖によるものなのは一目瞭然だった。
ナックルもエリナを見る。
そして言った。
「怖いか」
「え……あ……あ……」
まともに声すら出せなくなっている。
満身創痍の状態であんな化け物を見てしまえば、こうなるのは当たり前だ。
「しっかりしろ。言ったはずだ。俺たちなら楽勝だ。エリナ、それにサーティ。君たちはAランクに匹敵する実力がある。みんなで力を合わせれば必ず勝てる。こうしよう。あの宝は君の物だ、エリナ。勝って宝を手にするんだ」
30階層を過ぎたあたりから、ナックルはしきりに楽勝楽勝と口にしていた気がする。
「え……だって私……うぅ……」
「正直に話そう。俺たちの目標はこの先、50階層だ。そこにある宝が真の目標だ。ここはただの通過点なんだ。いいか、これを見ろ。雷帝の剣だ。この魔法品の強さは今日、目の当たりにしてきただろう? これはこの階層にあった物だ。もう片方、このクラスの魔法品があそこにあるんだ。それが君の物になる。まだ怖気づいているつもりか? 君はその程度の覚悟で冒険者になりたいと思っていたのか! 宝を前にして背を向ける。そんなやつが冒険者になれると思っているのかっ!!」
ナックルの熱い演説。
語気を強めてエリナに言葉を叩きつけている。
エリナの視線が定まった。
その目ははっきりとドラゴンを見据えていた。
「私は……冒険者に、なる!」
俺は待て、と言いたかった。
今のナックルの言葉は一見、怯えるエリナを奮い立たせようとしたパーティーのリーダーとしてのもののように聞こえる。
しかしその実、言っていることは物で釣っただけだ。
エサをぶら下げて犬を前に走らせようとしていた。
俺はこの瞬間、はっきりとナックルの悪を認識した。
ここでナックルを問い詰める。
だが証拠はない。
もしナックルがシラを切り通せば、エリナはナックルに丸め込まれてしまうかもしれない。
そうなればパーティーを追い出されるのは俺だ。
別に追放されたところでなんとも思わないが、エリナはたった一人で彼らの中に残ることになってしまう。
そうなればどうなるかは、分かり切っていた。
今の今まで言い出せなかったのもそれが理由だ。
言わなければならない。
俺は覚悟を決めた。
「ナックルさん、なぜドラゴンを倒しもせず、この部屋の魔法品を手にすることができたんです?」
その瞬間、ナックルの顔がしかめられた。
痛いところを突かれたマヌケの顔だった。
「それは……みんなの、決死の努力だ! 一矢報いる事叶わず、しかしあきらめずに戦って作った一瞬の隙に奪取することに成功したんだ!」
苦しい言い訳だ。
俺は反論を用意してある。
戦意が戻ったエリナには悪いが、言わなければならない。
口を開こうとしたその瞬間。
「ドラゴンに気付かれた!!!!」
その叫びは俺のものではなかった。
「やるしかない! 行け!!」
ナックルの号令。
ライザとゴーガンが飛び出した。
エリナも釣られたように飛び出してしまった。
俺も後に続くしかなかった。
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