冒険者ギルドで荒くれ者に絡まれる
アルシャンの町は想像していたよりはるかに大きかった。
丘の上にそびえる西洋風の立派な城を中心として、その周囲に市街地が広がっている。
市壁のどこから町に入ったとしても、城の威容を目の当たりにすることになるというわけだ。
すぐにでも冒険者ギルドに行って登録したいところだったが、まずは宿を優先した。
丸一日寝ていないのでかなり眠い。
肉体的な疲労と違って、精神的な疲れや眠気はこの体でもちゃんと感じるのだ。
ひとまずは大通り沿いの景気のよさそうな宿屋に決めた。
値段は結構お高かったが、まあ仕方ない。ある程度情報収集して他に良さそうな宿があれば、そっちを取り直せばいい。
ヘタに裏通りの安宿を取って物盗りに遭うよりはマシだ。
部屋に入ってふかふかなベッドに身を投げ出して、俺はあっという間に眠りについた。
目を覚ましたのは昼過ぎだった。
宿で出されたパンとスープの食事は料金に含まれているとのこと。
食事を摂って宿の主人に冒険者ギルドの場所を聞き、すぐに出発した。
冒険者ギルドは、大きかった。
想像していたサイズの数倍はある。
しかしテーブル席に座っているのはイメージ通りの、命のやりとりを生業にしている者特有のギラギラした感じの連中。
不敵な自信に満ちた笑みを浮かべている者が多い。
筋肉ムキムキの山賊のような男は顔面に派手な傷跡があるし、痩せぎすでローブを纏った男は人でも殺していそうな顔つき。
どいつもこいつも一癖ありそうな人間だ。
そんな連中が大勢で談笑したりカード勝負に興じたり酒を飲んだりしている。
俺は受付カウンターに歩いて行き、パリッとした服装の美人のお姉さんに話しかけた。
「冒険者になりたいんですが」
「ようこそ冒険者ギルドへ。冒険者ギルドはどなたでも大歓迎です。登録をご希望ということでよろしいですか?」
「はい」
「ではこちらの用紙にご記入を。文字が不得手の場合は口頭で質問に答えていただくことになります。どういたしますか?」
「自分で書きます」
「では用紙をどうぞ。登録料として1000マニーいただきます」
俺は1000マニー銀貨を1枚渡して用紙を受け取った。
ちなみにお金は1マニー、10マニー、50マニー、100マニーの銅貨と、500マニー、1000マニー、5000マニーの銀貨、1万マニー、5万マニー、10万マニー金貨が存在する。
価値によって大きさや形、刻印されている図柄が違う。
「あの、技能欄には火球や疾風剣を書けばいいんですか?」
「そうですね。たくさん技能を持っていたほうがパーティーを募集する際に有利になりますよ。使えるなら書いておいたほうがいいかと思います」
つまり義務ではないということだ。
さてどうするか。
少し考えて正直に全部書くことにした。
あとは名前や性別、種族、国籍等だ。
「この国はラスタールでいいんでしたっけ?」
たしか最初から持ってる言語スキルにラスタール言語とあったはずだ。
「え? ここはサハーズ王国ですよ。ラスタールはサハーズ王国を含めた周辺一帯の地域をそう呼びます」
なるほど。
記入を終えた用紙を受付嬢に返す。
受付嬢の顔が引きつった。
「疾風剣、火球、水球、氷結波、吹雪、えっ、回復に時間魔術まで……。あの、これ本当ですか?」
「ええ。なにかまずかったですか?」
「サーティ・フォルガン様。使える技能を記入しないことは何も問題はありませんが、使えない技能を使えると偽って申告した場合には罰則があります。もし本当は使えないのでしたら――」
受付嬢がそこまで言った時、その紙がひょいとひったくられた。
紙をひったくったのはゴリラのような大男だ。
「おいおいおい。ファリス流の剣技を修めて、しかも魔術まで使えるたあ、このガキは一体どこの天才だあ?」
馬鹿でかい声で怒鳴ったのは周囲に聞かせるためだろう。
それまで騒いでいたフロアの連中がピタリと静まり返った。
「おいガキ、見栄を張るのはいいが、ウソだったら分かってんだろうな? 冒険者資格のはく奪と罰金、同じ名前での再登録の禁止だ」
「ウソはついてないですよ」
「くっくっくっく」
ゴリラ男は低く笑って額に手を当てていた。
そしていきなり拳を振りかぶって殴りかかってきた。
「じゃあ本当に使えるかどうか俺が試してやるよ!!」
【体感時間遅延】を発動。
男の拳は大振りで、避けるのは簡単だった。
避けると同時に足をかけて背中をちょっと押す。
それだけで男はバランスを崩して転んだ。
ドタァァン!
周囲で「おおーっ」というどよめきが起こる。
ああ、分かった。
こいつはたいしたことはない。
グレッグレベルには達していない。はるかに劣る雑魚だ。
「て、てめえ。……おい!!」
起き上がったゴリラ男は顔を赤くして叫んだ。
ガタン。
ゴリラ男の叫びを受けてテーブル席から数人の男が立ち上がった。
仲間か。
いきなり仲間を使ってリンチにするつもりか?
と、思ったら男たちはテーブルをどかして座っていた人間を追い立て始めた。
そうしてあっという間に円形の空間が出来上がる。
「へっへへへ。安心しろ。あいつらに手出しはさせねえ。思い上がったウソつきガキなんざ俺一人で十分だ」
即席の闘技場の真ん中に陣取って手招きするゴリラ男。
これ、決闘する流れなのか?
ちらりと後ろの受付嬢を見れば、困った顔でオロオロしていた。
「困ります。冒険者同士のギルド内での私闘は禁止されていますぅ」
「ハッ! 罰則のねえ規則なんざあってねえようなもんだ。このガキの虚偽申告と違ってなあ! オラ、クソガキ! 本当に使えるってんなら使って見せて見ろや!」
本当に使ってもいいのだろうか?
いや待てよ。
ケンカはいいとして殺人はさすがにまずいだろう。
もし勢い余ってこのゴリラを殺してしまえば、俺の冒険者生活は始まる前に頓挫してしまうことになる。
ということは威力の高いスキルはダメだ。
何のスキルを使うべきか。
手加減で悩むことになるとはな。
「食らえ!」
また殴りかかってきた。
さっきと同じ単調な右ストレートだ。
俺は最小限の動作でそれを避ける。
「オラッ! オラッ! オラアッ!」
繰り返されるゴリララッシュ。
俺はそれを避けながら考える。
思い出した。
グレッグと手合わせして【疾風剣】を見せたときのことだ。
あのとき俺は木の棒切れで【疾風剣】を使い、その斬撃は庭木の幹にみみず腫れのような痕を残した。
つまり刃物で撃たなければ殺傷能力のない斬撃を放つことが可能なのだ。
よし。
俺はゴリラ男のパンチを避けざま、【疾風剣】を手刀で放った。
バシュッッ!!
「ぐあああああっ!?」
ドガシャアッ!
ゴリラ男は吹っ飛んでテーブルを2、3個巻き添えにした。
ゴリラは【疾風剣】を受けた肩を押さえて立ち上がり、仲間の男たちが前に出てきた。
やっぱりお仲間に頼るってわけか。
さすがに四人を相手に手加減するというのは難しいかもしれない。
仕方ない。腕の一本くらい取っておくか。
が、それは杞憂だった。
襲ってきたゴリラの仲間たち。
「ぎゃあああああああっ!!」
「ぐわああああああああっ!!」
「あびゃああああああっ!?」
ゴリラよりも弱かったのである。
手刀の疾風剣だけであっという間に叩き伏せることができてしまった。
「ちゃんとファリス流の剣技を見せたわけだけど、納得いかないか? 手刀では剣技と認められないというのなら、もちろんちゃんとした剣で放つこともできるけど」
「ひぃぃっ――! もういい! 十分だ! 俺が悪かったぁぁぁっ!」
青ざめるゴリラとその仲間たち。
手刀でこの有様なのに真剣を使われたらどうなるか、サルでも……いやゴリラでも分かったのだろう。
「疾風剣だと!? ファリス流を使うのか」
「あの歳で習得しているのか……。いったいどこの剣豪の子供なんだろう?」
「少なくとも金持ちだ。道場に通わせる余裕のある家に違いない」
「あの子の動きを見たか?」
「ああ。達人の見切りだ」
「四人を相手に一瞬で……」
冒険者たちはお互い顔を見合わせて色々勝手な事を話して盛り上がり出していた。
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