村の英雄
「お、兄ちゃん……。お兄ちゃん! お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃあああああん!!」
「おい、お前まで汚れちゃうだろ」
初めて、お兄ちゃんと呼ばれた。
返り血を浴びた俺に抱き着いて泣きじゃくるシーラ。
俺が止めてもぶんぶんと首を振る。
俺はその背中をぽんぽんと軽く叩いて落ち着くまで待ってやった。
俺に背負われての帰り道、シーラはなぜ森に入ったか、なぜ出られなくなったかを話してくれた。
森に入ったのはグレッグにプレゼントする花を取りに行くため。
日が暮れる前に簡単に戻ってこれると思っていたらしい。
森は子供は入ってはいけないことになっている。だが村の人間なら誰しも子供の頃に森に入った経験がある。ミラがそう言っていた。
ただ、花畑はよほどの悪ガキでも入らないほど奥にあったというだけだ。
そして花畑の地形。
円形で目印になる物がなく、森との境界は全部似通っていた。
シーラは夢中で花を摘んでいる間に、どっちが村の方角か分からなくなったのだという。
迷ったと思った瞬間怖くて動けなくなったというが、それは不幸中の幸いだった。
もしフラフラと森の中をさまよい歩いていたら、間に合っていたか分からなかったからだ。
帰り道はほとんど魔物に襲われなかった。
例の巨大ネズミが、行きに倒した魔物の死体を食べていたくらいだ。
そして村に帰り着いた。
村の入り口には、たいまつを持った大勢の村人たち。
ほとんど全員が勢ぞろいしていた。
その中にはグレッグの姿もあった。
「ああっ……」
泣き崩れてその場にひざを突いたのはミラ。
緊張の糸が切れたのだろう。
俺は背中に背負っていたシーラを降ろす。
「パパ!」
たたっと笑顔でグレッグに駆け寄るシーラ。
パン!
乾いた音。
シーラが手にしていた花の束が宙に舞った。
「パパ……?」
頬を叩かれたシーラは地面に転がり、呆然とグレッグを見上げていた。
何が起きたのか理解できないという顔だ。
もう一度手を振り上げるグレッグ。
見てられないな。
俺はアイテム化していたダークフォレストウルフの死体を出現させた。
「うわあああっ!」
「うおっ!?」
「こりゃあ……」
村人たちのどよめき。
グレッグも毒気を抜かれたようにそれを凝視している。
「ダークフォレストウルフは俺が殺しました。……グレッグ」
「なんだ?」
「シーラはもう十分つらい思いをしました。だから……」
「っ……! そうだな」
グレッグは娘を叩いた手を、もう片方の手で押さえていた。焼けた鉄でも触ってしまったかのように。
グレッグの横からキアラが飛び出した。
そしてシーラを胸に抱いて泣いた。
「ああシーラ。無事でよかった。本当に……あああっ!」
「ママ、泣いてるの?」
キアラは号泣して返事すらできない。
シーラはそんな母親の様子に、心配そうな表情をしていた。
そしてグレッグにこう言ったのだった。
「パパ……ごめんなさい」
グレッグも、キアラとシーラを両の腕で抱いて泣いた。
「俺も、叩いたりして悪かった。心配してたんだ、本当に……」
しばらくそうして泣いて、キアラは今度は俺を抱きしめた。
「ああサーティ。本当にありがとう。本当に……」
「俺は……」
別にたいしたことはしてないとか、当たり前の事をしただけとか、色々言葉が浮かんでは消え、結局なにも言うことができなかった。
ただされるがままに撫でられ続けていた。
グレッグも涙でぐしゃぐしゃになった顔で、俺をまっすぐ見つめた。
「本当になんと言っていいか。お前は……俺たちの救い神だ」
「よしてください。俺はただの身寄りのない孤児で、グレッグの養子。そうでしょう?」
「はは、俺には過ぎた息子だぜ」
グレッグは照れたように笑う。
村人たちの間にもようやくなごやかな空気が流れた。
「いや、それにしてもすげえな。たった一人でダークフォレストウルフをやっちまうなんてな」
「ああ。こりゃあ末代までの語り草だ」
「かーっ! 吟遊詩人がいりゃあ歌にできたってのによ!」
「明日はこいつの皮を剥がなきゃなんねえ。大仕事になるぞ」
「ダークフォレストウルフは牙も毛皮も貴重だからな。もちろん肉も」
「おい! 誰か酒持ってこい! 今日は飲むぞ!」
「おお! 村を救った英雄に乾杯だ!」
大きな歓声が上がり、村人たちはそれぞれ散っていった。このあと、村に一つの酒場にでも集まって飲むのだろう。
「家に、帰りましょう」
俺が言うと、キアラは目元を拭って笑った。
「ええ、そうね」
俺たちは家に帰って、グレッグのささやかな誕生パーティーを開いた。
それからグレッグは今日のことを話してくれた。
なんでも、今日は朝から村長の家に呼び出されて、ダークフォレストウルフの対策会議をしていたらしい。
話し合いは難航したが、結局討伐に打って出ることに決定。
しかし相手は夜にしか出ない魔物。夜に森に入るのはグレッグでも危険の伴うことだ。
なので木こりや狩人たち、普段から森で仕事をしている連中といっしょにパーティーを組み、討伐に向かうこととなった。
夕暮れを待ってグレッグたちは出撃。
村長宅側から森に入った。
普段なら森に入る子供がいれば、木こりなり狩人なりが気付いてもよさそうなものだったが、この日はシーラが入った側は無人だったのだ。
シーラは花畑を探して森深くに入り込んでも、誰とも出会うことはなかった。
ベンの妻とキアラはほとんど同時に村長宅に駆け込んだ。
しかしその時にはもうグレッグたちは出撃した後。
勇敢な村の男が連絡役を買って出て、すぐにグレッグを追って森に入ったという。
グレッグたちが連絡を受けて大急ぎで引き返してきたときには、すでに夜。
そして村人たち全員で、シーラが入っていったベンの家の側の入り口に集合していたというわけだ。
「そろそろ寝ますね」
俺は席を立った。
シーラはもう先に眠り、キアラもシーラを寝かしつけてそのまま寝たらしい。
ミラも自分の部屋に戻り、リビングに残るのはグレッグと俺だけだ。
「ああ」
グレッグは酒が入ったほろ酔い顔で手を上げた。
寝室に向かおうとする俺にもう一度声がかかる。
「サーティ」
「はい」
「今日は本当に……ありがとうな」
俺は笑顔でうなずいてリビングを後にした。
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