花冠と女の子
「シーラが帰ってこない?」
森から戻った俺に心配そうなキアラが駆け寄ってきた。
「そうなの。サーティ、あの子に会わなかった?」
「いえ、会ってないです。シーラはどこに行くって言ってたんですか?」
「ベンの家に遊びに行くって言って出てったんだけど。もうこんな時間でしょう? ちょっと心配になっちゃって」
「俺が見てきます」
「ありがとう。お願いね」
ベンというのはこの村の木こりだ。ベンにはシーラと同じくらいの女の子がいた。友達の家に遊びに行ったと考えれば別に不思議ではない。
ただ、もう空は赤く染まって日が暮れ始めていた。
さすがに遅すぎる。
俺がベンの家のドアを叩くと、中から一人のおばさんが出てきた。ベンの奥さんだ。
「あら、シーラちゃんのところの。こんにちは。どうしたの? こんな時間に」
「それがですね。こちらにシーラが来ていないかと思いまして」
「シーラちゃんならもう帰ったわ。うちの子と遊んで、日が暮れる前に」
俺はおばさんにシーラがまだ戻っていないことを告げた。
おばさんは真っ青になって言った。
「そんな……。大変だわ。どうしましょう」
「ベンさんは? 木こりも狩人も最近は早くに帰ってきているでしょう?」
「それが今日は朝から村長の家に……。なんでも、例の魔物の件で相談があるとか」
「そうですか。ちょっとお子さんと話をさせていただいてもいいですか?」
最後に遊んでいたのはこの家の女の子だ。何か手がかりがつかめるかもしれない。
おばさんは二つ返事で俺を入れてくれた。
女の子はリビングのイスの上にちょこんと座っていて、テーブルの上の花の冠をいじっていた。
それは木こりのベンがこの前森で作って持って帰ってきたお土産だ。
「やあ、こんにちは。少しお話聞いてもいいかな?」
「あ、シーラちゃんのお兄ちゃん。こんにちは」
「こんにちは。きれいな冠だね」
「えへへー」
にっこり笑って花冠を頭に被る女の子。
「まるでお姫様みたいだよ」
そう言うと女の子は見るからに気をよくして胸を張った。
「パパが作ってくれたんだー」
「今日はシーラと遊んでたんだって? どんな話をしてたんだい?」
「えっとねー。今日はグレッグおじちゃんの誕生日なんだって言ってたよ。それでね、どんなプレゼントがいいかなーって」
なるほど。シーラは今朝の会話を聞いていた。
「それで、何をあげるか決まったみたいだった?」
女の子は俺をじっと見つめて口ごもった。
言ってもいいのかどうか考えあぐねているのだとすぐに分かった。
「大丈夫。シーラはパパにびっくりしてもらいたいんだよね。俺の口から言ってバラしたりしないよ」
「ほんとに言わない?」
「ああ、約束する」
「あのね、シーラちゃん、私のかんむり、見て言ったの。いいなーって。こんなにきれいなお花、たくさんあげたらきっとパパもよろこんでくれるって。それで……あっ」
言葉の途中で女の子は下を向いてしまう。
どうやら話す途中で自分がシーラにまずいことを言ってしまったと気付いたようだ。
しかし俺は聞かなければならない。
「それで、どこにお花が生えているのか聞かれて、答えたんだね?」
「ごめんなさい! 森の中にきれいなお花畑があって、白いお花がいっぱい咲いてて、そこで作ったんだよってパパ言ってた。それで私、シーラちゃんにそれ、言っちゃったの。シーラちゃん、まだ帰ってきてないんだよね?」
俺はミラから聞いた昔話を思い出していた。
子供の頃グレッグやジャンと森に入ってよく遊んだらしい。
つまり村の子供たちにとって森は絶対に入らない場所ではない。
大人から入るなと言われれば入りたくなるのが子供の心理だ。
今朝俺とキアラが言い聞かせたばかりだが、どうしてもグレッグに花束をプレゼントしたかったのだろう。
この子についても、俺は責めるつもりはない。
きっかけを作ったかもしれないが、森に入ってしまうなど、ましてこの時間まで帰ってこないなど思いもよらなかった違いないのだから。
だから俺はただ、女の子の頭を撫でた。
「大丈夫。シーラは俺がなんとかするから」
俺が帰って来るときに会えなかったのは、入れ違いになったからかもしれない。
いや、そんなことはどうでもいい。
今は一刻も早く助けに行くべきだ。
「シーラちゃんが迷子になるなんて……。私が言ったせいだ。ごめんなさい……」
「大丈夫」
俺はもう一度女の子に言って、それからおばさんを見た。
俺の視線を受けておばさんは大きくうなずいた。
「村長の家に行ってくるわ」
おばさんは大急ぎで家を飛び出し、俺も走り出した。
向かう先はおばさんとは逆方向。
俺は森へと向かった。
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