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6.見合いをした

「まずは娘に会ってみてくれ」

 上司にそう言われて断れるはずもなく、エドガルドはルシエンテス公爵邸を訪れることになった。

 公爵の筆頭秘書官として、エドガルドは公爵と共に多くの国へ赴いた。中には鎖国状態で命の保証もないような国もあったが、今日ほど緊張したことはい。


 傷ついたリカルダにどのような言葉をかければいいのか、女性に慣れていないエドガルドは想像もつかない。不用意な言葉で彼女を更に傷つけてしまうのではないか。その前に、見知らぬ男と会うことさえ辛いに違いない。

 そんなことをつらつらと考えてしまい、エドガルドの足は重くなる。 

 

「あの事件の直後、リカルダは塞ぎ込んで部屋に閉じこもっていたが、最近は徐々に部屋から出ることができるようになってきた。今回だって、君に会っても良いとリカルダから言い出したのだ。領地を立て直すことができそうな人材だと紹介したら、君に興味を持ったらしい。だから、そんなに緊張しないで大丈夫だ。気楽に会ってやってくれ」

 沈鬱な表情で後ろをついてくるエドガルドを振り返り、公爵は苦笑交じりにそう声をかけた。

 出会った当初は少し卑屈だったが、最近のエドガルドは自分に自信を持っているようだと感じている公爵だが、やはり女性は苦手らしい。

 求める資料は完ぺきに仕上げてくるし、訪問が決まった国の法律や文化まで調べ尽くし、多国語を操るエドガルドは本当に得難い人材だと公爵は感じている。

 しかし、不安だと顔中に書いているようなエドガルドの表情に、公爵も若干の不安を感じ始めていた。


「リカルダには嫌なら断るようにと伝えてある。だから、娘の思いを無視して結婚を進めることはない」

 かなり失礼かなと思いながら、公爵ははっきりと言うことにした。

「そうですか。それなら断られる可能性が大きいですね」

 少し安心したようにエドガルドは頷いた。

 


 公爵に連れてこられたのは豪華な応接室。そこには侍女しかいなかった。勧められるままにソファに座り、侍女が茶を淹れてくれても、エドガルドはとても落ち着かない。

 待つほどもなく、小柄な女性が侍女を伴って部屋にやって来た。

 

 エドガルドが想像していた以上にリカルダは美少女であった。淡い金色の髪はとても豪華で、頬は陶器のように滑らかだ。彼を不安そうに見つめる大きな目は緑色に輝いてまるで宝石のようだ。

 女嫌いとはいえ、エドガルドも若い男だ。思わずリカルダに目を奪われ、不躾に眺めたりすれば怖がらせるかもしれないと、慌てて目を逸らした。


「我が娘のリカルダだ。そして、こちらが私の筆頭事務官を務めてくれているエドガルド・バルカルセ」

 手短にルシエンテス公爵が二人を紹介する。

「リカルダです。本日はわざわざおいでいただき、ありがとうございます」

 リカルダは見本のような美しい礼をしてみせた。エドガルドは慌てて立ち上がる。

「わ、私はバルカルセ子爵の次男、エドガルドと申します。よ、よろしくお願いいたします」

 エドガルドのぎこちない挨拶に、有能な奴だと思ったのにと、公爵は小さくため息をついた。

 

 対面の席に腰を下ろしたリカルダを怖がらせるのではないかと思い、エドガルドは彼女と目を合わさず下を向いていた。すると、膝の上で組まれたリカルダの手が目に入る。白く美しい指は作業など何もしたことがないと思わせた。修道院では貴族であっても身の回りのことは自分でこなさなければならない。このような手をした女性が修道院へ入れば辛い思いをするだろうと、エドガルドはぼんやりと考えていた。


「新しく賜った領地では、領民たちが苦しい生活をしているとのことです。バルカルセ様はそんな領民たちを救ってくださると、父から伺いました」

 何も言わないエドガルドに焦れたのか、リカルダが口を開いた。

「は、はい。できる限りの努力をする所存です」

 婚約者に裏切られ、その恋人に嵌められるという辛い経験をしたリカルダなのに、世を恨むでもなく、見知らぬ領民の心配するのかと、エドガルドは驚いてリカルダの顔を見た。すると、彼女は微かな笑みを見せる。

 強い女性だとエドガルドは思った。辛い思いを隠して微笑む彼女を、絶対に幸せにしたいと感じていた。


『エドガルドは見合いだとわかっているのか? 他国との交渉の席じゃないのだからな』

  エドガルドの硬すぎる物言いに、いくらなんでもこれは駄目かもしれないと公爵は半ば諦めていた。


「結婚する際、一つだけお願いがあります」

 しかし、公爵の予想に反して、リカルダはそんなことを言い出した。

「私にできることなら、何でもいたします」

 一介の事務官に過ぎない自分にできることは多くないとエドガルドは感じている。それでもリカルダのたった一つの願いならば、どうにか叶えてやりたい。


「彼女はわたくしの侍女、トニアです。結婚してもトニアに侍女を務めてもらいたいのです。もし、領地で暮らすことになっても一緒に連れていきたいと存じます」

「はい。何ら問題はありません。侍女を雇うくらいの給金は得ております」

 エドガルドはそんなことかと気が抜けてしまった。彼は高級文官であるので収入はそれなりにある。寮住まいをしていたこともあり、貯えも少なくない。領地からの税収がなくても、侍女と家事使用人くらいは雇うことができ、公爵家と同等の暮らしは無理でも、一般の貴族女性としての生活は保障できる。


「何も心配することはない。リカルダに不自由な思いはさせない。領地からの税収が安定するまで、我が公爵家が家も使用人も全て用意しよう。エドガルドは領地の運営に全力を注いでくれればいい。だが、私の秘書官としての勤務も忘れないでくれ。君がいなければ、外交が滞るかも知れんからな」

 リカルダが前向きになったことが嬉しくて、公爵はとても機嫌が良かった。



 もちろん、バルカルセ子爵が結婚に反対するはずもない。それどころか、一生独身でいると公言していた息子が結婚したいと言ってきたので、家族揃って諸手を挙げて歓迎した。

 

 こうして、エドガルドの予想を超える速度で結婚が決まってしまった。

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