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4.嵌められた男

リカルダ誘拐事件から二か月ほど経ったある日、エドガルドは父親のバルカルセ子爵に呼び出され、四年ぶりに実家へと戻ってきた。


 今から五年前、十八歳だったエドガルドは当時まだプレシアド男爵の娘だったアルマと婚約した。無口で生真面目、女性と気軽に付き合うことなどできそうにもない次男坊を心配して、母親のバルカルセ子爵夫人がやや強引に婚約を進めたのだ。その時アルマはまだ十四歳だったが、既に人目を引くほど美しい容姿だったので、エドガルドも婚約を嬉しく思っていた。

 しかし、エドガルドは平凡な容姿で気の利いた言葉一つ口にできず、社交界へのデビューを済ませてもいない年若いアルマに気を使って接触も最低限にしていたので、アルマはかなり不満に思っていた。


 それから一年後、十五歳になったアルマは社交界へデビューすることになる。その時の舞踏会でエドガルドはアルマに休憩室へと誘われた。もちろん、エドガルドはそのような場でアルマと結ばれようとは思っていなかったが、それでも初めてのキスくらいは交わせるだろうと期待して、アルマと一緒に会場を抜け出した。


 エドガルドが休憩室のドアを開けると、見知らぬ女性がソファに座っていた。無人だと思っていた彼は驚いたが、

「部屋を間違ったようだ。申し訳ない」

 とにかく謝って部屋を出ようとした。

 しかし、突然立ち上がった女性がエドガルドに突進してきて悲鳴を上げる。

「いや! 触らないで。お願い、放して」

 何事が起ったのか理解できず、エドガルドは後ろにいるはずのアルマに助けを求めようと振り返ったが、そこには誰もいなかった。


 悲鳴を上げる女性を無視して立ち去ることもできず、エドガルドが悩んでいると、女性の悲鳴を聞きつけたのか、警備をしていた二人の騎士が駆けつけてくる。

「助けてください! この男が……」

 女性は騎士に駆け寄りながら助けを求めた。着ていたエプロンドレスは微妙に着崩れている。驚いた騎士の一人がマントを外し女性の肩にかける。



 それから、エドガルドにとって悪夢のような日々が始まった。

 休憩室にいたのはアルマに付き従ってきた侍女だった。身分を笠に着て、婚約者の侍女に体を差し出すように迫ったと騎士に詰られ、アルマの父親であるプレシアド男爵からは婚約の破棄を申し付けられ、多額の慰謝料を請求された。

 もちろんエドガルドは否定したが、卑怯者だと余計に責められただけだった。


 エドガルドの母親さえ、彼を忌々し気に睨んだ。兄も呆れたようにため息をついている。

「女に興味があるのはわかるが、わざわざ侍女に手を出さなくても、金を払えば抱ける女などいくらでもいるだろうに」

「本当に馬鹿なことをしでかしたものだ」

 バルカルセ子爵は残念そうにそう言った。

「違う! 俺は何もしていない。騙されたんだ!」

 そう言っても、家族さえ信じてはくれない。


 結局、バルカルセ子爵はプレシアド男爵に請求された慰謝料を全額支払った。貴族としての体面を保つために必要なことだとエドガルドは理解していたが、それでも、家族にも信じてもらえないことは心の傷になっていた。


 それからエドガルドはバルカルセ子爵家を出ることにした。十七歳から文官見習いとして働いていたので少ないが収入はある。しかし、文官となるものは王都に館を構える貴族やその子弟なので、専用の寮などは用意されていない。仕方がないので、エドガルドは下働きの者たちが暮らす寮に住むことにした。


『あんな平凡な男は私に相応しくない。婚約破棄できて良かった』

 アルマがそんなことを言いふらしていると聞いて、金目当ての侍女が勝手にやったことかもしれないと、まだ十五歳だったアルマを信じようと思っていたエルガルドは、ようやくアルマの策略であったと理解した。

 もう女など誰も信じない。結婚などせずに生涯自分一人で生きていく。そう誓ったエドガルドは、悔しい思いを仕事にぶつけることにした。

 休憩する間も惜しんで外国語を学び、国内外の法規を徹底的に調べた。休日には剣や体術を学び、体を鍛えた。

 頭と体をひたすら酷使することによって、余計なことを考えないようにして過ごしていたのだ。

 その甲斐があり、今は大臣を務めるルシエンテス公爵の右腕として重用されている。



 久しぶりに実家に戻ったエドガルドは、家族全員に迎えられた。

「あの時は本当に済まなかった。全てアルマの企みだったのだな。それにしても王太子殿下の婚約者相手にお前の時と同じようなことをするとはな。恐ろしい女だ」

 真っ先に謝ったのは父であるバルカルセ子爵だった。兄も母親も気まずそうにしている。

「私は女だから、襲われたと言い張る女性に感情移入してしまったの。ごめんなさいね」

 エドガルドを信じなかった母親の態度は、彼が女性嫌いになった一因でもある。謝られたからといって、すぐに心の傷が癒えることはないが、既に四年も経っているし、エドガルドも二十三歳になった。いつまでも拘っているつもりはない。


「あの時は信じてもらえなくても仕方がなかったと思います。ただ、貴族から追放されるのを覚悟してでもアルマと争っていれば、今回、彼女はリカルダ様を陥れるようなことをしなかったかもしれないと思うと、後悔はしています」

 リカルダはエドガルドの上司の娘である。有能なルシエンテス公爵が気落ちしているのを感じ、悔しくて仕方がない。

 あのようにエドガルドを嵌めることで予定通り婚約を破棄でき、その上大金まで得ることができたので、アルマは味を占めたのだとエドガルドは考えていた。


「本当に馬鹿な女だよな。ルシエンテス公爵閣下の愛娘に手を出そうなどと。国の外交を担っている重要人物で、閣下の外交手腕のおかげでこの国は潤っているというのに。まあ、アルマは北の牢獄に入れられて当然だな。リカルダ嬢を誘拐したフアニートは鉱山で強制労働。アルマを養女にしたパスクアル伯爵も脱税と領民虐待の罪で追放されたし。様あ見ろだ」

 兄はなぜか嬉しそうにしていた。そうかもしれないとエドガルドも思う。

 海を臨む絶壁に建つという北の修道院は、貴族女性の牢獄と呼ばれており二度と外へ出ることは叶わない。

 誘拐実行犯のフアニートは、ルシエンテス公爵が死刑ではなく強制労働を望んだ。できるだけ長く苦しみを続けさせたかったのだ。しかし、優男のフアニートは厳しい労働を課せられてそれほど長く生きることはできないとエドガルドは思っている。


「殿下も廃嫡になったしね。まあ、あんな毒婦に騙されて婚約者を嵌めようとする人が王位に就くのは嫌だものね。第二王子は優秀だと評判だから、これで良かったのかもしれないけれど。でも、リカルダ様は本当にお気の毒よね」

 バルカルセ子爵夫人は、今度はリカルダに感情移入しているようだ。


 王太子はリカルダを貶める目的で休憩室に呼び出したことを素直に認めた。そのため、廃嫡となり公爵位を得て臣下に下ることになった。そして、半年の謹慎を命じられ、与えられた館に閉じ込められている。

 来月には第二王子が立太子する予定だ。理解が早く視野が広い第二王子の方が王に向いているとエドガルドも感じていた。

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