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32.春が待ち遠しい

「ダビド、春には絶対に戻ってきてね。それで、この館で二人の結婚式を挙げましょう。いいでしょう? 旦那様」

 リカルダはトニアが育ったこの館で結婚式を挙げるべきだと考えていた。亡くなったサルディバル子爵夫妻も妹もこの場所に埋葬されてはいない。しかし、想いは残っているのではないかと思っている。

 無念だったであろう彼らに、せめてトニアの幸せな姿を見せてあげたい。


「それはいい考えですね。それならば、私たちも一緒に結婚式を挙げませんか?」

 エドガルドとリカルダは結婚証明書を王宮に提出しただけで、結婚式を挙げていない。そのためエドガルドはリカルダの花嫁姿を見ていない。できればリカルダに花嫁衣裳を着せたいと思っていた。

 結婚後半年近く経つので今更だが、ダビドとトニアの結婚式に便乗するのなら、許されるのではないかと考えた。


「まあ、素敵! トニアとお揃いでドレスを作りましょう。真っ白いドレスを貝殻で作った花飾りで飾るの。虹色に輝いてとても美しいはずよ」

 両手を胸の前で合わせたリカルダは、その光景を想像して嬉しそうに頬を染めている。

 本音をいうと、トニアがダビドと一緒に領地へ行ってしまうのはとても寂しい。しかし、トニアが幸せになるのはリカルダの願いでもあった。


「奥様! いくら何でも早計でございます。私はまだトニアさんに求婚をするお許しを願い出たにすぎません。トニアさんには後悔のないようにじっくりと考慮してから、お返事をいただきたいと思っております」

 ダビドはリカルダとエドガルドを慌てて止めた。なし崩し的に結婚したいとは思わない。トニアには自らの意思で選んでほしい。


「済まなかった。ちょっと暴走してしまったかもしれない。私は君たちの結婚を心から歓迎しているが、もちろん、強要するつもりはない」

 まず謝ったのはエドガルドだった。リカルダの花嫁姿が見られると浮かれて、トニアの意思確認を怠ってしまった。ダビドとトニアの二人はファリアス伯爵邸の使用人なので、これでは主人による結婚の強要だと捉えられかねない。

「ごめんなさい。わたくしも旦那様と同じ考えです。トニア、じっくりと考えてね」

 リカルダも謝ることにした。ダビドならトニアを幸せにできると思うが、もちろん強制するつもりはない。


「私も楽しみにしております」

 小さな声でトニアが答えた。

 リカルダに花嫁衣裳を着せたいとトニアも思っている。


 リカルダは絶対に認めないだろうが、あの誘拐事件を起こしたのはトニアに同情したからだ。あの機会を逃せば、一介の侍女が貴族を追い落とすことなど不可能に近かったはずだ。だからこそ、リカルダは決意した。

 その結果、侍女だったトニアと違い、リカルダの失ったものはとても大きい。貴族女性としての幸せを全て手放してしまった。

 リカルダを不幸にしたとトニアはずっと後悔していた。しかし、リカルダは毎日幸せそうに笑っている。領民を救うという意味しかなかった結婚が、女性としての幸せへと変わったのだ。

 そして、自身も幸せになりたいとトニアは思う。不幸の中で亡くなった両親と妹のためにも。


「それでは領地のことをなるべく早く片付けて、冬の終わりには帰ってくるようにいたします」

 恭しく頭を下げたダビドの口元は緩んでいた。

「ご無事の帰還を祈っております」

 トニアもまた、嬉しそうに頬を染めていた。



 それからすぐにダビドはサルディバル子爵領へと旅立った。ファリアス伯爵領より王都に近く、馬なら二日で着く距離だ。広さは伯爵領の半分にも満たないが、気候は良く作物の実りも豊かな土地である。ただ、侯爵領から子爵領に変わったということで、領民たちの意欲が落ちているかもしれない。そこを激励しつつ、領民が誇れるような領地にできればとダビドは考えていた。



 それからしばらくして、

「旦那様、奥様。王宮で開催される新年を祝う舞踏会の招待状が届いております」

 トニアがエドガルドに手渡したのは、王家の紋章が刻印された封書だった。

 エドガルドは今まで社交界にほとんど顔を出していなかったが、新しく興した伯爵家と復爵した子爵家、その二つの爵位を名乗ことになった今、そうもいっていられない。結婚の披露目も済んでいないことでもあるし、国でも最大規模で開催される新年祭に参加する他なかった。


「旦那様、真珠と貝殻を使ったタイピンが出来上がっております。サッシュベルトにも貝殻をあしらって作ってもらいました。わたくしのドレスとお揃いなのですよ。舞踏会がとても楽しみですね」

「いや、その、あまり……」

 リカルダのイブニングドレス姿は楽しみだが、お揃いの物など自分には絶対に似合わないだろうとエドガルドは思っている。


「旦那様はわたくしをエスコートするのがお嫌なのですか?」

「違います! 私はリカルダ様に恥をかかせたくないだけなのです」

 エドガルドは首を横に振り慌てて否定した。リカルダの目にうっすらと涙の幕ができている。彼女を悲しませるつもりなど微塵もない。


「それは大丈夫です。旦那様ほど素敵な貴公子はいませんもの。わたくしが恥をかくはずありません。でも、貴婦人の皆様が旦那様に魅せられてしまったらどうしましょう。困ったわ」

「そんな心配は無用ですから」

 エドガルドはかなりいたたまれない。やはりルシエンテス公爵が大切にしすぎて、リカルダは少々世間からずれているのではないかと心配になる。


「旦那様、奥様を信じて差し上げたらいかがですか? 旦那様が素敵な貴公子に見えるように侍女一同努力いたしますから、堂々と奥様をエスコートなさってください」

 堂々としていれば、エドガルドだってそれなりに見えるはずだ。一番避けなければならないのは、卑屈になること。おどおどしながら俯いていれば、皆から軽んじられてしまうだろう。

 リカルダの夫として、そんなことは許されないとトニアは思っている。


「わ、わかった。なるべく堂々とするように努力する」

 トニアはかなり不安を感じたが、リカルダは頼もしいと思っていた。



 そして、舞踏会がやってくる。さすがに外は寒いが、大きな暖炉の中で火が燃え盛っている会場は熱気に包まれていた。

 新しい年を祝うため、参加者たちは精一杯に着飾っている。その中でもリカルダは大いに目立っていた。

 結いあげた美しいプラチナブロンドの髪を飾るのは、虹色に輝く花飾り。水色のドレスにも貝殻の花が飾られている。首を飾るのは大きなしずくの形をした真珠。繊細な金細工と色取り取りの小さな真珠が色を添えている。

 奥ゆかしいのに豪華。きらびやかなのに上品。リカルダが歩くたびに皆の目が釘付けになっていく。


 その隣を歩くのはもちろんエドガルドだ。顔を上げ優しく微笑みながら堂々とリカルダのエスコートを務めている。トニアに練習させられた成果は出ているようだ。



「ねえ、わたくしが言った通りでしょう? リカルダの旦那様は素敵な貴公子だと」

 ルシエンテス公爵夫人が嬉しそうに夫である公爵を見上げている。

「エドガルドとの結婚を勧めたのは私で、君は最初反対していたと思うが」

 公爵も微笑み返した。リカルダが誰よりも幸せそうだから、そんな軽口を叩くことができる。そうでなければ、夫人が臍を曲げてしまいそうだ。

「あら、そうでしたかしら? 貴方が『無粋な男』だと言ってらしたのは覚えていますけれど」

 夫人は機嫌がとても良いらしく、扇子で口元を隠しながらも、抑えきれないというように笑顔を見せていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここ数日更新されないなと思ったら完結してたことに今気づいた。乙でした(*’ω’ノノ゛☆パチパチ
[一言]  一昨日この作品を見つけ、読み始めました。  とても面白いので、続きが楽しみです。  エドガルドの実家のバルカルセ子爵家ですが、エドガルドをずっと信じなかったくせに、急に手の平返したように優…
[一言] 完結お疲れ様でした、楽しませて頂きました。 リカルダとエドガルドが幸せそうで何よりですが、ダビドが「俺、春になったら帰って来てトニアと結婚するんだ」的なフラグを立てていてとっても気になりま…
2020/12/04 23:09 退会済み
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