31.最高の誕生日プレゼント
オラシオがやってきた翌日、真珠の首飾りがファリアス伯爵邸に届けられた。
リカルダは夕食後にエドガルドを夫婦の居間に誘い、その首飾りを見せることにした。
「これは本当に見事ですね」
中央には大粒のしずくの形をした真珠。ほんのり赤く染まって本当に美しい。その周りには細い金の針金で繊細な模様が形作られている。小さな色とりどりの真珠は様々な方向へ奔放に飛び出しているようだが、全体的に見ると美しく調和していた。
宝飾品に詳しくないエドガルドでさえ惚れ惚れとするような逸品に仕上がっている。リカルダの首元を飾ればさぞや魅力的であろうと、エドガルドはそっとリカルダを横目で見て、その白い項があまりに魅惑的だったので、目線を外すことができなくなっていた。
「旦那様は真珠を領地で加工したいとのお考えですが、かなり腕の立つ職人でないと、真珠を扱うのは無理だと思います。金や銀などの貴金属も必要ですしね。高価なものを領地に持ち込むと、奪略者を引き寄せることになるかもしれません」
真珠や貴金属があると知れば、他の領地から強盗などが入り込むのではないかとリカルダは心配していた。そして、このような貴重な真珠を素人が加工して価値を下げてしまうのが怖かった。
「はい」
項に見とれていたエドガルドは気のない返事を返した。それでも、内容は理解している。
「ですので、領地で作るのは、貝殻を使った花飾りや宝石箱、それに食器などにいたしませんか? 貝殻ならたくさん採れるようですし、失敗しても大丈夫でしょう? 貴婦人の方々にもたいそう興味を持っていただいておりますし、宝石箱は既にお義姉様や叔母様方から注文が入っております」
リカルダの母親が息子の嫁や自分の妹に自慢していた。虹色に輝く宝石箱を見せられた者たちは皆それを欲しがっている。リカルダは百年ほど前に流行った極彩色の宝石箱のように、貝殻の宝石箱が貴婦人の間で話題になるのではないかと期待していた。
「それは良い考えですね。真珠はやはり専門家に任せるようにいたしましょう」
エドガルドはすぐさま賛成した。領地の女性に仕事を与えたいと考えていたが、このような首飾りを素人が真似て作るのはとても無理だし、あまりに高価なものを生産すると、確かに夜盗に襲われてしまうかもしれない。
「旦那様、アルカンタルの宝石箱の修理もやっと終わったのですよ」
本当に嬉しそうにリカルダが差し出したのは、目の覚めるような極彩色に塗られた小さな宝石箱だった。様々な色をまとった小鳥の周りには、美しい花が彫刻されている。それらはまるで生きているかのように瑞々しい。とても鮮やかなのに上品さは失っていないのだ。
リカルダがそっと蓋を開けてみせると、ほんのり赤く染められた美しい絹が中に張られていた。
色が褪せて汚れが目立っていたあのみすぼらしい宝石箱とはとても思えない。
「これはまたとても美しいですね。小さいのに豪華。でも、主張しすぎることもない。皆が欲しがった訳がわかりました」
これは工芸品ではなく、芸術品なのだとエドガルドは感心した。
「旦那様、本当にありがとうございます。誕生日にこのような素敵な贈り物をいただいた幸せ者は、王都でもわたくし一人でしょう」
感動でリカルダの目は潤んでいる。
「本当でございますね。見たこともないほど豪華な真珠の首飾りに、名工の手による貴重な宝石箱。このような贈り物ができる者はそういないでしょうね」
トニアは王族でも難しいかもしれないと思っていた。
「いえ、あの、真珠は子どもたちがくれたものですし、宝石箱はただ同然でしたので。礼は職人たちに言うべきだと思います」
たまたま手に入っただけのものなのに、このように感動されるとエドガルドは本当にいたたまれない。
「職人たちへの報酬は旦那様のお給金から払いましたので、やはりこれらは旦那様からの贈り物なのです。わたくし、一生大事にいたします。本当にありがとうございます」
「はい」
とにかくリカルダが喜んでくれているようなので、エドガルドは領地の子どもたちと目利きのできない古物市の露天商人に感謝しつつ、自分からの贈り物とすることにした。
「ところで旦那様。母に贈った貝殻の宝石箱を作ったのは、このアルカンタルの宝石箱を修理した職人の弟子で、女性とのことです。彼女の旦那様も腕の良い職人で、そろそろ独立を考えているらしいのです。二人は貝殻にとても興味を持ち、できれば夫婦でファリアス領に移住したい考えだそうです。領民たちにも技術を伝えて、共に様々な貝殻を使った製品を作っていきたいと言ってくれています。受け入れてもらえますか?」
「それは有り難いですね。早速オラシオ殿にそのことを伝えて、職人の移住準備をしてもらいましょう。女性職人なら、私兵たちに虐げられていた女性でも、恐れることなく教えを乞うことができるでしょうし、本当に好都合です」
これで領地の特産物を作る算段がついた。今まで採った分だけでも貝殻は数え切れないほど残っている。漁師村の外れに貝殻が積み上げられていたのをエドガルドは知っていた。
その数日後、オラシオは男爵位を賜ることが決定し、正式な代官として領地へと戻ることになった。
「旦那様、奥様。そして、オラシオ様。お話がございます」
朝食が終わったエドガルドたちにそう申し出たのは、深刻な顔をしたダビドだった。
「わかった。オラシオ殿は本日出発予定なので、それほど時間がとれないが」
「はい。それほど時間をいただくことはありません」
何事かと思いながらも、一行はサロンへと移動する。
「私も数日後にはサルディバル子爵領へ向けて出発する予定です。まだ領地のことを何も知りませんので、今回は私一人で行こうと思っております。しかし、領地内を一通り見て回り一段落いたしましたら、一旦戻って参ります。その時、トニアさんに求婚したいと考えております。お許しいただけますか?」
ダビドはやっと決意したらしい。
「私はもちろん賛成だが、オラシオ殿はどうかな?」
エドガルドは心配そうにオラシオを振り返った。彼自身も平民女性と結婚しているので、ダビドの身分を理由に反対しないと思ったが、ダビドとトニアは年が八歳も離れている。それは問題だと思うかもしれない。
「僕も反対しないよ。姉上が望むならね」
オラシオがトニアの方を見ると、彼女は真っ赤になっていた。どう見ても嫌がってはいない。
「姉上、前の結婚のようにじっと耐えたりせずに、結婚生活で辛いことがあれば僕を頼ってください。これからファリアス領は豊かになっていきますからね。代官の僕だって、姉上の面倒くらい見ることができます」
オラシオがトニアの行方を捜していた時、彼女が婚家で虐げられていたことを知った。
子爵家から伯爵家へと嫁ぐことができたのだ。親戚一同良い縁ができたと喜んだ。だからこそトニアはその期待を裏切らないために堪えていた。
「トニアさんに辛い思いをさせることなどありません! それだけは誓えます」
いつも落ち着いた口調のダビドにしては珍しく、早口で言い切った。
トニアは益々頬が赤くなっていた。




