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30.領地へ同行するのは

「本当によろしいのですか? この機を逃せばもう貴族には戻れないかもしれませんよ」

 使用人棟に戻ろうとしたトニアに声をかけたのはダビドだった。他の侍女たちと一線を画した態度に、彼はトニアを訳ありだとは思ってはいたが、予想通り子爵家の娘であった。確かに驚いたが、リカルダと組んで誘拐事件をでっち上げたと聞いた時ほどではない。

 昔からお転婆だったリカルダはともかく、目の前の清楚な女性がそのような大それたことをしたなど、ダビドは今でも信じられない気持ちだ。


「はい。私は侍女のトニアです。夫と死別して二年間修道院で過ごし、教会で知り合ったリカルダ様に侍女として雇っていただきました。そして、とても光栄なことに、こうしてリカルダ様の嫁ぎ先まで連れてきてくださったのです。今はとても充実した毎日を過ごし、日々幸せを感じております」

 リカルダの侍女として一生を終えるのも悪くないとトニアは思っている。少なくとも身の置き所がなかったイグレシアス伯爵家で生涯を過ごすよりは遥かにましだ。

 しかし、エドガルドとリカルダの仲の良さを見ていると、少し羨ましくなる。そして、まだ幼いと思っていた弟が愛した女性との間に子ができて父親になると聞いたのだ。それはとても嬉しいことだが、取り残されていくような寂しさも感じている。

 二十四歳になる結婚歴のある女がまともな結婚ができるとは考えていないが、彼らのように愛し愛されたいとトニアは思うようになっていた。


「その覚悟ならば、私はもう何も言いません。この伯爵邸で執事を務めるのもあとわずかですが、困ったことがあるのならば、何でも相談してください」

 トニアの元姑や元夫が嫌な奴だと姪から聞かされていたダビドは、幸せな結婚ではなかったのだろうと感じていた。そして、父親がいわれのない罪に問われ子爵位を剥奪されるという辛酸を舐めたのだ。

 トニアには少しでも快適に過ごしてほしいとダビドは思っている。


「ありがとうございます。ダビドさんにはルシエンテス公爵邸にいる時から良くしてもらっていますので、本当に感謝しております。ここの使用人も優しい方ばかりですし、困ったことなど本当に何もないのです」

 イグレシアス伯爵邸の侍女はどこかぎすぎすしていた。アルモンテ家の使用人は意地悪だった。やはり使用人は主人に似るのだろうとトニアは感じている。だから、エドガルドとリカルダに仕える者たちが、優しくなるのは当然だ。

「それは良かったですね」

 嬉しそうに微笑むトニアを見ていると、その言葉に嘘はないとダビドは安心していた。 



「ところで、ダビドさんは独身なのですね。結婚なさらないのですか?」

 トニアはダビドのことを真面目で優しく、気配りのできる素敵な人だと感じている。かつてのエドガルドのように、女性を前にすると挙動不審になるようなこともないので、独身だというのが意外だった。

「仕事にのめり込む質なので、今まで女性に気を向ける余裕がありませんでした。結婚しても妻に寂しい思いをさせてしまうのは申し訳ないですしね」

 しみじみとした口調のダビド。国でも有数の大貴族であるルシエンテス公爵邸を回していくのも、新しいファリアス伯爵邸を仕切るのも、とてもやりがいがある仕事だ。そしてまた、新たな任務を与えられたのだ。喜びは確かに感じている。


「奥様に寂しい思いをさせたくないなんて、ダビドさんは本当に優しいのですね」

「いえ、不器用なだけです。しかし、ここに勤めていると旦那様と奥様のことを羨ましく感じてしまいますね。旦那様は奥様のことをあれほど愛しながらも、仕事をきっちりとこなしていらっしゃる。私とは処理能力が違うのでしょうけれど、それでも私にもできそうな気がするのです。新しいサルディバル子爵領へは妻を同行できればいいなと思ってしまいます」

「想う方がいらっしゃるのですか?」

「いいえ。情けないことに、そのような人は影も形もないのです」

 少し寂しそうなダビド。仕事に没頭するあまり、三十二歳になっても浮いた話一つない。

 

「それならば、私が領地へご一緒しましょうか?」

 トニアは冗談めかしてそんなことを言って笑っている。もちろん、ダビドの妻となれば確実に幸せになるだろうが、本気で彼を誘惑しようと思ったわけではない。


「まあ、素敵! トニアの方から求愛するなんて」

 なんと一階へ降りてきたリカルダがそんな会話を目撃してしまった。

「そうだな。妻帯者の方が信用されるだろうし、本当に喜ばしい話だ。我が家から新婚夫婦が誕生するのだからな」

 もちろんリカルダの隣にはエスコートしてきたエドガルドがいる。

「それにね。トニアは字も書けるし計算もできるのよ。領地に一緒に行ってもらえば、絶対に役に立つと思うわ。良かったわね、ダビド」

 自分が今幸せだからこそ、リカルダはダビドとトニアの幸せを強く願っていた。二人ならば絶対に似合いの夫婦になるだろうと確信している。

「お、奥様、旦那様。私たちそのような仲ではありません」

 いつになくダビドは動揺していた。そんな様子をリカルダは嬉しそうに見ている。

「ちょっとした冗談のつもりでした。申し訳ありません。本気にしないでください」

 本気にされるとダビドに迷惑がかかると思い、トニアは必死で否定した。


「ダビドはトニアと結婚したくないの?」

「そ、それは、トニアさんは素晴らしい女性ですから……」

 ダビドはトニアとなら結婚しても良いと思う。しかし、彼女は子爵の娘で伯爵家の嫁だった女性だ。トニアが拒否するのではないかと思うと、結婚したいとは口にできない。

「トニアはダビドのことが嫌いではないですよね。逞しい男性が好ましいって言っていたから」

「そ、それは……」

 リカルダから理想の男性を問われた時、か細かった元夫と正反対の筋肉質の男性がいいとトニアは答えていた。嘘ではないが、別にダビドのことではない。しかし、あの時頭に浮かんだのはダビドだったとトニアは思い出していた。

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