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27.元王太子がやってきた3

「旦那様は一生大切にすると言ってくださいました。あれは嘘だったのですか?」

 エドガルドはあまりにも簡単に離婚に応じたとリカルダは感じていた。実際に彼の表情を見ていると、苦渋の選択だったことが良くわかったはずだが、彼女が聞いたのはかすれた声だけ。エドガルドの感情を読み取ることはできなかった。


「嘘ではありません! たとえ離れることになろうとも、貴女が誰よりも大切な女性であることは生涯変わることはありません」

 リカルダの問いにエドガルドは即座に答えた。唯一自分を認め、肌をも許してくれた女性だ。何よりも大切に決まっている。

 女性に対して不器用なエドガルドなので、リカルダを手放すことになれば、彼女を忘れて新しい女性を愛するなどという真似はできそうにもない。生涯リカルダのことを想って生きることになるだろうと彼は考えていた。


「でも、いくら大切に想ってくださっていても、離れ離れでは幸せになることができません。お願いです。旦那様のお気持ちを言葉にしてください。そうでないと、わたくしは不安で胸が潰れそうです」

 リカルダはエドガルドの愛を疑ってはいなかった。はっきりと言葉にはしなかったが、確かな愛情を感じ取ることができた。しかし、結婚当初のことを考えると不安になる。それは本当に妻に対する愛なのだろうか?

 尊敬する上司の娘への親愛? それとも純潔を失ったと思われ嫁入り先がなかったリカルダへの同情?

 そんな疑問がリカルダの胸に渦巻いている。


「私は誰よりもリカルダ様を愛しています。命果てるその時まで共に過ごしたい。絶対に貴女を手放したくないのです」

 リカルダと共にいることがエドガルドの幸せだった。それをリカルダが叶えてくれるのなら、それほど嬉しいことはない。

 やっと聞けたエドガルドの愛の言葉に、リカルダは頬を染めながら輝くような笑顔を見せた。その匂い立つような美しさに魅せられたのはエドガルドだけではない。

 

 その笑顔を向けられるべきなのは自分だと、レンドイロ公爵は感じていた。只の文官ごときにリカルダはもったいない。釣り合わないにも程がある。

 確かにリカルダに付随する領地は魅力的だった。領地を持たない公爵は納税することができない。それは納税者しか務められないとの決まりがある大臣や長官職に就くことができないということだ。文官や騎士にはなることは可能だが、王家出身者として、そのような下級職や肉体を酷使する職には就きたくない。

 今は貴族恩給のみで暮らしているが、エドガルドの給金より遥かに低い金額だ。数人の使用人を雇うだけで精一杯で、夜会の一つも開けない。


 リカルダと結婚さえすれば、領地と大臣であるルシエンテス公爵の後ろ盾が手に入り、国の要職を手に入れるのも容易だとレンドイロ公爵考えていた。

 あくまでリカルダはそれらを手に入れるための道具に過ぎなかった。しかし、柔らかく微笑むリカルダは、たいそう魅力的に見える。彼女自体にも手に入れるのに十分な価値があった。


「旦那様のお気持ちを聞くことができて嬉しいです。わたくしも旦那様のことが大好きです。これからもずっと一緒に過ごしてください」

 リカルダの言葉をエドガルドは信じられない気持ちで聞いていた。よもや彼女が自分を愛しているとは思ってもみなかったのだ。

「ほ、本気ですか?」

「勿論です。旦那様ほど素敵な男性には今まで会ったことはありませんもの」

「はい? そんなことをおっしゃるのはリカルダ様だけだと思うのですが」

 ルシエンテス公爵が余りにも大切に囲い込みすぎて、リカルダは少々感覚がずれているのではないかと、エドガルドは心配になっていた。


「あら、父だって旦那様を得難い人材だと認めていますけれど」

「それは、部下として認めてくださっているだけです」

「母も旦那様のことをとても褒めているわ」

「それには大いなる誤解があると思われます」

 誤解であっても認めてもらえるのは嬉しいとエドガルドは思うが、真実が暴かれた時が恐ろしい。


「旦那様は、わたくしの愛を疑うのですか? 妻を信じないとおっしゃるのね」

 見る見るとリカルダの大きな目に涙の幕ができ、それが膨れ上がり一筋のしずくとなって頬を伝う。

「貴女を信じます! だから、泣かないでください」

 リカルダを悲しませるなどあり得ない。エドガルドは思わず立ち上がってリカルダを抱きしめた。


 リカルダはエドガルドの腕の中が大好きだ。程よく筋肉がついたエドガルドの腕に抱かれていると、不安などすべて忘れることができた。少し硬い胸を通して感じる彼の鼓動をいつまでも聞いていたいと思ってしまう。

 しかし、彼と触れ合う機会は少ない。寝室以外では手も碌につながないような仲だ。

 リカルダはそっとエドガルドの背中に腕をまわした。


 エドガルドもリカルダのぬくもりが大好きだ。こうして彼女を抱きしめていると、どんなことにでも立ち向かえるような勇気が湧いてくる。



「ちょっと君たち、私がいることを忘れていないか?」

 正直、エドガルドはリカルダから愛を告げられた喜びで、レンドイロ公爵のことなどすっかり忘れていた。人前でリカルダを抱きしめていることにやっと気がつき、慌てて腕を放す。


「まだいらっしゃったのですか?」

 リカルダは覚えていたが、不実な元婚約者などより、エドガルドの抱擁の方がずっと大切に決まっているので、今まで黙っていたのだ。


「リカルダ、そんなに邪険にしないでくれ。私が裏切ったせいで君は自棄になっているのだな? だから、そんな男を愛していると自分を誤魔化している。もう目を覚ませばいい。二度と君を裏切らないし、一生君を大切にする。だから、その男と離婚して、私と結婚してほしい」

 先ほどよりも言葉に心がこもっているような気がする。しかし、リカルダの心が動くことはない。


「レンドイロ卿は領地をお望みなのですよね。でも、わたくしと結婚しても無駄ですよ。暫定的とはいえ一旦預かった領地を無能な方に任せるほど、父は愚かではありません。わたくしがもし結婚を拒否すれば、父は旦那様を養子にして領地を任せ、税収が安定すれば一定額をわたくしに渡してくれる契約を交わすつもりでした。ですので、もしわたくしが離婚したとしても、領地はファリアス伯爵のものなのです」

 リカルダの言葉に驚いたのはエドガルドだった。そのような話はルシエンテス公爵から聞いていない。尊敬する上司がそこまで自分を買ってくれていたのかと思うと、今までの激務が報われたような気がした。


「そんな平凡な男に何ができるというのだ! 領民だって公爵領になった方が幸せだろう? 領主が王族なのだぞ」

 ただの文官に負けるなど王族としての矜持が許さない。レンドイロ公爵は歯ぎしりしそうなほど悔しそうにしていた。


「これ以上、わたくしの夫を侮辱するのならば、父に訴えます。そうすれば、せっかく賜った公爵位を手放すことになるかもしれませんね」

 これは単なる脅しではない。娘を裏切った男をルシエンテス公爵は許してはいないのだから。

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