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24.不機嫌な新妻2

「イグレシアス伯爵夫人って、本当に失礼な人だったのよ。辛い思いをされた奥様を(おとし)めて笑っていたの。でも、奥様は格好良かったわ。旦那様は一生守ってくれると幸せそうにおっしゃった。何でも、あの傲慢女の馬鹿息子は、妻を守ることもなく家から追い出したのですって。そんな仕打ちをしたので、再婚相手も見つからないらしいの。当然よね。そんな夫、誰でも御免だわ」

 お茶会に同行したファリアス伯爵家の若き侍女オラジャは、リカルダ付きの侍女としてモンティージャ侯爵夫人のサロンの隅で控えていた。その時のイグレシアス伯爵夫人の言動が許せなかったらしく、翌日の休憩時間になると侍女仲間たちにお茶会の様子を語り始めた。


「他家の方の悪口はそれくらいで。ファリアス伯爵家の品位を貶めかねませんよ」

 ダビドがそっと姪のオラジャを(たしな)める。彼はトニアがサルディバル子爵の長女かもしれないと思っている。そうであるのならば、イグレシアス伯爵の息子が追い出した妻というのがトニアなので、このような場で面白おかしく話されるのは辛いだろうと心配していた。


 しかし、当のトニアは笑顔を見せている。彼女はそのお茶会の場にいなかったが、イグレシアス伯爵夫人の嫌みな言動が手に取るようにわかった。リカルダに結婚の打診をして断られたことを根に持っているはずだ。

 そして、リカルダの発言の後、他の参加者が歯に(きぬ)を着せながらもイグレシアス伯爵夫人とその息子を揶揄しただろうことも。

 同じ伯爵夫人とはいえ、実家には大きな差がある。皆がリカルダ側につくのは当然だった。それが貴族社会だ。

  結婚していた当時に辛い思いをしたからこそ、トニアはその話を聞いて胸のすく思いだった。



「旦那様は最初ちょっと変な人だと思ったけれど、お優しい方で本当に良かったわ。最近垢抜けてきましたよね」

 オラジャは慌てて話題を変えた。叔父のダビドのことが少し苦手だ。

「貴族なのに四年間も独身寮で暮らしていらしたとか。結婚当初は身の周りのことを全く気にせず、髪の毛には寝ぐせがついているし、シャツにしわが寄っていても平気。おまけに私たちを前にしてもおどおどされていましたものね」

 領地から帰ってきた頃のエドガルドを思い出して、年配の侍女が思わず笑みを見せた。

 世話をする使用人もいない気楽な暮らしを四年間も続けてきたため、エドガルドは自身の装いを整えようなど思わなくなっていた。

 しかも、使用人とはいえ女性なので、エドガルドは伯爵邸の侍女たちのことも恐れていた。挙動不審にもなるはずだ。


「最近は奥様が気を配っておいでですので、旦那様の男振りが上がってきたような気がします。髪と眉を整えるだけで結構違って見えるものですね」

 オラジャは感心したようにそう言った。もちろん、急に輝くような美男になることはないが、エドガルドが穏やかに微笑んでいるとそれなりの貴公子に見える。

 その言葉にトニアも思わず頷いた。

 リカルダの結婚相手としてエドガルドは役者不足も甚だしいと、結婚当初は思っていたトニアだが、最近はお似合いなのではないかと感じるようになってきている。

 未だに礼節を保って会話する二人だが、それでもお互いへの思慕がはっきりとわかるのだ。身を焦がすような恋ではないかもしれない。しかし、相手を敬い大切に想っているだろう二人はとても微笑ましい。


 そして、リカルダにとって王妃という器は少し窮屈だったかもしれないとトニアは感じている。

 もちろんリカルダは立派に王妃を務めることができるだろう。しかし、国という組織は大きすぎて、王妃には様々な制約を設けざるを得ない。

 領民のために貝殻の使い道を考えたり、出来上がったドレスや花飾りの宣伝活動に勤しんだりと、今のようにのびのびと生活できるとは思えないのだ。

 あの不実な男と結婚して国に縛りつけられるより、誠実な夫と一緒に領民のために活動する方が幸せかもしれない。トニアはそう思うようになっていた。



 休憩時間が終わり、トニアがサロンへ行くと、なぜかリカルダが不機嫌になっていた。普段より少し眉間が寄っているという微妙な違いだが、トニアにはわかる。

「どうかされましたか?」

 何かあっただろうかと思い出そうとするが、イグレシアス伯爵夫人には反撃したそうだし、トニアには理由が思いつかない。


「お母様がね、お茶会とかで旦那様を褒めているらしいのよ」

「ルシエンテス公爵夫人に褒められるのは、大変名誉なことだと思いますが」

 夫が母親に気に入ってもらえるのは嬉しいことなのではないだろうか? ましてや国でも有数の貴婦人なのだ。やはりトニアにはリカルダの不機嫌の原因がつかめない。


「だからよ。お母様が褒めたりすると、旦那様が他の令嬢に興味を持たれてしまうかもしれないわ」

「そのような心配は不要だと思われますが」

 少しは垢抜けたかもしれないが、エドガルドの容姿は取り立てて言うほどでもない。何より、リカルダを(いつく)しむエドガルドの優しい眼差しを知ると、奪略など不可能だと誰でもわかるはずだ。


「トニアは知らないと思うけれど、旦那様は文官なのに結構鍛えていてとても逞しいのよ。逞しい男性が好きな女性は多いでしょう?」

「なるほど。優男だと思っていた旦那様が想像していたよりずっと逞しかったので、その落差に魅入られてしまいましたか?」

「そ、そういう意味ではなくて……、あのね、旦那様は『一生大事にいたします。何があっても私は貴女の味方ですから』っていつも言ってくださるけれど……」

「左様でございますか」

 ただひたすら羨ましいとトニアは思った。たった一度だけでもかつての夫にそんなことを言われていたら、あの苦しい結婚生活が少しは違っていたかもしれない。


「でも、旦那様は『愛している』と言ってくれたことはないの」

「それならば、リカルダ様の方から伝えてみればよろしいかと存じますが」

 言葉にはしていないかもしれないが、リカルダが愛しいとエドガルドの態度が語っている。しかし、リカルダはそれだけでは物足りないらしい。

「わたくしの方から? そんなこと恥ずかしいもの」

 頬を染めながらもじもじと手を握ったり広げたりしているリカルダは、人妻になっても少女のように初々しかった。


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