23.サルディバル子爵家
「私の妻が男性を褒めるのはかなり珍しいことなのだが、君のことはべた褒めだったね。伝説に沿った贈り物はとても洒落ているのに、それをひけらかしたりしないところが粋だと。社交界ではちょっと噂になっているよ。若きファリアス伯爵は愛しい新妻のために自らの手で希少な真珠を手に入れてきて、それをアルカンタルの宝石箱に入れて贈ったと。まあ、噂を広げているのは妻だけどね」
エドガルドがルシエンテス公爵邸を訪れた数日後、王宮の大臣執務室へ出勤した途端に笑顔の公爵にそんなことを言われ、エドガルドは困ったように眉をしかめた。
「真珠は領地の子どもがくれたものですし、宝石箱はたまたま古物市が開かれていて、そこで安く買わされました。本当に古びていて価値など全くないようなものでして。決して、そのような伝説通りにしようなどという意図はありませんでした」
野暮とか地味、無粋などと謗られたことは数えきれないが、洒落ているや粋だなど言われた経験がないエドガルドは、かえって貶められているのではないかと勘繰ってしまいそうだ。
「そうだと思ったよ。君にそんな洒落た真似はできないよな。でも、娘は幸せだと喜んでいる妻のために、その評を甘んじて受け入れてくれ。まあ、男性には反感を買うだろうがな。とにかく、リカルダが妻に貝の宝石箱を贈ってくれて良かった。そうでなければ、アルカンタルの宝石箱を探してこいと言われていたかもしれない。少し調べてみたのだが、現存しているのは王家所蔵の三個を含めて十個ほど。手に入れるのは至難の業だ」
あれがそんな貴重なものだとは全く気づかなかったエドガルドは、捨ててしまわなくて良かったと内心で安堵していた。
「ところで、サルディバル子爵の件なのだが。我々が外国へ行っている間に罪が確定していたのはどう考えても早すぎると思っていたが、昨日、有罪を強固に進言していたモンティージャ侯爵から証言がとれた。侯爵の娘がフアニートと懇意にしていて、事件の前からフアニートを巡ってサルディバル子爵の次女と揉めていたらしい。フアニートが子爵の次女を振ったので嫌がらせのためにあのような証言をしたのだと、娘に言われて侯爵は信じたらしいのだ。パスクアルはその他にも、アルマとフアニート、それに金品を使って有力貴族相手に様々な工作をしていた。子爵を庇う貴族もなく、有罪が速やかに決まったわけだ」
「外国が絡んでいるのに、公爵閣下に照会がないのはおかしいと思ったのですが、閣下の外遊中を狙って起こしたのでしょうね」
「そうだろうな。私が国内にいれば、陛下はいくら何でも無視はしないだろう」
パスクアルはまんまとサルディバル子爵領を手に入れられたことで味を占め、アルマを王妃にするとの野望を抱いたのだろう。そう思うとエドガルドは改めて怒りが湧いてきた。リカルダが辛い思いをしたのはパスクアルの野望のせいなのだ。
もしリカルダが何もしなかったら、パスクアルは領民から金を搾取し続け、その金で有力貴族を買収し、今頃は王太子の義理の父と名乗っていたかもしれない。
エドガルドには『許せなかった』と言うリカルダの言葉が理解できるような気がした。私憤などからではなく、高位貴族の一員としての義憤だったのに違いない。だからこそ、あれほど大胆になれたのだろう。残りの人生を全て捨てる覚悟をして、この国を守ろうとしたのだ。
エドガルドはそんなリカルダを幸せにしたいと思う。そして、貴重な真珠や宝石箱を期せずして手に入れることができたのは、リカルダの行いに対する神からの贈り物かもしれないと感じていた。
誤解でもいい。少しでもリカルダに相応しい男と世間から思ってもらえるのならば、それはとても喜ばしいことなのだ。
もとよりエドガルドはリカルダが望むならどんなことでもしようと思っていた。
「陛下はサルディバル子爵が無罪であると認め、名とともに復爵することが決まった。ただ、領地は既に君のものになっているので、陛下は瑕疵のない君から取り上げることはできないとのお考えだ。領地復興の手腕も高く買っているからね。そこで、モンティージャ侯爵領の一部をサルディバル子爵領とする。侯爵も降爵するよりはと素直に受け入れてくれたよ。しかし、子爵の縁者は皆死んだか行方不明になっているので、跡を継ぐ者がいない場合、サルディバル子爵の名と領地は君が賜ることも決まった」
エドガルドの調査結果をもとに、ルシエンテス公爵は昨日にうちにすべてを決めていた。
「いえ、後継ぎには心当たりがあります。後日、王都に呼び寄せることにいたします」
サルディバル子爵の罪が消えていない間、オレガリオとトリニダードの存在を公にできなったが、無罪が確定した今は違う。二人は貴族としても道を歩むべきなのだ。
一方、リカルダはモンティージャ侯爵家のお茶会に参加していた。侯爵夫人は領地が減ることをまだ知らない。元々豊かな土地なので、一部を取り上げられてもそれほどの影響はないのは事実だ。
今日も貴婦人たちを集め、優雅なお茶会を開催していた。
いつもならトニアを伴うところだが、今日はかつてトニアの姑であったイグレシアス伯爵夫人が参加しているため、若い侍女と一緒だ。
リカルダの目的は、貝殻を使った花飾りやドレスの宣伝だった。夜会用のイブニングドレスはまだ仕上がらないが、茶会用のアフターヌーンドレスは出来上がってきた。やはりリカルダの想像以上の出来栄えだ。
既婚女性らしく結いあげた髪にも貝殻でできた花が飾られている。奥ゆかしい白色だが、よく見ると虹色の輝きに目を奪われてしまう。
リカルダの上品な佇まいと相まって、貴婦人たちの注目の的になっていた。
「ファリアス伯爵夫人、本当に辛い思いをされましたわね。あんな毒婦の情夫に汚されるなんて、わたくしならとても耐えられませんわ。その上、格下の男性と結婚させられる羽目になったのですものね。本当にお気の毒ですわ」
イグレシアス伯爵夫人はさも同情している風を装いながら、場の中心にいるリカルダを貶めようとしていた。
離婚してから未だ相手が見つからない息子のために、この際傷物でも仕方がないとリカルダへ結婚の打診をしたのだが、ルシエンテス公爵から即座に断られてしまったのだ。それなのに、伯爵家嫡男の息子を差し置いて、子爵家の次男ごときと結婚したリカルダが気に食わない。
「お心遣いありがとうございます。でも、わたくしは今とても幸せですのよ。夫はどんな理由があろうともわたくしを見捨てたりいたしませんもの。一生涯わたくしを全てのものから守ってくれるはずです。女として、これ以上幸せなことがあるのでしょうか?」
リカルダは攻撃されて黙っているような性格ではない。サルディバル子爵が罪を着せられた途端、イグレシアス伯爵家がその娘を身一つで追い出したのは有名な話だ。リカルダはそのことを皮肉っている。もちろん結婚の打診があったことは知っているが、考慮の余地などあるはずもなく即決で断った。
「そうですよね。ファリアス卿はリカルダ様にアルカンタルの宝石箱を贈られたとか。中には自ら手に入れた大きな真珠が入っていたのでしょう? 情熱的よね。さぞや愛されているって実感できるのでしょうね。その花飾りも旦那様からの贈り物なの?」
若い子爵夫人が感心したように花飾りを見つめている。
「そうなのです。結婚して初めての誕生日だからと、夫からはたくさんの贈り物をいただきました。夫は父の信任も厚く、筆頭秘書官として日々激務をこなしておりますが、そんな中でもわたくしを大切にしてくださいます。本当に幸せな毎日なのですよ」
夫はとても有能だけど、お前の息子は母親の言いなりになるしかできない無能だと、イグレシアス伯爵夫人に内心で悪態をつきながら、リカルダは優雅に微笑んでみせた。




