20.旦那様はすべてお見通し
「私兵に囚われていたという女性たちの仕事とは、真珠を採ったり加工したりするものですか?」
昨日ダビドから聞き、貝を獲るだけで生活が成り立つのだろうかとリカルダは疑問に思っていた。しかし、それが真珠ならば十分に可能だ。
「その通りです。この真珠は領地を豊かにするでしょうけれど、真珠が入っているのは数百個の貝に一つほどらしいので、たくさんの真珠を採ろうと思うと、この美しい貝を獲り尽くしてしまうかもしれません。ですので、貝を採取する数を制限し、その代わり製品にまで仕上げて売却単価を上げたいと考えております」
リカルダが領地のために差し出した持参金と祝い金はかなりの金額なので、それらを使って領地は順調に復興している。安定的な水を確保できることになった旧パスクアル領も、今期は豊かな実りを期待できるだろう。これで領民には最低限の生活を保障できる。
しかし、パスクアルが長年搾取してきたこともあり、領地自体に貯えが全くなく、天災や疫病など不測の事態に対応できない。
エドガルドはもっと余裕のある領地へと変えたいと思っている。それには、一時的な大金ではなく、継続的に安定した収入が必要であった。
「この素晴らしい真珠を繊細な金細工と合わせると、とても素敵な首飾りになると思うのです。それに似合うドレスも仕立てて夜会に参加すれば、貴婦人の皆様方はきっとこの真珠を手にしたいと思われるでしょうね」
「そうお願いできると助かります。先月の給金がありますので、それで首飾りとドレスを仕立ててください。あの……、でも、無理はしないでください」
社交界では未だにリカルダの噂が飛び交っている。婚約者であった王太子を誘惑した悪女の策略に嵌められ、その情夫に汚されてしまった。そして、父親の部下である格下の男と結婚させられた哀れな女と、同情するふりをしながら彼女を嗤っているのだ。そんな非情な噂にリカルダをさらすのは忍びないとエドガルドは感じていた。
「旦那様がご一緒してくださるので大丈夫です」
「えっ? 私も一緒に行くのですか?」
アルマがデビューした時の舞踏会が最後の参加だったエルガルドは思わず聞き返した。
「当然でございましょう? 旦那様以外の誰がわたくしをエスコートするのですか?」
「そ、そうですよね」
エドガルドは頭を抱えたくなった。粋なエスコートなどできるはずもなく、自分が恥をかく分には構わないが、リカルダに恥ずかしい思いをさせるのが心苦しい。
「旦那様の夜会服も仕立てなければなりませんね。この小さな真珠と虹色の貝殻を使ってタイピンを作れば、わたくしの花飾りとお揃いになりますね。紳士の皆様方も興味を持ってくださるのではなくて?」
「そうだろうか? 無理だと思うが」
自分では宣伝効果はないだろうとエドガルドは思う。そう確信できるのも情けないが、事実は曲げられない。
「それに、このアルカンタルの宝石箱を修理に出すついでに、貝殻を使って同じくらいの大きさの宝石箱を作らせるのはどうでしょうか? 真珠と違って貝殻はたくさんあるようですし、貝殻を加工して付加価値をつけることができれば、領地の収入につながります。ダビド、手配をお願い」
気弱なエドガルドの言葉を無視して、リカルダはダビドに様々な手配を命じた。彼女は思い込んだら躊躇などしない。
「畏まりました」
それを知っているダビドは既に職人と仕立て屋の当たりをつけている。
「本気でその小汚い箱を修理するつもりですか?」
押し付けられるように買ってしまったが、美しいリカルダの指が添えられるとその古さが余計に際立つようだ。修理しても無駄ではないかとエドガルドは思っていた。
「当然です。旦那様からの大切な贈り物なのですよ。我が国有数の腕を持つ職人に修理を依頼いたしますから、ご安心ください」
「申し訳ないです」
只同然で手に入れた古い箱を大切な贈り物と言われて、あまりのいたたまれなさにエドガルドは思わず謝った。
『今更謝るくらいなら、最初からもっとましなものを用意すればいいのに』
トニアはそう思っていたが、もちろん口にはしない。
「それはそうと、夕食後に少しお話があるのですが。トニアも同席してもらいたい。他の者は席を外してくれ」
エドガルドのそんな申し出に、初夜のことかもしれないと思ったリカルダは、もし『君を抱くつもりはない』と彼に言われても素直に従ってやらないからと決意しつつ、笑顔で頷いた。
夫婦の寝室の隣には共有の居間がある。そこで話し合いが行われることになった。リカルダが全く使っていない真新しいソファに腰を掛けると、エドガルドは対面に座り、壁際に控えていたトニアに向かってリカルダの横に座るように促した。
弟と似ていると言われていたトニアは、オレガリオと姉弟であるとエドガルドに気づかれたのではないかと恐れたが、断ることもできず素直に座ることにした。
「リカルダ様、こんなことをお尋ねするのは残酷なことだとわかっています。私の考えが間違っているのならば、怒るのは当然ですし、殴ってくださっても構いません。しかし、どうしても疑問に思うことがあり確認したいのです。お許しください」
珍しくリカルダと目を合わせながらエドガルドはそんなことを言い出した。リカルダは予想と違う彼の言葉に不安を感じつつ、
「わかりました。お伺いいたします」
そう答えた。リカルダもエドガルドの疑問を知りたい。知らないままでいる方が不安が増しそうだ。
「フアニートは本当にリカルダ様を汚したのでしょうか? あの誘拐犯の一人、消えた侍女というのは、トニアではないのですか?」
しばらく躊躇した後、まっすぐな目を向けてエドガルドが問う。疑問形ではあるが彼の中では答えは決まっているのだとリカルダは感じた。
真実を言い当てられ、リカルダとトニアは咄嗟に返事ができない。
「もし、フアニートがそのような暴挙に及んでいたとすれば、罪が発覚してしまうのに騎士団へと駆け込むのはおかしい。もちろん、リカルダ様と王太子殿下の婚約を破棄するというアルマの目的は達するでしょうけれど、フアニートのことを調べると、自らの身を犠牲にしてまで女に忠誠を誓うような男だとは考えられないのです。どちらかというと、既成事実を盾にしてルシエンテス公爵閣下にリカルダ様との結婚を願い出るような男ではないかと。それならば、公にしない方が有利に事が運べます」
フアニートの名を聞いてトニアの顔が憎しみに歪む。それでも、声を出すことができない。エドガルドの言葉はすべて真実で、だからこそ不用意に否定することも肯定することもできないでいた。それは、リカルダも同じだった。
「サルディバル子爵殿が敵国デオダートと通じていたとの証拠になった密書、公爵閣下から申請していただき確認することができました。デオダート語で書かれておりましたが、デオダート国の者ならば絶対に使わない表現がいくつもありました。あれは巧妙に偽装されたものです。騎士団の牢内で自らの命を絶った子爵殿の次女は、フアニートから渡されたと証言しています。姉のトリニダード様にとって、フアニートは絶対に許せない仇でしょうね」
目の前のリカルダとトニアを責める風もなく、エドガルドの言葉は淡々と続いていく。
「リカルダ様が慰問に訪れていたと伺った教会に行ってまいりました。併設された孤児院の子どもたちは、様々なお菓子やおもちゃを差し入れてくれる美しいお姫様のことが大好きで、貴女の一挙一動を興味深く見ていたようです。そんな彼らは貴女と親しくしていた若い修道女を見たことがないと証言しております。親しくしていたのは老女だったと」
そのエドガルドの言葉を聞いて、隠し通すのはもう無理だとトニアは思った。




