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19.誕生日の贈り物

 本日はリカルダの誕生日である。リカルダはもちろん喜ばしく思っているが、それより緊張の方が勝っていた。

 まだ初夜も済ませていない夫が一か月振りに帰ってくるのだ。領地を救ってくれたことに感謝しているし、ダビドが自慢げに語るその手腕は素直に尊敬できる。

 

 しかし、エドガルドがリカルダを妻として蔑ろにするのならば、彼女は抵抗するつもりでいた。努力しても子を授かることができないのならば仕方がない。でも、最初から世継ぎを作るという貴族の義務を放棄するのは違うと感じている。

 そんな気にならないというのならば、誘惑してでもその気にさせるまで。少々気が強いリカルダは女嫌いなどに負けるものかと思っているが、そこはまだ十八歳の乙女である。緊張するなという方が無理かもしれない。



 妻がそんな決意をしているとも知らず、夕方前にエドガルドは無事に帰ってきた。

「た、ただいま戻りました」

 玄関ホールで待っていたリカルダに驚き、おどおどしながらもエドガルドはどうにか帰還の挨拶をする。相変わらず挙動不審だとトニアは笑いそうになった。

「お帰りなさいませ。旦那様」

 にっこりと笑顔を見せるリカルダに安心にしたのか、エドガルドも微笑み返す。そして、すぐに目線を外した。


「あの、お手紙をいただきありがとうございました。とても励みになりました」

 母親にも、婚約者だったアルマにも、もっと粋な言動ができないのかと責められていたエドガルドだが、未だにどう言えば粋に聞こえるのかわからない。そのため小さな声で自信なさげに礼を言うことしかできなかった。

「わたくしの方こそ、お忙しいのにお返事をいただきありがとうございます。おかげで領地のことがよく理解できました」

 エドガルドから届いたのは、妻へ宛てた手紙というより、報告書のようなものであった。しかし、簡潔にまとめられた文面は読みやすく、水の分配方法とその根拠、新たに制定した法律と理由、暫定代官の権限範囲など、リカルダは既に知っていた。


「そ、それから、お誕生日、おめでとうございます」

 エドガルドがおずおずと差し出したのはそれほど大きくない花束。庶民でも年に一度くらいなら買うことができそうなものだ。伯爵夫人が誕生日に夫から贈られるものにしてはとても粗末であった。

 貯金を全額領地のために使ってしまったため、エドガルドの持ち金が少なく高価な贈り物を用意できなかったのだ。しかし、お金が潤沢にあったとしても、エドガルドに気が利いた贈り物が用意できたとも思えない。内心ではお金がないと言い訳できて良かったと思っている。


「ありがとうございます。とても可憐な花束ですね。さっそくお部屋に飾ってもらいましょう」

 片手でも持つことができるほどの小さな花束は、リカルダがあまり見たことがないような清楚な佇まいの花で作られていた。これはこれで可愛いとリカルダは思う。そして、どんなものであろうとも、エドガルドが誕生日に贈り物をしてくれたことが嬉しかった。


「このようなもので申し訳ありません」

 何を贈っても責められるのなら、調査のついでに寄った下町の花屋で適当に選んでもらった花束でもいいだろうとエドガルドは思っていたが、予想に反してリカルダが嬉しそうにしている。それならば、もっとちゃんとした花屋で立派な花束を用意すべきだったと後悔していた。

「このようなものとは、この花たちが可哀そうですよ。それに、旦那様が無事に戻られたことが、わたくしにとって何よりも嬉しい贈り物ですもの」

 そんなことを妻に言われて、エドガルドが喜ばないはずはない。たとえ社交辞令であっても、責められないというだけで彼は大いに感動していた。



 まだ晩餐には早い時間だったので、リカルダはエドガルドをお茶に誘った。

 トニアがサロンのテーブルに花束を飾りながら、

『夫に大切にされた記憶がない私でも、誕生日に贈られた花束はもう少し豪華だった。このしょぼい花束を笑顔で受け取るリカルダ様は、やはり人としての器が大きいわ』

 そんなことを思っていたが顔には出さない。エドガルドは領地の恩人であり、父の無念を晴らしてくれるかもしれない人物なのだ。リカルダが文句を言わない以上、トニアは黙っていることにした。もしリカルダが悲しむようなことがあれば、主人であり恩人であっても、エドガルドに嫌みの一つでも言ってやろうかと考えていたのは内緒だ。


 ダビドはその花束を見て、自分が昨日のうちに用意すべきだったと後悔したが、今更もう遅い。とにかく無表情を心掛け壁際に控えていることにした。



「あの……、これもどうぞ。箱は私が用意しましたが、中身は領地の子どもたちからリカルダ様への贈り物です」

 エドガルドがおずおずとテーブルの上へ置いたのは、小さな宝石箱だった。見事な彫刻が施され名のある職人の手によるものと思わせるが、残念ながらかなり古びていて所々塗装が剥げている。

 真珠を布に包み小さな袋に入れて持ってきたエドガルドだが、そのままリカルダに渡すのはあまりにも味気ないと思い、下町の古物市で手に入れてきたものだ。

 元は貴族の持ち物だったのだろうが、古すぎてかなり安い値段がついていた。大きさ的にはちょうど良いが、こんな古びたものを贈るとリカルダに責められてしまうのではないか? とエドガルドが悩んでいると、値段が高いので悩んでいると誤解した店主が半額でいいからと押し付けてきたので、買う羽目になったのだ。


 トニアとダビドはため息をつきそうになる。『なぜその宝石箱を選んだ? もっと他にあっただろうに』と突っ込みたいが、とにかく黙って見守ることにする。


「本当に素敵な宝石箱ですね。この装飾は百年ほど前に流行した形式で、ここに職人の名が刻まれています。まあ、あのアルカンタルの作だわ。思った以上に保存状態も良いようです。色は褪せていますが、彫刻に欠けはありません。職人に修理をさせれば、当時の素晴らしさが蘇るでしょうね」

 リカルダは宝石箱をそっと持ち上げ、側面に刻まれた名を指でなぞっている。アルカンタルという名など聞いたこともないエドガルドは茫然とその様子を見ていた。


 リカルダはゆっくりと宝石箱の蓋を開ける。そして、その中に入っているものを確認した途端に目を見開いた。

 宝石箱の中は二つに区切られていて、一方にはしずくの形をした大きな真珠が鎮座していた。薄い桃色に染まるその真珠は、王妃の胸元を飾っていても違和感がないほどだ。公爵家が所蔵している個別の名前を持つほどの宝石と同列に扱われるべきものだとリカルダは感じた。

 そして、もう一方には様々な色と形の小さな真珠が多数入っていた。

 あまりのことにリカルダは言葉を失っていた。


「箱はともかく、中身はとても綺麗でしょう? 飢えを凌ぐために子どもたちが湖で獲っていた貝に入っていた真珠です。リカルダ様の誕生日の贈り物にしろと、子どもたちがくれたのです」

 リカルダが何も言わないので不安になったエドガルドは、子どもたちに貰ったものだと強調してみた。子どもたちからの贈り物なら、リカルダは受け取ってくれるのではないかと思ったのだ。


「子どもたちがわたくしに?」

「そうです。それに、まだあるのですよ」

 誕生日の贈り物は量が必要だと子どもたちに言われたことを思い出し、エドガルドは貝殻でできたスプーンと、広げると大きな蝶のように見える貝殻を取り出した。

 貴族男性として、妻への贈り物をするのに平民の子どもから助言してもらうのは情けない気がするが、そんなことを言っていられない。

 あんな花束でも礼を言ってくれたリカルダが無言なのだ。何か彼女の気に入るものを差し出さねばとエドガルドは焦っていた。


「まあ、なんて可愛いの! 虹色に光っているわ。このスプーンでプディングを食べると、とても美味しいでしょうね。ありがとうございます。旦那様」

 リカルダは美しいスプーンに目を輝かせた。

「それも、領地の子どもたちが作ったものだから。ほら、この大きな二枚貝の外側は黒いが、中は虹色に輝いている」

 エドガルドが貝殻を広げて裏を見せると、リカルダは興味深そうに眼で追っている。その様子を見て、エドガルドはやっと安心した。


「この貝殻を花びらの形に切り出して花飾りを作り、ドレスや髪につければとても素敵ですね。そして、この小さい真珠を色の薄い方から順に並べて、中央に大きな真珠をつければ、どれほど豪華な首飾りになるのでしょうか」

 素晴らしい贈り物の数々を前にして、リカルダは目を輝かせていた。領地で獲れたこれらのものは、きっと領民のためになると考えていた。

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