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17.平和で豊かな領地に

 オラシオとその仲間たちの協力もあり、領地は秩序を取り戻しつつある。私兵たちに破壊された家屋や、旧バルカルセ領と旧サルディバル領を繋ぐ幹線道路の補修も始まった。オラシオの仲間が監督して、実際に工事を行うのは私兵たちだ。


 エドガルドたちが運んできた粉乳と薬も大いに役立った。私兵たちの奪略に怯え、食べるものにも不自由していたため、ほとんどの母親は十分に乳が出ず、乳児たちが栄養不足に陥っていた。そんな母親に粉乳を配ると、大切な子どもの命がすぐさま失われることはないと心の余裕ができたのか、徐々に乳の出も良くなっていく。


 そして、十日ほど経った頃、大量の物資が次々と届き始める。そんな荷物の中に、リカルダと侍女たちが作ったキルトが入っていた。リネンよりも柔らかいコットンで作られたキルトは、子を持つ母親を大いに喜ばせた。

 


「少しよろしいでしょうか? 荷と一緒にリカルダ様からの手紙が入っておりました。エドガルド様宛です」

 物資の分配や水と麦の交換率を決定したり、新しい法律を制定したりと、多忙なエドガルドは執務室に籠っていた。そんな彼のもとにダビドが手紙を届けに来る。

 ほとんど休憩もとらずに執務しているエドガルドの顔には、さすがに疲労の色が浮かんでいる。そんな隈に縁どられた目が訝しそうに細められた。


「リカルダ様から?」

 結婚の届けは出したので正式に夫婦となったが、それは書類上だけのことで、結婚の実態はなかった。結婚までほとんど会うことはなかったし、初夜も寝室を共にしていない。そして、結婚二日目には領地へと出発したのだ。


 封蝋を外すエドガルドの手は微かに震えている。

 アルマと婚約していた一年間、エドガルドは彼女にいつも否定さていた。贈り物をしても趣味が悪いと(けな)され、会話はつまらない。エスコートしても気が利かない。容姿も野暮ったくて地味だと言われ続けていた。それでも婚約者なのだからと、エドガルドなりに気に入られようと努力はしたが、それは全くの無駄に終わる。アルマはエドガルドとの婚約を破棄したいがため、彼を嵌めたのだ。

 

 エドガルドは女嫌いだと公言しているが、女性が怖いと言う方が正しいのかもしれない。どんなに努力をしても、何をしても、女性に気に入られることはないと思い込んでいる。

 だから、リカルダからの手紙も彼を責める内容なのではないかと恐れたのだ。


 恐る恐る便箋を取り出したエドガルドは、美しく整った文字に目を落とす。そして、文字を追うごとに信じられないというような顔つきになっていった。

 そんなエドガルドを見て、悪い知らせなのかと不安になったダビドだが、王都の伯爵邸に何かあれば自分にも知らせが来るはずだと思い、エドガルドが読み終えるのを待つことにした。


 その手紙にはエドガルドの健康を気遣う文面が並んでいた。そして、無事に帰還することを願っていると結ばれている。妻から夫に宛てて出す手紙としてはごく普通の内容だ。しかし、エドガルドには思いもよらない手紙だったのだ。


「リカルダ様は本当に優しい方だな。あのような辛い思いをされ、その上私のような者と不本意な結婚をする羽目になった。憎まれても当然だと思っていたのに、このように私を気遣ってくださる」

「はい。リカルダ様はとてもお優しく、そして気高い。この国で一番の淑女であると思っております」

 少し行動的なところはあるとダビドは感じているが、そんなことは口に出さない。とにかく、ルシエンテス公爵家に勤める者たちの自慢のお嬢様なのだ。


 リカルダが結婚を決めたのはこの領地を救うためだ。だから、エドガルドは命を懸けてでもその思いを叶えたいと頑張っている。褒めてもらいたかったわけではない。平凡な自分にできることはそれくらいしかないと、彼は思っていた。


「この領地を絶対に平和で豊かにしてみせる。そして、リカルダ様にあの雄大な湖を見せて差し上げたい。活き活きと暮らしている領民たちの姿も」

 そうすればリカルダは喜んでくれるだろうか? エドガルドは美しい妻の笑顔に思いを馳せていた。

「リカルダ様はお喜びになられるでしょうね」

 エドガルドの言葉を聞いて、ダビドは本心からの笑顔を見せた。

 修道院へ行きたいと願っていたリカルダがエドガルドとの結婚を決意したのは、困窮するこの地の領民たちを救いたいからだとダビデも知っていた。

 


 それから、エドガルドは益々精力的に動き回った。ひどく疲れた時はリカルダの手紙に目を通す。それだけで癒されるような気がした。


 そんなある日、エドガルドは湖の近くの村へ視察に訪れていた。村人の多くは湖で漁をしているが、獲った魚のほとんどを税と称して私兵たちに奪われていた。そのため、村人たちは食べるものにも困窮して、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 しかし、いつの間にか領主が変わり、その若き領主自らが多くの物資を運んできたため、今は活気にあふれている。


「領主様、妹を救ってくれてありがとう。これ、お礼だ」

 十歳ほどの少年がエドガルドに近寄ってきて、手を差し出した。小さな掌にはうっすらと赤く色づいた真珠が載っている。球形ではなくしずくの形をしていた。かなり大きい。

 少年の末の妹はまだ産まれて一年も経っていない。母親の乳が出なくなって長くは生きられないと言われていたが、エドガルドが運んできた粉乳と豆を柔らかく煮た離乳食で命を繋いだ。


 宝飾品には疎いエドガルドだが、真珠がとても貴重品で高価なことだけは知っている。

「このようなもの、いったいどこで手に入れたのだ?」

 平民が気軽に買えるものではない。ましてや小さな子どもでは絶対に無理だ。エドガルドは不思議に思い訊いてみた。


「魚はあいつらに盗られてしまうので、仕方がないから湖の底にある貝を食べてたんだ。動かないので潜ることさえできれば僕たち子どもでも獲れるしね。泥臭くてあんまり美味くないから、あいつらも持って行かなかった。その貝の中には、たまに綺麗な石が入っているんだ」

「そうか。苦労したな」

 魚を差し出さなければ他の物を強奪される。だから、大人は漁を休むことができなった。そのため、子どもたちが湖に潜って貝を獲っていたという。


「有難う。この真珠は大切な妻への贈り物にするよ。もうすぐ誕生日なんだ」

 小さな子どもが手にするには高価すぎる。争いを生むかもしれないと考えたエドガルドは、少年が差し出した真珠を素直に受け取ることにした。もちろん、その金額分はこの村へ還元するつもりでいた。


「奥様、誕生日なのか? 領主様なのにそんな小さな石だけじゃ駄目だよ。みんな、領主様の奥様に贈り物をしようよ! 誕生日なんだって」

 少年がそう声をかけると、村の子どもたちが真珠を持ってくる。ほとんどが小さな粒だが、様々な色に輝いてとても綺麗だ。


「これ、わたしが作ったの」

 そう言って少女から渡されたのは、貝殻で作ったスプーンだ。虹色に美しく輝く様は、名工の手によるものと言われても信じてしまいそうだ。確かに少し歪であるが、それも味わいだと感じる。


「これが貝殻だよ。結構大きいだろう。外は黒くて地味なのに、内側はこんなに綺麗なんだ。これくらい大きい贈り物なら、奥様も喜んでくれるはずだ」

 年長の少年が持ってきたのは二十個ほどの貝殻だった。その貝殻は大人の掌よりも大きい。スプーンが作れるはずだとエドガルドは納得する。


『エドガルド様のようですね』

 後ろに控えていたダビドはそんな感想を抱いていた。

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