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16.仲間と共に

「俺たちを騙しやがったな!」

 すっかり日が高くなったころ、私兵たちは次々と目を覚まし、身動きもできないほどきつく縄で縛られていることに気がついた。身を捩って縄を外そうとするが、それはまったくの無駄な努力だった。


「別に騙してはいない。君たちには労働力としてこの領地のために貢献してもらう予定だ。今までの所業を鑑みると死刑相当だが、前領主の命令でもあったことを考慮し、罪一等を減じて強制労働とする。強制労働の期間は最低十年間だ。その刑期が終われば、期間中の態度によっては放免も考えている。今まで重ねた悪行に耐えられず贖罪のため死刑を望むならば申し出ろ。希望を叶えてやっても良い」

 エドガルドの言葉を聞いて、死刑など絶対に嫌だと私兵たちは首を振った。その様子を見て、エドガルドは静かに微笑んでいる。相変わらず平凡な容姿であるが、逆らってはならないというような謎の迫力があった。


「本当に死刑にしないのか? それに、真面目に働けば、放免してくれるというのも本当だろうな?」

 恐る恐る聞いたのは一番若い私兵だった。彼はまだ十八歳なので、二十八歳になる十年後でも十分人生をやり直せる。地味な作業が嫌で農家の実家を逃げ出して、誘われるままに私兵となったが、その内情は奪略したり女を攫ったりと、無法者と変わらない。このままでは破滅するだろうとぼんやり考えていた。

 それが、生き残る道を示されたのだ。今度こそ真面目に頑張ってみようかと思うようになっていた。

「嘘ではない。君たちも私の領民に違いないのだから。このことは文書できっちりと残すことにしよう。しかし、今後は領民への暴力、虐待は絶対に許さないからな。放免となった後、そのような行いをすれば、今度こそ死刑だ」

 私兵たちは思わず頷いていた。ここで下手に逆らって死刑になることは避けたい。もう、エドガルドを侮るような私兵はいない。



「この者たちはオラシオ殿たちに任せたいと思う。彼らの方がこの領地に詳しく、労働力を有効利用できるだろう」

 エドガルドは昨日領地に入ったばかりだ。荒れた領地を復興させるには労働力が必要だとは思うが、どこから手を付ければいいのか判断できない。

「畏まりました。早速手分けして、私兵たちを全員捕らえたことを領民たちに知らせることにしましょう。そのついでにオラシオ殿をこちらに来ていただくことにします」

 朝方に少し仮眠をとっただけのダビドは流石に疲れを感じていた。しかし、領民に早く知らせたいとの気持ちの方が勝っている。


「ここに囚われていた女性たちの世話をするため、女性にも何人か来てもらえないだろうか。できるだけ子を産んだ経験のある者を頼む。身籠っている者もいるかもしれない」

 怯え切っている彼女たちを、屈強な護衛たちに任せるのは無理そうだとエドガルドは判断した。

「畏まりました」

 ダビドと護衛たちは急いで領主館を出ていく。残った護衛はエドガルドに同行してきた五人のみとなった。


「旅の疲れもとらずに、一晩中働かせて悪かったな。今から交代で仮眠を取ってくれ。ワインはまだたっぷりと残っているので、今晩は十分に楽しんでほしい。昨夜は私だけ飲んでいたから」

 いつ戦いになるかもしれないので、護衛たちにはワインを飲むなと命じていた。私兵たちを油断させるためとはいえ、エドガルドは自分一人だけワインを口にしたことに罪悪感を覚えていた。

 疲れているのはエドガルドも同じだと思ったが、護衛たちは言葉に甘えて二人がダンスホールを出て、ベッドのある部屋へと向かった。



 日が沈み、夕闇が迫る頃になって、オラシオがクレトや仲間の男たち数人を伴って領主館にやって来た。五人の年配の女性も一緒だ。

 オラシオは私兵たち全員を捕らえたとのダビドの言葉を信じられなかった。しかし、半信半疑でやって来た彼らが見たものは、縄で縛られてダンスホールに転がされている数えきれないほどの私兵たちだったのだ。

 オラシオは茫然とその光景を見ていた。こんな場面を前にすれば、もう信じる他ない。



 領主館の一室に場を移し、オラシオとエドガルドが話し合いを行うことになった。オラシオの仲間も一緒だ。エドガルドに従うのはダビドのみ。護衛たちは私兵の監視をしつつ、ワインを楽しんでいる。


「昨日は無理を言って申し訳なかった。おかげで円滑に物事が進んだ。礼を言う」

 エドガルドが握手を求めると、オラシオは素直に応じた。

「僕たちは必要なかったようですけどね」

 もう生きて森へ帰れないかもしれない。オラシオたちはそんな悲壮な決意をして森を出た。戦いたかったわけではないが、待ちぼうけを食わされた形になり、オラシオは少々不機嫌である。


「幸い、私兵たちを逃がことなくすべてを終わらせることができた。君たちが領民を守ってくれていたからこそ、迷いなく作戦を実行できたのだ。本当にオラシオ殿には感謝している。いや、オレガリオ・サルディバル殿と言った方がいいかな?」

 ゆっくりとオラシオの手を離しながら、エドガルドは顔色一つ変えずに訊いた。

「知っていたのか?」

 オラシオは内心かなり動揺していたが、それを悟られるのは癪だったので、平静を装っていた。


「三年前の事件を少し調べさせてもらった。その頃の貴族名鑑に載っていたサルディバル子爵家嫡男の肖像画も見たことがあったので。パスクアル伯爵は見目の良い養女や親戚の男を使って、様々な工作を行っていたことが露見している。三年前のサルディバル子爵殿の件も冤罪だったことがすぐに証明されるだろう。そうなればサルディバル子爵の名誉は回復し、再び子爵位を与えられることになるだろう」

 喜ぶだろうと思っていたエドガルドだが、オラシオは小さく首を振っただけだった。

「あの事件で妹は命を絶った。平民に落とされた父と母も、一年もせずに亡くなってしまっている。それに、姉は行方知れずだ。僕だけが生き残ってしまった。今更貴族などには戻りたくない」

 思い出すのも辛いのか、オラシオは手を強く握りしめて苦しみに耐えようとしているようだった。



「君の姉上は生きているかもしれない」

 トニアと名乗っている侍女がオラシオにとても似ているとエドガルドは感じていた。しかし、肖像画が貴族年鑑に載っていたのは嫡男のオレガリオのみで、姉や妹は名前のみが記されていた。そのため、確証は持てない。ただの他人の空似かもしれないのだ。

「姉を知っているのか? 本当に生きているのか? 今どこにいる!」

 家族をすべて失ったと思っていたが、姉が生きているかもしれないのだ。オラシオが噛みつく勢いでエドガルドに尋ねるのも当然だ。


「その件についてはもう少し待ってくれ。今は確定的なことは言えないので。済まない」

 エドガルドは家族を亡くして落ち込んでいるオラシオに希望を与えたいと思ったが、不確かな情報を与えて却って辛い思いをさせたと素直に謝った。

 姉の行方がわかると喜んだオラシオは、途中で話を切られて少し不満そうにした。しかし、すぐに思いなおす。今は私事より領地のことを優先するべきなのだ。


「とにかく、僕は領民たちを守りたい」

「それは私も同じ思いだ。文官としての仕事もあるので、あと二十日ほどで一旦帰らなければならない。それまで手を組もう」

 エドガルドがそう提案すると、

「よろしく頼む」

 今度はオラシオが手を差し出した。エドガルドがその手をしっかりと握る。

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