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14.領地を救う仲間を得た

 目の前に現れた若い男は誰かに似ている。エドガルドはそう思い、リカルダの侍女を思い浮かべた。リカルダよりはやや濃いブロンドの髪、そして青い目。何より鼻の形が同じだった。


「僕はオラシオ。この森に住む者たちを束ねている」

 オラシオを守るように立つ五人の男たちは、弓に矢をつがえてエドガルドを狙っていた。

 それでもエドガルドは恐れることもなく、まっすぐにオラシオの方を見つめている。裏に無数の小さな鉄板を縫い付けているマントや鎖帷子は、木の先端を尖らせただけの矢を通すことはないだろう。だが、そんな簡易な矢であっても顔を直撃すれば命を落としかねない。

 それを理解しているが、エドガルドは友好的な笑顔を浮かべていた。平凡な顔ゆえに悪意を持たれにくい笑みだ。


「私の名はエドガルド・ファリアス。縁あってこの地の領主となった者だ。近々、この地に害をなす領主館に居座る者たちを捕らえる予定にしている。ただし、我々の手駒は多くない。そこで、君たちに手伝ってもらいたいと思い、この森にやって来た」

 ルシエンテス公爵は予め腕の立つ公爵家の護衛を二十名ほど領地に送り込んでいた。彼らがまず行ったのは、領民を暴力で支配していた旧パスクアル伯爵領の代官と私兵を捕らえることだった。

 代官と一部の私兵を捕らえることには成功したが、思ったより私兵の数は多く、かなりの人数を逃がしてしまった。その者たちが旧サルディバル子爵領に逃げ込み、元から無理な徴税を行うために派遣されていた私兵と合流。旧領主館を根城にして暴れまわっているのだ。その数は二百人近くにもなる。

 そのため、たった二十名の護衛では手が付けられず放置するしかなかった。


「今まで苦しむ領地を放っておいて、今更僕たちに危険な役目を押し付けるつもりか?」

 オラシオは精一杯にエドガルドを睨んでいた。悪い男に見えないが、貴族など誰も信用できないと思っている。

「この地に来るのが遅れたことは謝らなければならない。本当に済まなかった。だが、領民を苦しませたくないとの思いは君たちと同じだ。これ以上あの私兵たちにこの地を蹂躙させるわけにはいない。どうか領民のために手を貸してもらえないだろうか?」

 エドガルドは謝罪の言葉を口にする。貴族が平民に謝るのは稀だが、今は身分に拘っている場合ではないと思っていた。とにかく彼らの助けが必要なのだ。しかも、謝罪したい気持ちは本物だ。


 リカルダと結婚するまでエドガルドはただの文官でしかなく、領地には手を出せなかった。ルシエンテス公爵は王宮騎士団の派遣を要請したが、領地の独立性を重んじるという建前を理由に、王は騎士団の派遣を却下した。

 公爵は傭兵を雇って領地を制圧しようかと迷ったが、その者たちが略奪者になることを恐れ、信頼のおける公爵家の護衛のみを送り込んだのだ。

 エドガルドにはどうしようもなかった。だが、もっと打つ手があったのではないかと彼は心から悔やんでいた。

 

「僕たちに領主館へ攻め込めと言うのか?」

 オラシオがいた洞窟以外にも反乱兵の潜窟(アジト)はあり、総勢は百名を優に超える。しかし、皆が戦えるわけではない。食料を確保したり、炊事洗濯をこなしたりする者たちもいるのだ。女を攫って身の世話をさせている私兵とは違う。

 人数的にはさほど変わらないかもしれないが、戦闘力には明らかに差があった。真正面からぶつかって勝つ見込みは殆どない。


「いいや。領主館へは我々だけで向かう。しかし、圧倒的に私兵たちの方が多い。そのため、彼らのすべてを捕らえることができないかもしれない。君たちは逃げ出した私兵から町や村を守ってほしい。危険な役目だとは思うが、戦う術を持たない領民たちを見捨てることはできない」

 私兵たちを分散させると戦いは楽になるが、残った者が町や村を襲い、最悪領民を人質にされかねない。そのため、エドガルドは領主館を一気に攻め一網打尽にしたいと考えている。しかし、一人も逃がさず制圧するのは難しい。

 二十五名の護衛とダビド。その者たちだけがエドガルドの手駒で、町や村の護衛に割ける人員はなかった。


「僕たちを全滅させるつもりではないのか?」

 旧サルディバル子爵領には町が二つ、村は五つある。今まで戦える者は全員で行動していた。それが七か所に分散してしまうと、一か所には十名程度となる。それでは複数の私兵に襲われると全滅する恐れがある。

 私兵と反乱兵を戦わせることで消耗させ、エドガルドたちは危険を冒すことなく私兵たちを捕らえようとしているのではないかと、オラシオは疑っていた。


「そのような意図があるのならば、私はここへは来ない。しばらく放置しておけば済むことだ。このまま冬になれば、君たちからも領民からも多くの死者が出ることになる。私がここへ来たのはこの領地を守るためだ。一人でも多くの領民を助けたい。もちろん君たちも含めてだ」

「……」

 オラシオは無言でエドガルドを見つめていた。

 たった一人で、護衛も連れずにやって来た若き領主。その顔には恐怖も憎悪も浮かんではいない。

 ここまで言うのだから、エドガルドには勝算があるのだろうとオラシオは考えた。

 貴族など信じないと思っていたが、もう一度だけ信じても良い気がした。エドガルドの言葉は正しいのだ。冬になれば食料も少なくなる。この森で百人以上が冬を越せるとはオラシオも思っていない。



「皆、僕に命を預けてくれないか? 僕たちの手で町や村の人々を助けよう!」

 オラシオが声を張り上げると、木に隠れていた人々が次々に現れる。

「オラシオ様が決めたのなら、我々は従います」

 中年の男が現れて、オラシオの前で片膝をついた。

「こうなったら、死ぬまで戦うまでだ」

 若い男が拳を突き上げた。

「俺たちに任せておけばいい。今までは矢で追い払うことしかしなかったが、あいつらに剣だって使えることを見せてやる」

 クレトが同意を求めるように周りを見た。集まってきた十数人が一斉に頷く。


「頼もしい限りだな。我々は夕方に領主館へ行き、私兵たちを足止めしておく。制圧は明日の早朝に行う予定だ。夜闇に紛れて逃げ出されると厄介だからな。君たちは各町や村へ向かう人数を決め、明日の朝までに各地へと着くようにして欲しい」

 エドガルドは気負う気配も見せず、通常の連絡業務を行う時のようであった。

 どのようにして夕方から朝まで私兵たちを足止めするのかオラシオは気になったが、夕方に戦闘を始められても困るのは事実だ。今はエドガルドを信じるしかない。

 この森に逃げ込んだ者たちだけではなく、領民の命がかかっているのだ。困難でもやるしかない。

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