13.反乱兵と私兵
「パスクアルの目的は水か? それでサルディバル子爵を嵌めたのだな」
リカルダとの結婚が決まった後、エドガルドはサルディバル子爵の謀叛事件を徹底的に調べた。すると疑問点が多く出てきて、領地を得ることになったパスクアル伯爵の謀略ではないかと考えるようになった。しかし、ろくな産業もない大きな湖があるだけの狭い領地を欲しがる理由がわからなかったが、こうして現地に着き、湖の岸に立つことで納得できた。
その湖はエドガルドの想像を遥かに超えていた。地図では確認していたが、実際に見るとその大きさに圧倒される思いだ。もちろん向こう岸は見えず、海のように岸には波が打ち寄せている。
「そのようですね。パスクアル伯爵領は雨が少なく、飲み水にも困るような状態です。そのため旧サルディバル子爵領から水を購入していたのですが、五年前にパスクアル領へ配水するための水路の門が何者かに壊されたのです。もちろん犯人はパスクアルの者でしょうね。サルディバル子爵はその報復としてそれまでの倍の小麦を要求したそうです」
エドガルドの問いに、ダビドは淀みなく答えた。彼もまたパスクアル伯爵の仕業だろうと考えていたのだ。
大切な主家のお嬢様を誘拐して汚した黒幕は、アルマの養父であり、フアニートの親戚にあたるパスクアル伯爵だとダビドは確信している。悔しいことに決定的な証拠が出ず、断頭台に送ることができなかったのが残念だ。
パスクアル伯爵領とサルディバル子爵領は隣り合っているが、風土はあまりにも違った。仲良ければお互いに不足しているものを補いながら豊かに暮らせたかもしれない。しかし、生活には絶対に必要な水を巡って長年争っていた二つの領地は、小競り合いを繰り返していたらしい。
「このような絶景を前にしても、争いは起きるのだな」
大自然を前にしていると、エドガルドは人がとても矮小なものに感じる。だからこそ手を取り支え合わなければならない。しかし、現実には他人の物を奪うために人を陥れる者がいるのだ。
エドガルドはやるせない思いに、大きなため息をつく。
長年搾取されていたパスクアル伯爵領よりも、サルディバル子爵領の方が状況はひっ迫していた。
「若い男が率いている反乱兵はかなり統制が取れていて、住民には手を出さず、略奪もしていない。税と称して物品を強奪していくパスクアル伯爵が送り込んできた私兵と戦っているのだな? それならば、まずは反乱兵を味方につけ、パスクアル伯爵家の私兵たちを制圧する」
躊躇している時間はない。領民たちは今まさに飢えに苦しみ、私兵たちに怯えている。早く彼らを安心して暮らせるようにしなければならない。それが領主の務めだとエドガルドは考えていた。
「反乱兵たちはあの森を潜窟にしているようです。急に我々が行っても会えるでしょうか?」
ダビドの心配は尤もである。湖畔に広がる森はそれほど大きくはないが、それでも、ここにいる七人で探し出すのは時間がかかるだろう。
「護衛を連れて森に入れば警戒される。私は戦いに行くのではない。話し合いをするのだ。だから、森へは私一人で行く。そうすれば、向こうから接触してくるはずだ」
「貴方は伯爵なのですよ。そんな無謀なことをさせるわけにはいきません。領主としての自覚を持ってください」
エドガルドの言葉に驚いたダビドが慌てて止める。
「大丈夫だ。戦闘の跡を確認したが、反乱兵が使う弓はそれほど強くない。ぬかるみに刺さった矢もそれほど深くはなかった。彼らは人を殺すつもりはないようだ。一人で話し合いに来た者を突然襲うことはしないだろう。それに私はこんな平凡な見かけだからな。敵認定はされにくいんだ」
喜ばしいことでもないが、あまり目立たない容姿なので、外国でも動きやすいのは事実だ。
「しかし、伯爵に万が一のことがあれば……」
ダビドはとても頷くことなどできない。
「その時は、伯爵夫人であるリカルダ様を新領主とし、ダビドが代官として全てを仕切れ。公爵閣下からの信頼を得ている君ならば、それくらいできるだろう? それでは後は頼んだぞ。そんなに心配するな。これくらいの賭けに勝てなければ統治などできないからな」
エドガルドは旅の疲れも見せず、マントのフードを目深にかぶり歩き始めた。上着の下に鎖帷子を着こみ、マントには薄く小さな鉄板が無数に縫い付けられている。エドガルドが危険地帯へ赴く時のいつもの装備だ。総重量はかなりになるが、その歩みに遅れはない。
「一見ひ弱な平凡男か。まるで詐欺師のようだな」
「全くだ。俺たちの訓練についてくるなんてよ。なんて奴だよ。文官のくせに」
エドガルドを見送るダビドの呟きに、護衛たちが反応した。
旅の間、馬を休ませるために何度か休憩を挟んだが、そんな時にでも護衛たちは剣の訓練を怠らない。そんな護衛たちに混ぜてほしいとエドガルドが願ったのだ。
生っちょろい貴族の文官と馬鹿にしていた護衛たちは、エドガルドの剣の腕に驚くことになる。
森の中の洞窟には、二十人ほどが暮らしていた。
一番若いのは十五歳。見せしめのために私兵によって殺された村長の息子クレトだ。妻を殺され娘を奪われた中年男。飢えのために子どもを亡くした母親。彼らは皆パスクアルの私兵に恨みを抱いている。
元々森で狩りをしていた者がおり、森の木と蔓を使って弓を作り皆に与えた。
私兵たちは抵抗する反乱兵を一掃するため森に火を放ったが、土地は湿地帯なので火は広がらない。
森を転々として所在がつかめず、不用意に森に入れば矢を射ってくる相手は厄介だ。私兵たちは手を焼いていた。
しかし、反乱兵の方も村や町にやってくる私兵たちを追い払うのがやっとで、パスクアル伯爵が追放された後も領主館に居座る彼らをサルディバル子爵領から追い出すことができずにいた。
こうして、膠着状態が続いている。
「私は新しく領主となった、エドガルド・ファリアスだ。君たちと話したいことがある。姿を見せてくれ」
エドガルドの声は森にこだまし、遠くまで届いた。
反乱兵たちが暮らす洞窟にもエドガルドの声が届く。
「本当に一人だった。私兵ではない。見たこともない中肉中背の若い男だ」
様子を伺いに行ったクレトが報告する。
「わかった。私が話し合いに行こう」
そう言ったのは反乱兵を束ねている若い男だった。
「オラシオ様! 危険すぎます!」
「しかし、このまままでは我々は冬を越せずに全滅するかもしれない。それに、命を懸けて守ってきたこの地を、新しい領主がどうしようとしているのか、確認する権利くらいあるだろう?」
オラシオと呼ばれた男は不敵に笑った。これ以上、この地を蹂躙させるわけにはいかない。その思いに異を唱えることができる者は誰もいなかった。




