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12.新たな決意

 トニアが心配していたような子爵夫人による嫁いびりもなく、お茶会は穏やかに進んでいた。

 リカルダの実家である公爵家に比べるとかなり質素なお茶会だが、夫人は女主人としてリカルダを精一杯もてなそうとしているとトニアは感じている。 

 長男の妻ビアンカは静かな女性で、時折話に加わるだけで、優しそうな笑みを浮かべながら義母と義妹の話を聞いていた。

 最初は緊張していたリカルダも徐々に打ち解けてきていた。特にエドガルドが幼かった時の逸話を聞くのは楽しい。

「無口だけど優しい子だったのよ。でも、女性を口説くどころか声もかけられなくて、それが心配だったの」

 過去を懐かしむように子爵夫人は語った。エドガルドがアルマに嵌められるまでは、普通に仲の良い家族だったのだ。


『おんぎゃ、おんぎゃ』

 そんな中、突然隣の部屋から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

「申し訳ありません。娘が泣いていますので少し席を外させていただきます」

 ビアンカが急いで立ち上がり、リカルダに軽く礼をする。

「リカルダさん、ごめんなさいね。昨日から乳母の体調が良くなくて、今日は休んでもらっているの。侍女たちは乳児の扱いに慣れていないし。そうだわ。カリサをこちらへ連れておいでなさい。一緒にお茶を楽しみましょう。私が粉乳を作るわ。粉乳はねエドがこの国に伝えたの」

「お義母様、そう致します」


 ビアンカが出ていくと、壁際に控えていた侍女が小さめにコップを用意した。子爵夫人が手ずから小さなスプーンで粉乳を入れると、侍女が火にかけていた薬缶から熱湯を注ぐ。

「粉乳はこうして熱湯で溶くのよ。そうすると病気の元がなくなるのですって。それからスプーンでかき混ぜながら人肌くらいの温度まで冷ますの」

 エドガルドが粉乳の製法を伝えたことが誇らしいのか、大切な孫の世話ができることが楽しいのか、子爵夫人はとても機嫌が良い。


 しばらくすると、ビアンカが真っ白いキルトに包まれた小さなカリサを抱いてサロンに戻ってきた。そして、リカルダの方にカリサの顔を向ける。

「娘のカリサです。生後四十日になりました」

「とても可愛いですね」

 カリサの顔を覗き込み、リカルダは思わず笑顔になる。 

 人形のように小さい手はビアンカの指を必死に掴んでいる。お腹が空いたのか、小さな唇が乳を吸いたそうにもごもごと動いていた。


 子爵夫人が湯で溶いた粉乳をスプーンですくい、一滴手首に落としてみる。

「カリサちゃん、ちょうど良い温度だわ」

「お義母様、ありがとうございます」

 椅子に座ったビアンカはコップを受け取ると、カリサを横抱きにしてその小さな唇にコップを軽く押し当てた。

コップを徐々に傾けていくと、思ったより上手にカリサはごっくんと乳を飲んでいく。

 その様子があまりにも可愛くて、リカルダは目が離せない。


「昼間は乳母を雇っていますが、夜は私が授乳しているのです。足らなければこうして粉乳を使わせてもらっているのですよ。おかげで夜泣きもなく、娘はすくすくと育っています」

 ビアンカはカリサを縦抱きにして小さな背中を軽くたたく。

「こうしないと、乳を吐き出してしまうのです」

 そうしてまたカリサの小さな口にコップが当てられ、ごっくんと乳をの飲み込んでいく。


「本当に可愛いわ。こんなに可愛いカリサちゃんと一緒にお茶を楽しむことができるなんて、思ってもいませんでした」

 リカルダには二人の兄がいるだけで、弟も妹もいない。教会での奉仕活動で子供たちと触れ合うことはあるが、さすがに乳児はいなかった。だから、こんなに間近で赤ちゃんを見るのは初めての経験だ。思った以上に小さく、そして可愛い。


「リカルダさんにも早く赤ちゃんができるといいわね。結婚するつもりがないと頑なだったあのエドが父親になるなんて、とても感慨深いわ」

 何気なくそう言ってしまった子爵夫人は、慌てて口を手で塞いだ。


「リカルダさん、ごめんなさい。私の言ったことをエドに内緒にしておいてくれないかしら。貴女に子どもの話をしては駄目だと言われているの。あの子は傷ついている貴女に負担をかけてまで子どもを作るつもりはないらしいのよ」

 あまりに慌てたためか、子爵夫人はかなり直接的な物言いになってしまっている。

「お義母様」

 そんな夫人をビアンカが小さな声で窘めた。


「旦那様が?」

 リカルダが思わず聞き返した。

「そ、そうなのよ。だから、エドには内緒ね。こうしてお茶会にご招待するのも禁止されてしまうかもしれないから」

 子爵夫人は四年前にエドガルドを信じてやらなかったことを後悔していた。そして、結婚しないと公言していた彼が、若く美しい公爵令嬢と結ばれたことを喜んでいる。だから、嫁となるリカルダと仲良くしてしたいと思っていた。もちろん、夫や長男のためにルシエンテス公爵家との縁を深めたいとの意図はあるが、それは貴族女性として当然のことだ。


 その後、リカルダはどこか上の空であったが、それでも淑女として姑と義姉とのお茶会をそつなくこなしていた。

 こうして緊張のお茶会も終わり、再び訪れることを約束してリカルダはバルカルセ子爵邸を後にする。



「ねえ、トニア。旦那様が目を合わせてくれないのは、わたくしを怖がらせないためではないかしら?」

 ファリアス伯爵邸へ帰る馬車の中、リカルダは疑問に思っていることを向かいに座るトニアに訊いてみた。

「そうかもしれませんね。バルカルセ子爵ご一家へのご忠告を鑑みると、伯爵閣下ご自身もリカルダ様を怖がらせないように気を使っている可能性が高いと思います」

 トニアが知る限り、エドガルドはちらちらとリカルダを見ていて、目が合いそうになると慌てて目を逸らしていた。嫌っているにしては不自然な態度なので、挙動不審だと思ったのだ。

 

「旦那様が初夜に寝室へ来なかったのも、わたくしに負担をかけないため?」

「そうであっても、リカルダ様に何も言わずに放置するのはいかがなものかと思います。でも、母親を止めることができるだけで、立派な夫かもしれませんね。私は結婚した翌日から、早く世継ぎを産めと姑にせっつかれましたので」

 かつての夫が一言でも姑を諫めてくれていたら、あれほど気詰まりな思いをしなかっただろう。そう思うと、リカルダが少し羨ましかった。

 

「カリサちゃん、とても可愛かったわ。わたくしもこの手で我が子を抱いてみたいし、旦那様にも抱かせてあげたい。だから、旦那様が領地から帰ってきたら、きちんとお話をしたいと思います」

「それがよろしいかと存じます」

 トニアはリカルダが幸せになることをひたすら望んでいた。

 何も知らないままに婚約者以外の男と密会しているとの汚名を着せられる方が辛い。自身の欲望のために罪のない者を陥れるような奴らを破滅させることができて良かったと、リカルダは笑ってくれる。しかし、リカルダ自身が受けた被害を考えると、彼女を巻き込んだトニアの心は痛んだ。

 処女性を求められる貴族女性にとって、誘拐され男に汚されたと噂されるのは死にも等しく、公爵の権力をもってしてもエドガルド以上の夫を用意できなかったのだ。

 だからこそ、リカルダを誰よりも幸せにしてほしいとトニアはエドガルドに願っていた。 

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