11.姑とお茶会
エドガルドが領地に出発してから三日目。リカルダとトニアは小さなキルトを作っていた。赤ちゃんを包んだり寝かせたりできる大きさだ。
エドガルドが買い付けを命じた多量の物品は、何便かに分けて荷馬車で領地に向かうことになっている。リカルダは作ったキルトをその一つに混ぜてもらうように頼んでいた。
ファリアス伯爵家の使用人たちもリカルダを手伝い、キルトは既に二十枚ほど出来上がっている。品質より量がいるとエドガルドが言ったので、少々縫い目が粗くても、とにかく早く作り上げることを目指した。
旧サルディバル子爵領の冬はそれほど厳しくない。大きな湖は過去一度も凍ることはなかった。それでも、産まれたばかりの赤ちゃんにとって寒さは大敵だ。少しでも彼らの役に立てるよう、冬が来る前に領地へキルトを送りたいとリカルダは思ったのだ。
「旦那様は無事かしら。馬ならもう領地に着いている頃よね」
エドガルドが領地へ行ったのは、リカルダが領地を救ってほしいと頼んだからだ。王家に押し付けられた形の問題ある領地など、見捨てしまっても彼を非難する者は少ないだろう。だが、エドガルドは見捨てるようなことはしなかった。それどころか、領地とは関係のない自分の給金まで全額提出したのだ。
初夜に放置されたり、会話の時さえ目を合わせてくれなかったりと、エドガルドに嫌われていると感じるリカルダだが、それでも無事を願った。彼がリカルダ個人を嫌っているわけではなく、若い女性を苦手としていることを知っているから。そして、リカルダはその理由に共感できるのだ。
王太子とアルマが自分を陥れる相談をしているのを聞いたとき、リカルダは人間不信に陥りそうだった。婚約者としての情くらいは持っているだろうと思っていた王太子が、女のためにあっさりとリカルダを裏切ったのだから。
もし、何も知らずに王太子に呼び出され、フアニートと密会していたと噂されることになったら、リカルダは本当に誰も信じられなくなっていただろう。男というだけで父や兄たちをも嫌っていたかもしれない。
「そうですね。馬で行き来していた弟は王都を出て三日ほどで領地に着くと申しておりましたので、そろそろ領地へとお着きになったかもしれません。ご無事ならよろしいですが」
初夜の時はリカルダが蔑ろにされたと怒ってしまったが、エドガルドは本来優しい人なのだとトニアは思うようになっていた。
弟は未だに行方不明なので、トニアはそれだけが心残りだ。弟がまだ領地にいるかもしれないとエドガルドに伝え、彼を探してほしいと頼みたかったが、今の立場ではそれもできない。しかし、領地が平和になれば、トニア自身で探しに行くことができるかもしれない。エドガルドはトニアの希望なのだ。無事を願うのは当然だった。
不安な気持ちを抑えて、二人は一心に針を動かしていた。するとノックの音が響く。
「奥様にお手紙が届いております」
ドアの外から若い使用人の声がした。トニアがドアを開けて手紙を受け取りと、彼女の顔が一瞬曇る。
「良くない知らせですか? まさか旦那様に何かあったのですか!」
エドガルドが落馬してしまったのでは? 夜盗に襲われて怪我を負ったのでは? やはり文官が馬で旅するなんて無謀だったのだとリカルダは心配になる。
調査のために単騎で各地へ出かけることも多いエドガルドは、実はかなり旅慣れているが、リカルダはそんなことを知らない。
「いえ、バルカルセ子爵夫人からお茶会へのお誘いです」
「お義母様から?」
リカルダはエドガルドと結婚した日のことを思い出す。バルカルセ子爵夫妻も長男も彼女とあまり話をしようとせず、そそくさと帰っていったのだ。出産したばかりの長男の妻は参加もしていなかった。
社交界ではフアニートに汚された哀れな女だと噂されているので、そんなリカルダのことが気に食わないのだろうと思っていた。
「お断りになりますか?」
気遣わしそうにトニアが訊く。
「いいえ。夫の実家と付き合うのも妻の務めですから。少しでもお義母様に気に入ってもらえるように頑張るわ」
「それは難しいかもしれません。姑というものは嫁の全てが気に食わないものです」
トニアは不快そうに眉を寄せ、手を固く握り締めている。
「結婚しているときに、何かあったの?」
憎いフアニートのことを語っている時の表情と同じだと、リカルダは驚いてトニアを見た。
「結婚した当初は寂しくて、妹と同年代の年若い侍女と仲良くしていたのですけれど、姑からは使用人とは節度を持って付き合えと言われました」
「まあ、それではトニアとあまり仲良くしていると、お義母様に嫌われてしまうのかしら?」
「そうではありません。使用人たちと距離を置くと、我が家の使用人が気に食わないのかと責められました。起きてくるのが遅いと怒られましたので、次の日に早起きをすれば、使用人の仕事が増えると嫌味を言われてしまいます。実家から持ってきたドレスが地味だと馬鹿にされたので、少し派手な装いをすれば、下品だと窘められる。とにかく、何をしても気に入ってもらえないのです。それより辛かったのは、夫に訴えても『舅や姑と上手に付き合うのが妻の務めだろう』と言われて味方になってくれませんでした。家を追い出されたときは、正直少し嬉しかったくらいです」
鬱憤が相当溜まっていたらしい。普段はそれほど多弁ではないトニアだが、言葉が止まらない。
「嫁と姑ってとても大変なのね。父方のおばあ様は早くに亡くなってしまったから、そのような場面など見たことがなくて」
リカルダも姑に会うのが少し怖くなってきた。
「私の場合は伯爵家へ嫁ぎましたので、子爵家出身の私は弱い立場だったからかもしれません。リカルダ様は公爵家のお嬢様ですし、今は伯爵夫人ですので、そのような目に遭うことはないと思いますが」
「そうよね。同居していたトニアと違って、たった数時間のことですもの。いびられても耐えて見せます」
そうは言ったものの、やはりちょっと怖いと思ってしまうリカルダだった。
それから二日後、リカルダはバルカルセ子爵邸を訪れた。出迎えたのは笑顔の子爵夫人だ。リカルダはその笑顔さえ裏があるのではないかと感じてしまう。
茶会といっても、子爵夫人とリカルダ、そして、出産したばかりの長男の妻との三人だけのささやかなものだった。
「結婚式の日はもっとお話ししたかったのですけれど、エドがね、貴女を怖がらせるからと近づくなと言うのよ。特に夫と長男のセレドは『声をかけるな。目も合わせるな』と言われて、早々に帰るしかなかったの」
バルカルセ子爵一家に嫌われているわけではなかったと、リカルダは安心した。彼らがろくに会話もせず目を合わせなかったのは、エドガルドが頼んだからだったのだ。
「そうだったのですね。それならば、わたくしの方からお声をかけるべきでした」
結婚式の日、リカルダはとても緊張していて、気配りをする余裕などなかった。初夜の時に純潔であることが発覚すれば、全ての嘘がばれてしまうのではないかと恐れたのだ。まさかの放置でそれは杞憂に終わったが。
「いいえ、エドは貴女を私たちと仲良くさせるつもりはないかもしれないの。四年前、あの子を信じてやれなかったから」
辛そうに夫人は首を振った。
「旦那様は当時男爵令嬢だったあの女性に陥れられたのですよね」
リカルダはアルマの名を口のするのも嫌だった。あの真っ赤な爪で王太子の頬を撫でている場面を思い出すだけで吐き気がしそうだ。
「そうなのよ。事件が起こる前にプレシアド男爵夫人から『結婚もしていないのにアルマをベッドに誘っている。もちろんアルマは断っているが、本当に困っている』と抗議があったの。エドに注意しようとした矢先にあの事件が起こったから、私たちは疑ってしまったのよ。その時エドは十九歳で、そういうことに一番興味ある年齢だしね」
「それもあの女性の策略だったのですね」
「そうなの。本当に酷い女を婚約者に選んでしまったわ。あの子のためだと思ったのだけど」
婚約者に裏切られ、その上家族にも信じてもらえないなんて、どれほど辛かっただろうかとリカルダは唇を噛んだ。姑を責める資格はないのかもしれないが、もう少しエドガルドのことを考えて行動してほしかった。




